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正義の味方になるなんて、バッカじゃないの?



記事:まるバ (ライティング・ゼミ)

「僕は、正義の味方になるんだ」

「は?」

それに続く言葉は、口にしてよいものか一瞬戸惑ったが、気づいたら声に出していた。

「バッカじゃないの?」

小学生の会話かと思ったが、そうじゃない。俺たち高校生だぜ。

***

高2のクラスメイト「サワノ」とは、最寄り駅が同じということもあって、自然とつるむことが多くなっていった。

俺をアウトドアの世界に引き込んだのは、すべてサワノの仕業だ。

ワンダーフォーゲル部の彼は、アウトドアになみなみならぬ情熱を持っていた。

無理やり1,000m級の山に誘われた帰宅部の俺は、テントの張り方、火の起こし方など、基本技術を徹底的に叩きこまれた。誰も入部するとは言ってないのだが……。

山登りだけじゃない。サワノの家には、なぜか知人から譲り受けたというカヌーがあった。

歩いて10分ほどの海岸へ、この格好の遊び道具を担いで行き、波にもみくちゃにされながら遊んでいた。

まるで小学生だ。

「島に行こう」

その一言で、俺の夏休みの予定は、いとも簡単にサワノによって決められてしまった。

湾内に浮かぶ風光明媚なその島は、三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台にもなっている。

素っ裸のまま「その火を飛び越えてきて」と叫ぶ美少女ではなく、今回隣にいるのは、黒々と日焼けしたアウトドア野郎というわけだ。

フェリーというより漁船と言ってしまった方がしっくりくるような、頼りない定期船に乗り込み、1時間ほどで目指す島に着いた。

キャンプ地にする予定の砂浜は、港から見て、ちょうど島の反対側にある。

周囲5Kmもない小さな島だ。当然バスなんて通ってない。

「どうするつもりだ?」

サワノにたずねようとしたら、島の住民らしい軽トラのおっちゃんと、なにやらにこやかに話している。

船を下りて間もないのに、もう島民と打ち解けて、車で運んでもらう交渉を成立させていた。

意外な才覚を目の当たりにして、あっけにとられていると、「早く乗れよー」と声がかかる。

軽トラの荷台で、ジリジリと午後の日差しに炙られながら砂浜に到着すると、見たことないような光景が広がっていた。

ありのままの自然が手つかずで残っている砂浜。シーズンだというのに、他に人影は見当たらない。われわれがこの大自然を独り占めだ!

周りに人工の光がほとんどない島に、やがて夜が来る。

空を見上げると、今にも落ちてきそうな数の星で埋め尽くされていた。

さっきから、あちらこちらで、数え切れないほど流れ星が流れている。

ラーメンを平らげ、インスタントコーヒーを飲みながら、たき火の炎だけをボーッと眺める。ゆるやかな波の音とセッションしているかのように、ときおり薪がパチッとはぜる。

どれくらいそうしていただろうか。圧倒的な大自然を前にして、心が放たれていくのがわかった。受験を来年に控えた身だ。まだ誰にも言ったことのない、将来のことを話しはじめていた。

現実的な俺は、

「英語を使える仕事に就く。そして海外で働くんだ」

「これからもっともっと英語の勉強をがんばる」

一方、サワノが少し照れながら発した言葉は意外なものだった。

「僕は、正義の味方になるんだ」

「は?」

「バッカじゃないの?」

現実を見てないポエティックな発言に、本気で心配してしまった。

「正義って何だよ?」

「困っている人は等しく全員助けるんだ。一人の犠牲も許さない」

「そんなの詭弁だろ!」

めんどくさい論争になったりしつつ、夏の離島キャンプは終わった。

その後、サワノの正義感を知らしめる事件がクラスで起こる。

秋の文化祭に向けて、クラスの出し物を決める段になり、意見を集めていた。

クラス投票での一番人気は「カジノ」。しかし、金券を扱うということ、そして倫理性を考慮して、生徒会から「カジノは抽選制・全校で3クラスまで」と制限が設けられていた。

後日、われわれのクラスも抽選にかけられ、強運でカジノを引き当てることができたのだった。

これで一件落着になるかと思われた矢先、いやな噂が耳に入る。

生徒会長と仲の良かったウチの学級委員が、抽選に便宜を図ってもらうよう取引をしたらしい。

それを聞いたサワノが学級委員に食ってかかった。

「そんな汚い手を使って恥ずかしくないのか!」

普段温厚なサワノが、あんなにしつこく糾弾するのは初めてだった。

公平なはずの抽選が実は不公平に行われた。そして、本来選ばれるはずだった別のクラスが涙を飲んでいる。それが許せなかったのだ。

結果、彼の告発により不正が明るみに出て、我がクラスのカジノは急遽取りやめとなった。

「余計なことを言いやがって」

クラスの全員がサワノのことをそんな目線で見ているのが、痛いほど感じられた。

彼が正しいのはわかっている。

でも、俺はクラスの圧力に飲まれて何の弁護もできなかった。

やがて3年になり、サワノとは違うクラスになってしまう。

俺は受験英語の勉強に忙しく、お互いだんだんと疎遠になっていった。

しこりのような感覚を胸に抱いたまま、もうこのまま会うこともないんだろうな、と思いながら時が過ぎていった。

ところが、卒業式の帰り道という土壇場のタイミングで、偶然サワノと再会を果たす。

久しぶりに会話をして、すごい勢いで近況を知らせ合った。

サワノは隣県の大学に合格。福祉関連の学部だという。そして、俺は東京の大学に行くことになっていた。

「お互いがんばろうな!」

そう約束して別れた。

***

大学を卒業して社会に出た俺は、ちっぽけなカヌーのように、世間の荒波で揉まれていた。

海外で働くという夢とは程遠い、超ドメスティックな中小企業。

それでも、毎日必死でくらいついて3年が過ぎた。

久々に盆休みがゆっくり取れ、実家に帰省した俺はリビングで新聞を開いた。

どのページを見ても、昨日の総選挙の結果がでかでかと載っている。

何気なく、地元の選挙区のページに目を落とす。

当落が確定した候補者たちの名前を見て息をのんだ。

「サワノ!」

新聞紙面の粗い写真でも、あの野生児っぽい面影がはっきり見てとれる。

同姓同名ではない。間違いなくあのサワノだった。

「アイツ、正義の味方になるってマジだったんだ……」

でも、残念ながら結果は落選。得票数も、出馬した選挙区内で一番少ない。

知名度もない、資金もない、新人無所属候補の無謀な挑戦に見えただろう。

いや、あの「アンパンマン」だってそうじゃないか。

困っている人に自分の顔をちぎって分け与える。

顔が欠けることをいとわず、自分の身を犠牲にして人を救うのだ。

本当に人を助けたいと思ったら、正義の味方だってボロボロになって傷を負うはず。

ヒーローだけ無傷でいられるなんて、キレイごとはありえない。

「バッカじゃないの?」なんて、もう言えなかった。

「お前ってば、ほんとのヒーローだよ」

 

***
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2016-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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