はじめて芸人の気持ちが分かった日
記事: ダモイ コジローさま(ライティング・ゼミ)
突然ですがクイズです。
2016年行きたい旅行先ランキング一位はどっち?(※1)
A:イタリア
B:ハワイ
「どっちでもいいよ」という声が聞こえそうだが、「不正解だとひどいペナルティがある」と言われたら、真剣に考える人も増えるだろうか。
ひと昔前に、そんなペナルティのあるクイズ番組があった。
番組は、仮面ライダーのような特撮現場で使われる荒地が舞台。
広い土地にA、Bと書いた大きな壁がそれぞれ立っていて、
回答者が正解と思った壁にえいやっと飛び込む。
正解であれば壁の先は柔らかいマット、不正解の場合は泥沼にダイブという展開だ。
もちろん、みな正解してマットに着地したい。
最後まで正解した人には、たいていハワイ旅行なんかも用意されている。
しかし、信じられないことに不正解で泥まみれになりたい人たちがいるのだ。
「泥にだけは入りたくないな~」と言ってから
アクロバティックな飛び込みで壁を突き破り、
不正解の時には体中泥だらけになって
「なんだよ、もう~」
と文句を言いながらも、わざと泥の中で転んだりしてみせる。
そう、それはお笑い芸人の方々。
言わずもがな、彼らにとっては不正解の方が「おいしい」のだ。
そんな泥だらけのお笑い芸人のことを僕はイタリアで思い出していた。
それは、ローマのある建物の中だった。
隣にはサブマシンガンを持って怖い顔をした屈強なイタリア人がいる。
イタリア人は僕に所持品をすべて置けと言い、ボディチェックをしてきた。
なぜこんなことになったんだろう……。
大学の卒業旅行で友人と三人でイタリアに来たのが3日前。
友人と行きたいところをリストアップして、細かくスケジュールをつくったが
こんな場所は予定に入っていなかった。
今頃、友人はコロッセオでジェラートを食べたり、
真実の口で手が抜けなくなるふりをした写真をとって、はしゃいでいるのだろう。
自分だけ、泥まみれのお笑い芸人のように不正解を選んでしまったのか。
事件が起きたのは昨晩だった。
はじめての海外旅行に浮かれた僕は夕食のワインを飲みすぎた。
いい感じに酔っ払ってホテルに帰ってみるとカバンを持っていなかったのである。
カバンには財布はおろかパスポートも入っていた。
大事なものは一か所にいれて、「この鞄さえ守れれば大丈夫」という
戦略をとっていたのが完全に裏目に出た形だ。
絶対大丈夫なようにウエストポーチにして肌身離さず持っていたのに
いつの間にかなくしてしまうなんて、間抜けにもほどがある。
カバンをなくしたことを友人に話して、いっしょに夜の街に捜索に出た。
時間は十一時をまわっており、昼とは違って人通りも少なくなっている。
街灯がローマの石畳をオレンジ色にうつし、古代にタイムスリップしたようだった。
昔話のような町並みに一瞬目を奪われたが、カバンがないという現実を思い出し
道の端々を見ながらレストランまでの道を歩いた。
レストランには忘れ物は届いておらず、往復の道にもカバンは落ちていなかった。
時間も遅いのでホテルに戻り緊急会議が開かれた。
「一緒に帰れないかもしれないし、その時はひとりでがんばれよ。お金もないしユースホステルなんかで泊まってさ」
「ユースは個室じゃないし、何日もすごすのは大変だろうけど、俺たちも帰らないといけないし、ごめんな」
友人は、励ましの言葉を次々と口にして心配してくれる。
「ひとりで残るのは不安だし、それだけは避けたいな。なんとかなるといいんだけど……」
僕は困った顔をつくって答えた。
そして、翌日。仕方なくローマの日本大使館に来ていたのである。
ボディチェックを終えると建物の中に通された。
扉をあけると事務員がひとり座って待っていた。
事務員との間には厚さが十センチもあるぶ厚いガラスの壁がある。
慣れない環境にのまれていたし、これからの不安もあって口の中はカラカラだった。
それでも思い切って事務員に尋ねる。
「3日後の飛行機で帰る予定なんですが、間に合うでしょうか?」
もしかして、本当にひとりで残らないといけないんだろうか。
ユースホステルなんて場所も知らないし、英語も話せない。
でも、なんだろう。
確かに困った事態なのだが、どこかわくわくして楽しんでいる自分がいる。
海外での開放感もあって、よりスリリングな方に自分が行きたがっていた。
見るはずのなかった深夜の街並みはきれいだったし、
サブマシンガンなんかも間近で見られた。
これから先も滅多にできない体験があるかもしれない。
予定通りなんて退屈すぎる。
いっそユースで彼女でもつくって伝説をつくってやろうか。
それで日本に戻ったらみんなに自慢してやるんだ。さらに・・・・・・
「コホン」
事務員の咳払いで顔をあげる。事務員は不審そうにこちらを見ていた。
おそらく僕はニヤニヤ笑っていたのだろう。
「身元確認が取れましたので、明後日にはパスポートの再発行が可能です」
「えっ」
僕はそれを聞いて拍子抜けした。
それなら予定通り帰れてしまうではないか。
僕の妄想を返してほしい。
僕は、映画の予告編だけ見せられて本編をお預けにされたような気持ちになって、
とぼとぼ安ホテルに戻った。
部屋に戻ったらそれまでの疲れが急にでた。体がずっしり重い。
僕は、倒れるようにベットにえいっと身をなげた。
柔らかいベッドがしっかり体をうけとめてくれる。
真っ白なシーツがふんわりと顔にあたった。
「なんだ、正解だったのか」
ユースの荒波にもまれて、泥まみれになった方がおいしかったかもしれない。
僕はその時、お笑い芸人の気持ちを理解した。
(※1)
地球の歩き方 2016年はココに行きたい!海外旅行人気ランキング
http://www.arukikata.co.jp/en/winter_a/2015/2016.html
一位イタリア、二位ハワイ。
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