【妄想ホラー】 双子の赤ちゃんを宿していることをあなたは知らない。
今日もあそこを揉んでいる。
この感触がたまらなく好き。
ちょっと硬くなっているところも、丁寧にもみほぐしていくと、ふんわりと柔らかくなっていく。
ここの緊張感が取れて、ほぐれていくと、ほとんどの人が気持ち良いと言ってくれる。
しかもこの場所は、どうも心と連動しているように私には思える。この場所の凝りが取れたら、心もふんわりと柔らかくなって、ほっとした笑顔になる人が多い。うとうとと眠ってしまう人も少なくないのだ。ここを揉み始めた途端に、無防備になって、いろいろな身の上話を始める人もいるしね。
人の身体の中でもこのパーツは、人をリラックスに誘う場所なのだ。
いったい私は何を揉んでいるのかって?
それは、「耳」である。
私はサイドワークで、耳ツボセラピーの仕事をしている。セルフケアのために東洋医学に興味を持ち、その流れで出逢ったのが耳ツボだった。
人の耳はおろか、自分の耳だってじっくり観察したり、触ったりすることはなかったが、セラピストになってたくさんの耳に触れさせてもらって驚いた。本当にひとりひとり違うのだ。形も、堅さも、温度もそれぞれだし、その時の体調によってむくみがあったり、シュッとすっきりしたりする。同じ人でも左右でちょっと違う形をしていることも多い。しかも、揉みほぐすと、すぐに反応してくれる。柔らかくなったり、温かくなったり。
認識している人は少ないと思うけれど、耳は変化しているのだ。
耳というものがこんなに個性豊かだということを、なぜ今まで気が付かなかったのだろう。顔のサイドという、自分では目が届きにくい死角に耳は位置している。だから、ずっとノーマークだったのだ。
それからは、電車に乗っていても、テレビを見ていても、耳が気になって仕方がない。
「人と会って、一番最初に目が行くところはどこですか?」と聞かれたら、「耳!」と答えるかもしれない。
私はいつの間にか、耳フェチになっていたのである。
フェチというのは、フェティシズム(fetishism)が略されたもので、もともとは宗教学の用語として使われていたそうだ。本来は、木片や貝殻、石など持ち運びできる小さなものに神様や呪力が宿ることを指した言葉だとか。
まさに、私にとっては、耳は聴覚を司る単なる感覚器官ということだけでなく、そういう見えない力や存在が宿っているように思えるのである。
たくさんの耳に触れさせていただく中で私は不思議な感覚に囚われることがあるのだ。
これは、お客様にも仲間にも言ったことがないし、ここではじめて告白するのだけど、触れている耳から表情を感じることがあるのだ。笑顔だったり、疲れがピークのこわばった顔だったり、悩み事があるような憂鬱な顔だったり……ほんの一瞬なのだが、ふっと誰のものともつかない、でも感情が浮き上がるような人間の表情を感じるのだ。耳には何かが宿っているのではないか……。そう感じることがあって、より耳への興味が募っていった。
そういえば、村上春樹氏の「羊をめぐる冒険」でも、美しい耳を持つガールフレンドが出てくる。耳専門のパーツモデルで、誰もが振り向くような美しい耳を持つ女性。
まさか、そんな誰もが振り向く、絶世の美女ならぬ、美耳なんてあるわけがない。ただの作り話だ、そう思っていた。
でも今なら、そんな、皆を虜にしてしまう世にも美しい耳が、どこかに存在していてもおかしくないような気がしている。
東洋医学では耳の形は胎児に見立てられ、耳たぶは頭、耳の中央は内臓、耳の上部は脚に対応したツボが集まっているとされる。耳は、全身を表す。部分と全体が似た形をとっているわけで、なんだか、大宇宙の中の小宇宙みたいではないか。
確かに言われてみれば、耳の形をじっと見つめると、頭を下にし、足を折り畳み、まあるくなってお母さんのお腹にいる胎児が浮かび上がってくる。
ということは、だ。
誰もが双子の胎児を宿しているということになるではないか。
とても突拍子もない発想だけど、ちょっと想像してみてほしい。
仕事をしている時も、友人と会っている時も、ふらふらと出歩いている時も、あなたの頭の両側に、胎児がぴたりと貼りついている。沈黙を保ちながら、じっとあなたの話を一言ももらさずにじっと聞いている。周りの音もじっと聞いている。
あなたや周りが発する音声情報を栄養にして、胎児は生きているのだ。
あなたが意識しようとしまいと、24時間あなたに寄りそう双子の胎児がいる。
うわー、怖いかも。
楽しい妄想をしようと思ったのに、これではちょっとしたホラーだ。
でも、もう少し、この妄想ホラーに付き合ってほしい。
お母さんのお腹にいる本当の胎児は、一節によると、母親の声のトーンや大きさ、速さ、リズムの変化を聞き分けることによって母親の心の状態や外の世界に対する印象を持つそうだ。
それと同じように両耳の胎児も、まるで母を慕うように、あなたに関心を抱き、入ってくる情報を頼りにあなたのことを理解しようとしたり、役に立ちたいと思っているとしたら……?
もし、あなたが誰かに傷つく言葉を言われたら、両耳の胎児も傷ついているかもしれない。
もし、あなたが誰かに優しい言葉がけをしていたら、両耳の胎児も勇気をもらっているかもしれない。
そんな風に考えてみると、ちょっとドキッとしないだろうか。
耳からインプットされる情報が、感情や信念体系に影響を与えているとしたら、不用意な言葉を使ったり、好ましくない情報の洪水に浸ることは自分を危険な方向へ導いているかもしれない。
だからどんな言葉使いをするか。
どんな情報を自分に取り入れるのか。
「大切な胎児が聴いている」
そう思ったら、自然に自分にとって相応しい言葉、音、情報を慎重に選び、取り入れるようになるだろう。
耳が胎児の形をしているのは、そういう警告のような意味があるのではないかと私は密かに思っている。
赤ちゃんの耳を触ったことがあるだろうか?
赤ちゃんの頃は誰でもふにゃふにゃの柔らかい耳を持っている。
大人になるにつれ、堅い部分やこわばったところが出てくる人が多いようだ。
その堅い部分やこわばりは、まるで耳が必死にかばおうとしているように私には思える。まるでサンドバックのようにあなたのストレスも疲れも考えすぎも、みんな受け止めてくれているのかもしれない。
たまには、こうやって、自分の身体の一部に対して、意識の焦点を合わせてみるのはどうだろうか。
あなたの身体は、あなたのことを助けたくて、護りたくて、いつも寄り添ってくれていることを知るだろう。
「ありがとう」と言いながら、耳を触ってみよう。耳が柔らかく、ほぐれてくると、心もリラックスして緩んでくるはずだから。
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