メディアグランプリ

2つの名を持つ世界を生きる私達


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記事:村人F(リーディング倶楽部)
 
 
貴方にとって「楽園」はどのような場所だろうか。
 
まず思いつく場所は天国である。
その特徴は、各々で異なると思う。私の認識では住人の全てが笑っていて、痛みや苦しみとは無縁の生活をし、池のほとりでお釈迦様が蜘蛛の糸を垂らしているような場所だ。
 
だが、現状生きているこの世界も、楽園ではないかという認識も持っている。
仕事で辛いこともあるが、自分の成長の上で糧にできると思える程度の負荷だし、お金に困ることもない。彼女や妻がいればより華やかになるのではという思いもあるが、いなくても満足できている。この状況も楽園と言えるのではないだろうか。
 
小説「Elysion 二つの楽園を廻る物語」に出てくる5人の「エリス」たちも、そのような楽園の住人だった。
飛び抜けて幸せなわけではないが、特に困ることもない、大洪水で崩壊した世界の中では楽園と言ってもよい環境にいた。
 
しかし、本作はエリスたちが「奈落」へ堕ちていく物語である。
なぜなら、決して叶うことのない愛を望んだから。
兄、父、同じ女。結ばれることが禁忌とされる存在に恋をしてしまったからである。
その苦悩の果てに彼女たちは、人を殺めた。
そして仮面の男に導かれ、奈落へ堕ちていく。
そういったストーリーの小説だ。
 
この展開は殺人という禁忌を犯しているのだから、当然の罰であると言える。
しかし、彼女たちが奈落へと堕ちていく過程に美しさを感じてしまう面もあった。
その要因はどこにあるのだろうか。
 
それは、私が生きているこの世界が「楽園」と「奈落」という2つの名前を持っているからであろう。
 
人類は全て、善く生きようと思っているだろう。そのために仕事をし、道徳を守り、世界のために貢献する。それが続いていけばこの世は楽園となるであろう。
しかし、同時に闇を抱えているのもまた人類である。
法律に違反するまでは行かなくても、罪と犯したと感じたことがない人は、おそらくいないだろう。
そして、その意識が心を支配している時は、世界が奈落に見える。
しかし、これも時間が経つごとに薄れ、楽園としての輝きを取り戻していく。
このように世界は、楽園と奈落、2つの側面の輪廻が繰り返されていくのだろう。
 
だが、もはや楽園へと戻ることができないほどの痛みを受けることもある。
詳細は避けるが、エリスたちが受けた仕打ちもそういったものだった。
こうして絶望した彼女たちは、世界を呪う笑みと共に永遠の奈落へ誘われる。
そういう側面を世界が持つことを認識しているから、この過程に共感と美しさを感じるのだろう。
 
しかし、この視点から現代を見ると、どうしても気にかかることがある。
SNSに存在する、相手を非難する言葉たちだ。
ここでは、規律に反した者たちに、断罪的な発言をすることが常態化している。
法に違反したことならば仕方がない認識もある。だが気の迷いとも言える、誰しもに起こりうる事象に対しても、徹底的に人格を否定されることも多い。
 
この状況に対して、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。
私達が生きているこの世界は、楽園でもあり奈落である。
だからこそ、綺麗なことばかりでは生きていけない面もある。
善くないことに手を出さねばいけない場合も出てくるのだ。
 
しかし、そういった行為に厳しい非難をする彼らは、病的に思えるほど拒絶する。まるで、自身が穢れのない天使とでも言うように。
だが実際は違う。人である以上は闇を持つ存在である。
その闇に目を背けて、他人を糾弾することが善いことなのだろうか。
 
少なくとも、この小説にはそういった人々によって奈落へ堕ちたエリスが存在する。
その事実を考えると、立ち止まって考えなければいけない。
 
このような状況は、世界の奈落としての側面を証明している。
しかし、奈落によって楽園の部分がより際立つこともある。
自身の闇に打ち勝ち、善い行いをしたことを称賛する話も多く存在する。
きっと楽園と奈落、どちらの面も認識し共存していくことが、納得できる人生に繋がるのだろう。
 
この小説が奏でる幻想的な物語は、楽園「Elysion(エリュシオン)」に生きるエリスたちが、奈落「ABYSS(アビス)」へ堕ちていく過程を美しく描いている。
彼女たちに起こる悲劇は心に暗い影をもたらすであろう。
しかしその闇を通して、世界の光がより鮮明になるというのもまた事実である。
その結果、今の世界が楽園だと気付くこともあるだろう。
 
貴方はこの物語に、どのような解釈をされるだろうか。
その答えが世界を照らすことになるのを、私は祈っている。
 
 
 
 
本記事で紹介した作品
タイトル:Elysion 二つの楽園を廻る物語 (上・下)
著者:十文字 青、Sound Horizon
出版社:角川書店
***
 
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2021-04-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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