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危ない男との真夜中ドライブ


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記事:弥恵(ライティング・ゼミ)

 

夜の都市高速がたまらなく好きだ。

眠れない夜、私は一人車を走らせる。なぜ夜中にドライブをするのが好きかと聞かれれば、恐らくそれは、これまで出会ってきた男のせいだと私は答える。私が付き合ってきた男たちは、大体やんちゃなヤツだった。やんちゃか、女慣れしているか。そのどちらかだった気がする。その男たちから車の扱いを教えてもらい、クラッチのタイミングを教えてもらい、覆面パトカーの見分け方とか、夜景が綺麗な場所とか……そんなことを教えてもらった。

だから私は、眠れない夜、一人で夜の都市高速に乗り、大きなカーブを美しく走り抜ける。男から教えてもらった方法で、いつまでも私の後ろに付きまとう影を振り払う。それが私にとって最大限の彼らへの愛情表現だから。もう、あなたなんか居なくても大丈夫。私は一人でこの車を扱える。私は自分で自分の人生の舵を取ることが出来る。そう思いたいから。

こうして私は、今日も夜の都市高速を駆け抜け、ヤフオクドームとヒルトンをバックミラー越しにやり過ごすのだ。

 

 

私は、可愛くない女だ。

男に頼るということをしない。少しぐらい甘えればいいものを、それをしない。もう少し隙を見せないと、と女友達は言う。しかし、根性がひねくれている私は、余程のことがない限り、「助けて」なぞと言わない。なぜか? と聞かれても答えられない。答えるとすれば、32年間そうやって生きてきたからとしか言えない。

 

しかし、たまに現れるのだ。

こんな私に、心を開かせる男が。それが、やんちゃな男であり、女慣れした男達だった。

私には、男友達から彼氏に昇格させるパターンが未だかつてない。友達だった男が、「男」になるのを見ることが嫌だというのもあるのだが、大抵最初に出会った時に、この人は「友達」、この人は「恋愛対象」とふるいにかけている。しかしその結果、「恋愛対象」とふるいにかけてしまう男が、だいたい悪い男なのだ。車の運転が上手く、女の扱いも上手い。この男達は、土足で私の心の中に入って来て、特になんの苦労もせずに私を泣かせる。

大丈夫、お前は一人じゃない、安心して寝ろと私をなだめる。じゃじゃ馬だとか、生意気だとか昔から言われてきた私は、どうもこういう男に弱い。少しだけ悪いことをしてきた男じゃないと、私はつまらなくなってしまう。真面目一辺倒の男だと、私は退屈する。

 

去年の夏、一人の男に出会った。もう1年経つか、と感慨深くなる。本当に、なんであんな男に少しでも気を許してしまったのかと思ったりする。しかし、あれが私のタイプなのだろう。仕方ない。

 

 

その男とは、仕事の関係で知り合った。日に焼けた肌に、今時のお洒落な髪型をしている。

スーツではないが、ビジネスをする上では全く問題が無い、きちんとした格好を毎回している。ネクタイは閉めないが、いいジャケットを着ている。大きな背中に、筋肉のついた太い腕。身長162cmの私が8cmのヒールを履いても、彼の肩が私の目線より上にある。少し指が短いのが気に食わないが、顔は私のストライクゾーン。むしろドストライク。

基本的に、仕事の関係で出会う人は、「お仕事」と割り切るようにしている。今後の仕事がやりづらくなるから。しかし、今回は単発の仕事。その男とは今後仕事で絡むこともない。私は、その男を「恋愛対象」に振り分けてしまった。

 

どちらともなく、食事に行くことになり、そして私はその男の、車の助手席に座っていた。

女慣れしている男は、ここまで事を運ぶのが早い。さらりと女をエスコートする。何気なく手を差し出し、そしてそのまま手を繋ぐ。美人な方が得をするとよく言うが、男もそうだ。綺麗な顔をしている方が得だ。手を差し出されても、嫌な気はしない。

 

男の車の助手席に座った私は、そのまま夜景の綺麗な丘の上に立っていた。福岡にこんな場所があるなんて知らなかった。本当に、女慣れしたヤツは……。そう思いながらも、私は男の横顔を見た。

その男が、バツイチで子供が居ないことは知っていた。10歳以上歳は離れているが、それにしても彼と同世代の男性と比較しても、やはり若く見える。それに、今付き合っている彼女が居ることも知っている。そこまでちゃんと聞き出しているのに、私はこの男に付き合って、こんな夜景が綺麗な丘に立っているのだ。これまでの私が、どんな恋愛をしてきたか象徴しているようなシチュエーション。

 

ベンチに座り、たわいもないことを話し、どうでもいい事で笑い合った。

きっとこれが最後になるだろう。もう二度と、この男が私を誘うことはないだろう。恐らく彼は、このまま私をホテルに連れて行き、そして明日には、もう連絡が取れなくなるのだろう。私からも連絡はしない。

 

私は急に感傷に浸ってしまい、じっとしていられなくなり、ベンチから腰を上げた。

その私の腕を掴み、立ち上がった彼は私を抱き寄せた。ここで抵抗しても仕方がないと分かっている私は、そのままなされるままにする。どこの香水だか分からないが、彼の胸元から香る香水が心地よい。背が高いってのも得だ。女を抱きしめた時、女の耳元で自分の心臓が脈打っているのを分かっているんだろうか。少し鼓動の早い彼の心臓の音を聞き、私はいじらしさを感じる。そして、彼の鼓動に合わせて、私の鼓動が早くなるのを味わう。

