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幽霊ホテルの一夜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ebikawa(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
霊感といったものとは無縁の私だが、過去に一度だけ、奇妙な体験をしたことがある。
10年近く前、イギリスをひとりで旅行していた時のことだ。私はバックパッカーよろしく、前もって予定を決めずにいろんな町を訪れていた。
 
その港町にも、宿泊先は事前に決めずに着いた。私は列車の旅で疲れ果てていて、到着時間も遅かったので、駅前の広場に面したホテルに泊まることにした。レンガ造りの古びた建物だが、ガイドブックにも小さく名前が載っていて(当時はまだスマホを持っていなかった)、他に探すのも面倒でそこに決めた。
 
10部屋ほどの小さなホテルだが、フロントに尋ねると幸い当日でも空室があった。
ガイドブックによると、このホテルには220年以上の歴史があるという。建物内は改装してはあるものの、外見よりさらに古めかしい印象を与えた。良く言えばレトロ、悪く言えば陰鬱。近年に塗り直したらしい壁のペンキだけがやけに白く目立っていて、落ち着かない印象を与えた。
 
エレベーターも古く、鳥かごのような形をしていた。蛇腹状のドアは重く、手動で開け閉めするタイプだ。階数のボタンを押すと、ギギギ、と今にも壊れるんじゃないかという嫌な音がして、ゆっくりと上に昇った。
最上階である3階で降りると、そこは廊下ではなく、窓も家具も何もない、四角い広間になっていた。ただ広間の周囲の壁に6つ、均等に客室のドアが並んでいる。間取りは昔から変えていないのだろうか。あまり見たことのない配置なので奇妙に感じた。
 
私の部屋は角部屋だった。もうシャワーを浴びてすぐに寝ようと思ったが、ハンドルをひねると、錆のまじった赤い水が出てきた。しばらく水を流しても錆がなくならなかったので、面倒になり、そのまま寝ることにした。一晩くらい風呂に入らなくても、だれにも何も言われない。一人旅は気楽である。
 
ベッドに入りうとうとしてきたころ、どこからともなく声が聞こえた。数人の男が、低い声で話し合うような声だ。駅前なので、道路に面した窓からはたまに酔っぱらいの喧騒も聞こえたが、それとは別のところから聞こえてくる。3、4人はいるだろうか。ブツブツと、つぶやくような抑揚のない声。よく耳を澄ますと、寝ているベッドの頭の側の壁から、妙に近く聞こえてくる。
 
しかし、それはおかしいのだ。私の部屋は端にあり、頭が向いている側に隣室はない。
壁の中から声がするのか? そう気づくと、背筋が寒くなった。
 
私は布団に深くもぐりこみ、考えを巡らせた。壁の中だなんて、バカな思いつきだ。隣のビルがくっついていて、壁の向こうから声が響いているのかもしれない。
しかしもう夜の12時だ。話し合うような時間だろうか。それに、こんな小さな声が、分厚いレンガの壁の向こうから聞こえるものなのだろうか。
 
古いエレベーターや、不気味な広間。シャワーから流れる赤い水。このホテルの持つ妙な雰囲気が、私の不安をどんどん加速させた。
 
謎の声たちは、ずっとつぶやき続けている。どうすればいいのか。フロントに行けば人がいるかもしれないが、なんと説明すればいいのか。隣の部屋の騒音なら文句も言えるが、壁から声がして眠れないというのは説明しにくい。それに、フロントに行くためにひとりでまたあの暗い広間を通り、エレベーターに乗るのかと思うと、それも怖かった。
 
そうして頭を悩ましながらも、何もなすすべがなく怯え切って布団に潜り続けていたが、どれくらい時間がたったのか、次第に私にも変化が起きてきた。
 
聞き取れないことをブツブツ言われ続けて、だんだん飽きてきたのだ。
 
日本語だったら意味が理解できてさらに怖い思いをしたかもしれないが、不幸中の幸いにしてそれらの声は英語だったので、小さい声でボソボソ話されるとまったく聞き取ることができなかった。
理解できない会話をずっと聞き続けるとどうなるか。そう、そんな奇怪な状況であったにもかかわらず、私はどんどん眠くなり……そのまま寝てしまったのである。
 
次の朝は無事に訪れた。体調も特に問題はない。シャワーの水は相変わらず錆が混じっていたが、もう壁から声はしない。
私は荷物をまとめ、早々にチェックアウトすることにした。フロントに話すか迷ったが、結局何も言わず、ただ、朝食のテーブルで少し塩をもらって、適当にお清めのような真似をして撒いた。
ホテルから出て、ふと振り返って自分が泊まった部屋の窓を見たら、隣のビルとの間には結構な隙間があった。隣のビルから聞こえた声ではなかったんだな、と思うとまた少し怖くなり、足早にその場を離れた。
 
その後は特に妙な体験をすることもなく旅を終えたが、数年後、この一夜を思い出して、なんとなくホテルの名前をネットで検索した。
検索結果を見て驚いた。私の当時持っていたガイドブックには書かれていなかったが、そのホテルは地元で有名な「幽霊が見られるホテル」だったらしい。そんな厄介なホテルを駅から0分のアクセスにしないでくれ、と言いたいが、ホテルのほうが駅より古いから仕方がないのだろうか。
 
イギリス人は幽霊が好きで、幽霊の出る建物が高く売れる、と聞いたことあるが、その気質を証明するようにホテルの幽霊に関するページはたくさん見つかった。
地元の幽霊愛好サークルが作ったホームページでも、注目の心霊スポットとして紹介されていた。
また、予約サイトでそのホテルのレビューを見ると、英語で「ピアノの音がした」「部屋に軍人の霊が立っていた」「子供の霊がいた」「階段に緑の服を着た女の霊が現れるので必見!」などと様々な霊体験が寄せられていた。私のような「壁の中から複数人の男の声がする」タイプの体験談は見当たらなかった。
それにしても、出てくる霊の種類にバラエティがありすぎる。あの小さいホテル内にどれだけいるのか。220年の歴史があるし、駅前だから、色々集まっているのかもしれないが。
また、レビューには「せっかく泊まったのに何も見られなかった」「次回に期待」という、見たかったのに残念な思いをした人たちの声も寄せられていた。
 
私が体験したことの正体はわからない。旅先で疲れていて不安だったせいかもしれないし、建物の構造上、他の部屋の声が壁から聞こえたように感じたのかもしれない。
しかし、多くの人が霊との遭遇に期待してあのホテルを訪れ、もし何らかの「本物」がいるのだとしたら、あの体験も何かの「サービス」だったのかもしれない、と思えてきた。
 
だとしたら、言ってることが理解できず、せっかくのサービスも存分に満喫せぬまま寝落ちてしまい、申し訳ない限りである。
さすがに部屋の中に現れたら(現れてほしくはないが)私もおちおち寝てはいられないので、もし次に英語が流暢ではない客が宿泊したら、思い切って姿を現してみるか、もしくは「DEATH」とか「KILL」とか、わかりやすい単語を使って大きな声ではっきり話してほしい、と思う次第である。
 
 
 
 
***

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2021-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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