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女教師が丸刈りになった日


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記事:永尾 文さま(ライティング・ゼミ)

この式が終わると、彼女は1年かけて伸ばした髪を丸刈りにする。

彼女のことを皆こっそり、「カンナちゃん」と呼んでいた。面と向かってそう呼ぶと怒られるので、聞こえないところで聞こえないように呼んだ。私はカンナちゃんのことが好きだったけれど、そうじゃない人はかなり多くて、というかそっちの方がだいぶ多くて、確かに彼女は万人受けするタイプではなかった。
カンナちゃんが、私たちの名前を一人ずつ呼んでいく。
男の子も女の子も、優等生もやんちゃな子も、いじめっ子もいじめられっ子も、カンナちゃんのことが好きだった子も、反発していた子たちも、一人残さず。
カンナちゃんの、心なしかふるえている、“らしくない”声に応え、私たち生徒は、
「はい」
と、元気良く立ち上がった。
中学3年生。どんなに大人ぶって先生に口答えをしていても、この瞬間だけは自分が子供であることを思い知らされる。名前を呼ばれたらお利口に返事をする。号令で立ったり座ったりする。元気な声でお歌を歌う。子供らしくて恥ずかしい。
まぁ、でもいいか。最後なんだし。カンナちゃんの生徒でいるのも、あと数時間の辛抱だ。
今日の彼女のお召し物は赤と黒の配色が毒々しい、絣の着物。濃い紫色の袴。
そして、高く結い上げた髪。ところどころ白髪の混じる彼女の長い髪は今、最後の役目を果たそうと花の飾りで美しく彩られている。

そうだった、初めて出会ったときのカンナちゃんは、丸刈りだった。

ざわつきの止まない教室に向かって、彼女は言い放つ。
「丸刈りの女がそんなに珍しい?」
凛とした声に、ピタリと私語は止んだ。
赤というか、えんじ色というか、とにかく変な色の花柄シャツに、黒い膝丈のフレアスカート。
化粧もしない、しみとそばかすの多い顔。豆みたいに小さくて丸い、宇宙人みたいな目。
そして、坊主頭。
ベリーショートとか、そんなおしゃれなものじゃない。バリカンで、おそらく床屋とかでもなく自分の手で刈ったとしか思えない、乱雑な刈り方だ。
中学3年生になった春、始業式を終えて教室の席に着くと、珍妙ななりをしたオバサンが入ってきた。
それが3年3組の担任、カンナちゃん。
いや、冷静に考えて珍しいでしょ。そんな格好で教壇に立つ女教師、カンナちゃんの他にいる?
変な先生がやってきた、と私たちは一瞬で悟った。おいおい、受験生になる大事な年に、担任がこんな変な先生でやばいんじゃないの。クラス荒れちゃうんじゃないの。ハズレクジ引いちゃったんじゃないの。
私は戸惑って近くの席の人と顔を見合わせる。教室の中に、面と向かって答えを言える勇気のある人は誰もいなかった。カンナちゃんは怒りを笑顔で表現する、大変大人げない大人だったので、笑いながら「わかりました、バカな中学生たちのために質問を変えます」と言った。
「丸刈りの女はそんなに変?」
女は普通、髪を丸刈りにしません。髪は女の命です。
女という生き物は、髪を整えて化粧をして可愛らしい服を着て、結婚したら旦那さんと同じ名字になります。それが普通?
「ねぇ、普通って何でしょう?」
笑顔で彼女は怒る。
私たちは答えない。
「……ということを、これから1年かけてバカなあなたたちと一緒に考えていこうと思います。よろしく」
子供が親を選べないように、生徒も先生を選べない。大変なクラスに入ってしまったと、私はこっそり頭を抱えた。

カンナちゃんは先生なのに、よく中学生みたいな屁理屈をこねた。
男子生徒に「ブス」だの「クソババア」だの言われると、「自分のことイケメンだと思ってるの? 残念でした!」「あなたもいつかクソジジイになるんだから、私、全然悔しくないわ、全然!」と言い返し、暴言を吐いた生徒が嫌になって逃げ出すくらい倍にして屁理屈を返した。
スカートを短くする女子生徒にはスカートの中を覗き込んで悲鳴を上げさせ、ズボンを腰まで下げて履く男子生徒のズボンをさらに下げてパンツを見せた。
毎日廊下で繰り広げられるカンナちゃんと中学生の追いかけっこを見て、この先生はなんだかんだ子供が好きなんだろうなと思っていた。

