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メディアグランプリ

人類最強の知性は勘違いである


人類最強

記事:石川 高生さま(ライティング・ゼミ)

 

エアチェックをご存じですか? FMラジオを聴きながら、小学5年生の国語の教科書をパラパラとめくっていたら、エアチェックという単語が頭に浮かんできた。空気のチェック。空気を読む。空気の使い方も、ずいぶんと変わったものだ。

 

教科書を読んでいて目にとまったのは、「意見が対立したときには」というページだった。

・相手に理由をたずねる言葉

・自分の考えの理由を伝える言葉

・「理解した」ということをたずねる言葉

・話に区切りをつけ、次に進める言葉

 

実に丁寧に対処方法を説明している。さらには、自分の意見が否定されても、人間が否定されたのではない、とまで書いてある。おもしろくなって読み進めると、説得力のあるスピーチをする、人に本をすすめるときには、なんて項目もある。書店で本を手に取ってもらうための工夫や、隣の子の作文を写すのは著作権侵害だよ、などといった説明もあった。

情報化社会の国語は、表現方法や情報活用に結構な分量が割かれていて、非常に興味深い内容であった。

 

さらに、6年生の教科書では、早くも自分を見つめ直してしまうのだ。隔世の感があり過ぎて、教科書を読んでも懐かしい気持ちは微塵もわいてこなかった。

新鮮な気持ちで、小学5年生、6年生の教科書を読みふけっていたとき、去年読んだ4年生の教科書のことを思い出した。

 

「私が言ったこと間違っていたかな?」という問いに対して、答え方で、話し手の受け止め方は変わるのか考えてみようというものである。

 

(間をおかず)そんなことないよ

(間をおいて)そんなことないよ

 

「誤解されないように説明しましょう」ではなく、表情や話し方、間の取り方から、「察する」ことを教えるとは、国語の定義も随分と変わったもんだと感心した。

FMラジオ、空気を読む、エアチェック、駄洒落にもならないが、自分の中では点と点が点線で結ばれた瞬間だった。

そして、その時、点線が一点鎖線になりそうなニュースがラジオから流れていた。来年、将棋の羽生善治名人が、人工知能と対戦するかもしれないという。将棋界最強の名人が人工知能と戦う。これは大事件である。しかし、もしも負けたりしたら……。

人工知能の進化を見ているのは楽しいけれど、同時に人間との差分について考えてしまう。

機械と人間の違いは感情だともいわれるが、研究者によるとそうでもないらしい。

人工知能の研究者によると、物質から産み出されるものは、どんなものでも、いずれは解析できるという。感情だって人間という物質から造り出されるものなので、分析は可能だと考えられている。確かにそうかもしれない。これだけ科学の進化は著しいのだ。感情や間を理解する人工知能が開発されない理由はないだろう。

 

でも僕は、解析は可能でも、人工知能にはできないことがあると思っている。その鍵が間だ。間こそが人工知能と人間の差を生むと思うのだ。間の取り方ではない。間の産み出す『誤解』こそ、人類の発展に必要であり、これまでの発展に寄与してきたのではないだろうか。

人工知能にとって、間違わないこと、正しいことは使命である。空気が読めない、間が悪いなどはありえない。ましてや、誤解などあってはならないのだ。人間らしさを演出するために、わざと間違うことはあるかもしれないが、それは、誤解とはちょっと違う気がする。

誤解、すなわち、間違った理解こそが、人類最強であり最後の技なのではないだろうか。

 

さて、なぜ僕が誤解最強説を唱えるのか。それは、僕の体験談に裏付けされた事実であり、周囲の女性から多数の賛同を得られている説だからである。

 

「恋も結婚も、だいたい誤解からはじまる」

 

あの人は私のことが好きに違いないという誤解の積み重ねこそが、愛であり結婚である。そして、誤解の積み重ねが、勘違いを愛に変え、結婚という形にまで昇華させるのだ。

はたして人工知能に、誤解を積み重ねることや、気がつかないことなどできるであろうか。間違い続けることに辛抱できるはずがない。宿命に逆らうことなど、できようはずもない。これが、誤解最強説である。

 

「最初は好きじゃなかった」友人の女性たちは口を揃える。

僕も後で、その事実を妻から聞いた。いつも、はじまりは勘違いから。悔しい気もするが、いま思えば、そうだったかもしれない。プライドを捨てれば、腑に落ちる部分は多々ある。結婚記念日を直前にして思い出してよかった。のか?

 

空気を読めないって大事かもしれない。

人工知能は、空気を読めない内が最強に近く、感情を持つことで弱くなり、誤解までできるようになると、もっと弱くなるのかもしれない。くだらない妄想ではあるが、割と当たっているのではないかとも思っている。

 

1970年代から80年代の前半、FMラジオから流れる音楽をカセットテープに収めるエアチェックは、少なくとも僕の周辺では、できる男の証でもあった。クリアな音を求めてアンテナを張り巡らせる。DJがうるさくなく、いけてる音楽をフルコーラスで流す番組を探す。フェードイン、フェードアウトなどの技を駆使し、格好よく音楽を録音する。いかした音楽テープをカーステレオで流せば、大抵のことは何とかなると思っていた。なぜ疑わなかったのか不思議でならないが、当時は、信じて疑わなかった。やはり勘違いの力は偉大である。

 

そんな勘違い親父と、間について勉強している小学生とでは、論理思考で敵うはずもない。冷静さでも敵わないだろう。子どもに、子どもらしさを求めるのは、おとなの小さなプライドなんだろうな。そんなことを思った。

でも、恋愛力は勝てるかもしれない。思い込みの強さなら、きっと負けない。

 

※引用:光村図書、国語 四、五、六

そういえば、引用についても教科書に載ってたな……。

 

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2016-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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