しばらく、私の長い髪に指を絡めながら、軽く頭にキスをしてくる彼。そういえば、昨日はロクシタンの、あの香りのきついシャンプーを使ったから、未だに香りが残っているだろうな、とどうでもいい事を思っていた。

突然私の顎をくっと持ち上げ、そのままキスをしてくる。その柔らかい唇の感触に、私の脳みそは少しおかしくなる。吸いつくような彼の唇から逃れられないまま、私は彼の首筋に手を這わせた。少し指の短い大きな手の平で私の後頭部を支えながら、もう片方の腕で私の腰を支える男。そのまま私は彼の首に腕を絡ませてしまう。なんでそんなに、女の扱いが上手いんだ。彼の首にかけた腕をほどき、私は彼の顔を両手で包みこんでしまう。ウエストから太ももへと下がる彼の手に、私の体が柔らかくなるのを感じる。

脳みそがとろけるようなキスをされながらも、私はやはり思った。

 

 

 

もう二度とこの男は私を誘わないだろう。

 

 

 

車に戻った私たちは、環状線を走っていた。私の家とは反対方向に向かう車。あぁ、そういえば彼は私の家なんか知らない。

 

信号待ち。

私はシートベルトを外し、突然助手席から降りた。

車のドアを閉める時、笑いかけて来た彼に、私はニコッと笑い返す。突然車を降りる女に驚きもせず、ただ笑いかけてくる男に、大人の余裕を感じた。

ドアを閉め、後続のタクシーに乗った。先ほど左折した時、サイドミラーにタクシーを捉えていたのだ。私は運転手にUターンしてもらい、家までの道順を教えた。彼が追ってこないことも分かっている。そのまま、彼は女のもとに向かうだろう。

 

 

また、今日もその女のところに帰ればいい。そして、何食わぬ顔でその女を抱けばいい。

あぁ、そうだ。助手席のドリンクホルダーに、口紅のついたスタバのカップを置いたままだ。

 

 

それぐらいの悪態しかつけない自分に腹が立った。

 

 

夜の都市高速がたまらなく好きだ。

私は家に着くなり、そのまま車に乗り込みエンジンをかけた。「こんばんは」と話しかけてくるカーナビに、「お疲れ」と呟く。ウィンカーを右に上げ車庫を出る。そのまま環状線に出ると、すぐに都市高速の入り口が見えた。左にウィンカーを上げながら、緩やかな坂道を登りETCをくぐる。サイドミラーで後ろから来る車との車間距離をよみ、アクセルを徐々に踏みスルリと本線に入る。

さらにアクセルを踏み込むと、キックダウンでシフトチェンジする車。エンジンの回転数が変わるのを感じる。

 

住宅街の上を走っているときは、防音壁で景色など見えない。しかし、しばらくすると百道浜ランプまで来る。ヤフオクドームや福岡タワーのある辺りだ。

私はここが一番好き。ここのカーブが一番好き。

 

私は、その大きなカーブに向けて徐々にアクセルを踏み込む。

このスピードじゃ曲がり切れない。でも、フットブレーキは踏まない。

私は、窓を全開にした。突然車内に流れ込む風に、私の長い髪が顔の周りではためく。左手で髪をかき上げながら、私はオーディオのボリュームを上げた。

 

だめだ、やっぱり曲がれない。

カーブに差し掛かる直前、私はアクセルを緩め、ギアを2足に落とした。8cmのハイヒールを履いた足はアクセルにかけたまま。

フットブレーキなんか踏まない。

 

踏むもんか。

 

低いエンジン音に変わる車。回転数が落ちる。

急に安定感を得た車のまま、カーブに切り込む。ヤフオクドームとヒルトンに道なりに最接近する車。私は全開にした窓から、その大きな建物を横目でちらりと見る。ゴージャスだと思った。揺るがない、安定した何かを持っているその建物は、綺麗にライトアップされ、私を高いところから見おろす。私は、彼らに接近し、そしてすぐに道なりに遠ざかっていく。

 

カーブを抜ける直前、シフトレバーに手をかけ、ギアを戻した。

軽くなったエンジン音を確認し、私はアクセルを踏み込み、スーっと地面すれすれを這う生き物のようにそのカーブを綺麗に抜けた。そして、またすぐに来るカーブに向けてスピードを上げる。

 

バックミラーで、ヤフオクドームとヒルトンを確認する。

遠くなる彼らを見て、私はニコっと笑う。

 

私はブレーキなんか踏まない。

高速で回転するタイヤなんか挟みたくない。そんな風に身を焦がすのは嫌だ。私はエンブレだけでこのカーブを曲がり切って見せる。あなたたちが教えてくれたように。

大丈夫。意外とビビりな私は、法定速度はちゃんと守ってるから。

「危ないことはしてないよ」

そう、誰にともなく言ってみる。

 

 

私は、夜の都市高速が大好きだ。

私の危うさも、過去の男たちの危うさも、ここを走ればすべて抜けられる気がするから。そして、これが彼らへの私の最大限の愛情表現だから。

 

 

「あっ、やべっ」

 

 

天神で都市高速を降りようと思っていたのに、数々の男を思い出している間に、降りそびれてしまった。

 

まぁ、いいか。もう一周するか。

 

そうして私は、綺麗な夜の天神の街の上を走った。

 

***
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2016-08-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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