「私、子供ってだいっきらいなのよ」
「えっ」
「子供って話通じないしバカじゃない。中学生ならまだましだと思って中学校の教師になったけど、期待はずれだわ」
「そ、そんなにバカですかね?」
「バカよ。自分をバカじゃないと思ってることがそもそもバカの証拠だからね」
なるほど、よくわからないけどそうかもしれないと思わせてしまう、カンナちゃんお得意の屁理屈だ。
夏休みを前に控えた二者面談。開始から三十秒で面談らしい会話は終わった。成績には問題ないし、面談なんて退屈なことやめにしましょうとカンナちゃんが言い出したのだ。
丸刈りだったカンナちゃんの髪は、普通のショートカットくらいの長さになっていた。伸びるのがものすごく早いらしい。
「先生はどうして丸刈りにするんですか?」
「暑いからよ」
「……はぁ」
「嘘。普通を押し付けてくる社会に反抗してるから」
「そうなんですか?」
「これも嘘」
「もう! 大人のくせに嘘つくのやめてください!」
「あら。大人だから嘘つくのよ。あなたも大人になったらわかるわ。息をするように嘘をつくようになるからね。楽しみね」
本当に楽しそうに彼女は笑う。そして、伸びてきた自分の髪を指先でつまみ、愛しげにもてあそんだ。
「まぁ、でも、しばらく髪は切らないわね」
「えっ、どうしてですか?」
私は思わず身を乗り出す。
カンナちゃんは指を一本突き立てた。
「ヒント1、受験生」
「クイズですか?」
「ヒント2、お百度参り」
「ええ、わかんないですよ」
「ヒント3、藁人形」
「怖いこと言わないでください」
あなたは素直で面白いわね、と彼女は声を上げて笑う。じゃあこれは来年の春までの課題、と話を切り上げて席を立った。
「あぁ、課題を出すだけじゃかわいそうだから、さっきの答えだけ教えてあげるわ。私が丸刈りにする理由」
カンナちゃんはいたずらっぽく笑い、彼女の秘密を教えてくれた。

私が丸刈りになるのはね、普通じゃないことを普通にするためよ。

――突然湧いた拍手の音にハッとする。どうやら退屈な祝辞が終わり、いよいよ宴もたけなわというところらしい。
“普通って、何でしょう?”
4月の自己紹介で私たちに問いかけて以来、カンナちゃんはたびたび、同じ質問をした。普通って何なんでしょう? 普通って、誰が決めるのでしょう? 本当にそれは普通なのでしょうか?
友達と同じ制服を着て、友達と同じ話題で笑って、時には話題を合わせるために同じテレビやマンガを見たりして。普通の中学生でいるためにはそれなりの努力が必要だった。
けれど、廊下を見ると毎日のように普通じゃない教師が普通の中学生と追いかけっこをしている。始めは変な先生だと思っていたのに、いつの間にか当たり前の日常になっていた。
カンナちゃんは普通じゃない。でも、普通じゃない人が普通に存在する学校って、面白い。
中学生ってバカだし幼稚だから、こうやって普通じゃない人や状況にもすぐ慣れる。慣れることで、寛容になれる。普通であることを自分にも他人にも強要しなくなる。
カンナちゃんが言いたかったのはたぶんそういうことなんだろうと思う。まぁ、たぶんいつもの屁理屈だけどね。
そんなカンナちゃんが信念を捨ててでも一年かけて、髪を伸ばしていた理由。ヒントは、受験生、お百度参り、藁人形。
その心は?

聞き慣れたピアノの旋律が体育館に響き渡る。
『仰げば尊しなんて歌う振りだけしておけばいいわ。私、あなたたちに感謝されることなんて、何一つしてないんだから』
なんて、例によって憎まれ口を叩いていたけれど、私はやっぱり、カンナちゃんって生徒思いの優しい先生なんじゃないかと思うんだ。じゃなければ彼女は髪を長く伸ばしたりしない。
だからカンナちゃんが長い髪を結い上げているこの時間だけは、生徒らしく先生に感謝して、上手にお歌を歌いましょう。これがバカで幼稚な中学生なりの、感謝の伝え方だ。

受験生、お百度参り、藁人形。
その心は、願掛け、でしょう?
みんなが無事に卒業できますように、志望校に受かりますように、って願いを込めた髪なんでしょう?
『卒業式が終わったらソッコー丸刈りにしてやるわ。あなたたち、早く卒業してちょうだい。髪が長いと頭が重くてしょうがないのよ』
そう言って笑うカンナちゃんは、坊主頭と同じくらいポニーテールも似合っていたと思う。
女教師が丸刈りになる、この佳き日に。
私は中学校を卒業した。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-08-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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