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その昔、レンタルレコード屋ってのがあってな

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記事:まるバさま (ライティング・ゼミ)

その昔、レンタルレコード屋ってのがあったんだ。
知ってるか? ツタヤみたいなレンタルCD屋じゃあない。
レコードだ、レコード。今だったらアナログ盤とかいうのか? 音が出るでっかい黒い円盤だ。
シングルはEP、アルバムはLPっていう呼び名も、今じゃすっかり「何それ?」って感じだろな。
そのレコードをレンタルする小さな店が、街のあちらこちらにあった時代。

棚にずらりと並んだレコードから、渾身の1枚を見つけるのは、宝探しみたいなもんだ。
レコードには背表紙ってのがないから、棚をサッと見渡しただけでは、どんなタイトルがそこにあるかは、わかりにくいわけだ。
正面が見えるように立てて並べられたレコードを、パタパタとドミノみたいに倒しながら、時間を忘れて探していたもんさ。
あんまりパタパタやるもんだから、しまいには指が痛くなってきたりしてな。

目当てのレコードを見つけて、貸し出しの手続きが終わったら、宅配ピザ屋が使う保温バッグみたいなやつに入れられて、自転車で持って帰るんだ。段差を超えるときはレコードが割れないかヒヤヒヤしたもんさ。
今となっては、CDの方が音質は段違いにイイ。でも、レコードはジャケットの迫力がすごい。
LPレコードは約30㎝四方あるから、アイドルのLPなんかになると、実物大の顔写真がバーンと載っててさ。
斉藤由貴のアルバムジャケットを見た時なんか、こんなかわいい人が世の中にいるんだあ、と夢心地だったさ。
え? 斉藤由貴は2時間サスペンスのオバサン女優じゃないぞ。アルバムの曲を自分で作詞するくらいの、当時としては珍しいアーティスト指向の正統派アイドルだったんだ。

そしで、レコードを借りてきたら、カセットテープに録音する。MDじゃないぞ、「カセット」だ。
46分とか64分とか、なぜか半端な数字のラインナップがあるんだよな。やれノーマルだとか、ハイポジだとか音質の論争になると、すごくめんどくさいから、ここではやめとくな。

さらに、カセットテープには、アルバムタイトルや曲名を書くためのカードが入ってる。このカードの作り方で個性がでるわけだ。
レタリングに凝ってるやつも多かった。レタリングてのは、転写式の文字シールで、ボールペンの先とか尖ったやつでゴリゴリこすると文字のシールが貼られて、印刷したような仕上がりになるって代物だ。
「中森明菜」とかローマ字でレタリングしたときにゃあ、「A」ばっかり減って大変さ。

新しいアルバムを借りたり、手に入れたりすると、カセットに録音して友人に渡すのが伝統行事みたいなもんだった。
あんなでかいLPレコードを、学校に持ってくるわけにはいかないからな。
マニアックなやつになると、いろんなアルバムから自分でセレクトした曲を組み合わせたオリジナルテープを作ったりしてさ。
ひとりコンピレーションてやつだな。

録音したカセットをもらったら、俺も新しいアルバムのカセットを渡したりした。
中でも、クラスの女子とカセット交換をするのが、ひそかな楽しみだった。

ただ、交換するだけじゃないんだな。楽しみにしてたのには、もうひとつ理由がある。
カセットのケースには割とスペースがあるから、その中に1、2枚の折りたたんだ紙を入れることができる。
つまり、カセットを渡すたびに、小さく折りたたんだ手紙を入れて、女子と交換日記みたいなやり取りもしていたわけだ。
まあ、なんとも甘酢っぱい思い出だ。

当時クラスには、家も近くて仲のいい「リエ」って女子がいた。え? 友だちだ、友だち。まあ、気にならなかったと言えばウソになるけど……って、おい、話を先に進めるぞ。

リエは、すごく音楽が好きな子だったんだ。家にたくさんのレコードがあるらしく、日本のアーティストはもちろん、俺がまだあまり知らなかった洋楽まで、広いジャンルの話題に精通していた。確か、イーグルスを教えてもらったのも、リエからだったな。
でも、彼女は病気がちで、ちょくちょく学校を休んでいた。出席日数ギリギリだったんじゃないか。
だから、たまに登校してきたタイミングで、お互いに新しいカセットを交換した。短い手紙をケースに忍ばせてな。

多感な時期のことだ。もし見つかって、クラスで変なウワサにでもなったりしたら大変だ。
俺は細心の注意を払って、ひそかなやり取りを続けた。

でも、ある日のこと、俺が登校すると、クラスの誰かが大声で叫んだ。
「お前、リエと結構仲いいみたいで! お熱いねえ!」

秘密のやり取りが、一夜にしてクラスの全員に知れ渡っていた。
他の生徒もなんだかニヤニヤしているように見える。

「なぜだ? なぜだ? なぜだ?」
「ハッ!」
真相に気付いたときには、穴という穴から変な汗が出てきた。

ある時、クラスメイトの一人から、
「南野洋子の、あのアルバム持ってるか?」と聞かれて、
カセットなら持ってるよってことで、カセットを渡したことを思い出した。
でもそれは、リエと交換でもらったカセットで、なんと彼女の手紙を入れたまま友人に渡しちまったんだ。

その後はというもの、折に触れ冷やかされるという、なかなか厳しい1年を過ごしたわけだ。
え? リエとはどうなったかって? 野暮なやつだなあ。それはまた別の機会に話してやるよ。

でも、今はぜんぶデジタルだもんな。交換なんてしないで、自分ひとりで黙々とダウンロードするだけだもんな。
味気ないわな。手紙を忍ばせることもできないからな。

そんなことを思い出して、何十年ぶりかに、レコードを買ってみたんだ。
さすがにアイドルのアルバムじゃなくて、ジャズの新譜レコードよ。
早速聴いてみようと、封を開けてみると、レコード盤に交じって、中から小さい紙切れが出てきたんだ。

「お、まさか! 手紙か!」と一瞬、胸がときめいたね。

でも、そこにあったのは印刷された、事務的な文章だったわけで。

「お買い上げありがとうございました。
ハイレゾ音源のダウンロードはこちらです。
http://www.*****.com/
パスワード:****」

お前らも、今の時代の音楽を存分に楽しんでくれ。
じゃあな。

 

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2016-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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