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アカデミー賞作品『ノマドランド』は現代のスタインベックだった


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記事:山田THX将治(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「辛気臭!」
映画が終映したばかりの暗闇で、私は思わず呟いてしまった。
観ていた映画は、『ノマドランド』というロードムービーだ。もっとも、映画の主人公が、キャンピングカーに暮らす初老の女性ノマド・ワーカーなので、ロードムービーの仕立ては、当然と言えば当然だ。
“ノマド”とは、遊牧民という意味だからだ。
 
『ノマドランド』の主人公は、ノマド・ワーカーといっても日本でよく見られるオフィス・ワーカーではない。製造工場の期間労務や、物流センターの仕分け業務の様な、日本で言うところの非正規労働で生計を立てている。
この前提として忘れてならないのは、日本で重要視される社会保障が完備された正規労働というものが、基本的にアメリカ合衆国には存在しない。年金や健康保険といったものは、各個人が自己判断で掛けるものと為っている。憲法の第一条が【自由】とされているお国柄そのものだ。
従って、どんな労働環境下に置かれたとしても、自己判断で行ったことなのですべて自分が責任を取らねばならない。『自由』と『責任』は、表裏一体なのだ。また、そのこと自体が全体主義に陥らない、民主主義のシンボルとして考えられているのも事実だ。
 
自己責任の結果なので、ノマド・ワーカーをしていても経済的貧しさを嘆いたりはしない。他人のせいにはしていないので、『ノマドランド』は貧乏な生活を描いてはいるが、貧乏臭い表現方法は取られていない。
例えば、金銭的に苦しい中でも、自分の生活の基盤となるキャンピングカーが故障すると、割高な費用を掛けても修理して使い続ける選択をするのだ。『貧すれば鈍す』といった思考には陥ってはいない。
 
私は、大の映画フリークで人並外れた数の映画を観賞している。
しかし、映画を製作する人間ではないし、ましてや、映画研究を専攻する学者でもない。
ただの、映画ファンだ。
従って、いつでも“ファン目線”でしか映画を語らないことを心掛けている。例えば、『この映画は素晴らしい』という表現を使わず、『この映画は好きだ』という表現を使う様にしている。
『良い・悪い』は見解となるので、批判の対象に為る。反面、『好き・嫌い』は個人の意見なので批判を受けることは無い。
なので私は、映画ファンの立ち位置を逸脱しない様にそうしている。
特に、年齢を重ねてからは更に、自分の好みだけを伝える様に心掛けている。
 
映画ファンの立ち位置からすると『ノマドランド』は、貧しい生活を描いているので、諸手を挙げて好きに為れないでいた。しかし、嫌いになる原因の“貧乏臭さ”は微塵も感じられなかった。主人公が、自己完結している様に見受けられたからだ。
では何故私は、観賞直後に『辛気臭い』という微妙な感想を呟いてしまったのだろう。
その上、候補に挙がっていたアカデミー賞の作品賞は、受章出来るクライマックスでは無かった気がしていた。日本人の私からすると、ポジティブな観賞後感では無かったからだ。
観客としての『好き・嫌い』観点からではなく、この作品から『好きに為って欲しい』というシグナルを感じ得なかったからだ。
 
ところが、私の予想に反して『ノマドランド』は、今年のアカデミー作品賞に輝いたのだ。
これまでの長い経験から、私が大嫌いな作品が、アカデミー作品賞を受賞してしまったケースはまま有った。反対に、大好きな映画が、アカデミー賞に全く引っ掛からなかったことも数多くあった。
これは、好みの差なので特段目くじらを立てることはしない。
しかし、辛気臭いと感じた、好きに為れなかっただけの『ノマドランド』のアカデミー受賞は、少なからず私にショックをもたらした。
気になって仕方が無かった。
 
私は、都内の映画館が軒並み閉まっているゴールデンウィーク中に、わざわざ横浜まで出向き『ノマドランド』を再観することにした。まごまごしていると、外出自粛中に上映が終了する恐れが有ったからだ。
 
普段私は、ロードショー公開作を二回見ることは無い。続けて観たところで、感想が変わることが無いからだ。
しかし、『ノマドランド』は、二回目で大きく感想が変わったのだ。
遊牧民の様にアメリカ各地で労働するノマド・ワーカーは、経済的に苦しくとも誇り高く働いている様に感じられたのだ。移動はしているものの、その姿はどこか、大地に根を張った様な力強さを感じたのだ。
それはまるで、巨大なアメリカ経済を力強く底支えしている様にも感じられた。
 
私は、二度目の映画館を出る時、昔感じた或る感想に似ていると思った。
車での映画館からの帰路、私は、その昔の映画を想い出した。
それは、1940年製作の『怒りの葡萄』という映画を観終えた時の感想だった。
『怒りの葡萄』はピューリッツァ賞を受賞した同名小説を、巨匠ジョン・フォード監督が映像化したものだ。学生時代のリバイバル上映で観賞した私は、農家の母が語る、ラストの力強いモノローグに涙が止まらなくなった。
『ノマドランド』には、『怒りの葡萄』と同じく社会を底支えする労働者の力強さが有ったのだ。
 
私は思わず、
「『辛気臭い』なんて感じて御免なさい」
と、映画『ノマドランド』に詫びたくなった。
 
今年のアカデミー作品賞受賞作品『ノマドランド』。
この作品こそが、21世紀の『怒りの葡萄』です。
 
機会が有ったら、是非、御覧になって下さい。
 
 
 
 
***

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2021-06-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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