メディアグランプリ

真夜中の肉味噌作り、それは座禅を組むことに似ている


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記事:つたちこさま(ライティング・ゼミ)

一人暮らしを始めてしばらく経った頃、私は仕事が忙しくて、毎日終電ぎりぎりで帰宅するような生活をしていました。
責任ある仕事を任され、やりがいもあり充実していましたが、何しろやることがありすぎてやってもやっても終わらない。
当然のように、平日の夕食は会社の近くのコンビニで買って済ますことがほとんどで、家には寝るために帰るだけ。
それが、当時の私の普通の生活だったのです。

当時住んでいた東京の阿佐ヶ谷の街には、家とは逆の方角に24時間営業のスーパーがありました。

ある日のこと、いつものように日をまたいで阿佐ヶ谷駅に到着しました。
一緒に改札を出た人たちは家路を急ぐ人ばかり。
くたくたに疲れていたのに、なんとなくまっすぐ帰る気になれず、スーパーに立ち寄りました。

深夜のスーパーでは、スタッフさんが大きなカートで黙々と品出し中。
(24時間営業も大変だなあ)
私は空のカゴを持ったまま、自分の買いたいものがわからずに売り場をさまよっていました。

ひとめぐりして、2周めの青果売り場にたどりついた時でした。
突然、強い欲求を感じました。

「料理がしたい」

もともと料理をすること自体は好きでしたが、そのころ平日に自炊することはほとんどありませんでした。

「なにか料理がしたい」

でも時刻は0時を過ぎています。

今から何を作るんだ……。
ていうか、こんな夜中に作って食べたら太るし!
でもなんか作りたい!

ぐるぐる考えた結果、ふと閃きました。

今すぐに食べなくてもいいものを作ればいいんじゃないか? 
そうだ、保存食だ!

当時はスマートフォンを持っていなかったので、私の貧弱なレパートリーから、頭の中を検索して保存食にできるものを検討します。

よし、「肉味噌」だ。
「肉味噌」を作ろう。

「肉味噌」は私が勝手にネーミングしている料理で、一般的な肉味噌とは違うかもしれません。
ニンニク、ショウガ、長ネギ、きのこ類、ピーマンなどのたくさんの野菜と、ひき肉を炒めて、味噌を中心に甘辛く味を付けたもの。
ごはんにのせても、麺類にのせても、冷奴にのせてもおいしいので重宝するのです。

どうせ保存するなら大量に作ってやろう。
さっそく必要なものをざくざくとカゴに入れてお会計、大きな袋を下げて帰途につきました。

さて、すでに時間は真夜中といっていい時間帯。
でも家に戻っても料理熱は冷めず、さっそく取り掛かります。

まずは野菜の下ごしらえ。
すべての野菜をみじん切りにします。

ニンニク、ショウガは薄切りにしてから細切り、さらに90度向きを変えて細かなみじん切りに。

長ネギは細く細く切れ目を入れて、端からみじん切りに。

きのこ類、しめじは根っこを落としてから端からみじん切りに。大きめの笠も半切り、四つ切りに。
シイタケは石突を落として薄切りにして、90度角度を変えてみじん切り。

ピーマンも、種を取って縦に細切りにしてから、向きを変えてみじん切り。

とにかく、ただひたすらに、野菜類を細かなみじん切りにします。
視界には、まな板と野菜と包丁だけ。
粒がそろって細かくなるように。
それだけに集中して野菜を切り続けます。

いつの間にか、リズムを刻むような包丁の音以外が消えて、野菜を細かく切る、ということ以外の何も考えられなくなっていました。

大量にあった野菜たちが全てみじん切りになると、一つ大きなため息がでました。
集中しすぎていたせいか、頭の後ろのほうがじわじわします。
不思議な充足感がありました。

なんだったんだろう?
いま、めっちゃ集中してた……。

気を取り直し、うちにある一番大きいフライパンにごま油をひいて、ニンニクとショウガを炒めます。
シュー、という控えめな音と一緒に、ふわん、とおいしそうな匂いが広がります。
ひき肉を入れて、色が変わるころに残りの野菜を全部投入。
フライパンは野菜たちで山盛りになりますが、焦らずそのまま炒め続けます。

野菜たちが徐々に小さくなり、肉の脂を吸ってくったりしてきたころ、フライパンに味噌、そして砂糖とみりんと醤油と豆板醤などなど、家にある調味料で合いそうなものを適当に入れて、さらに炒めます。

完成が近づいてきたら、別のお鍋にジャムの空き瓶を4、5個放り込んで、お湯でぐらぐらと煮沸消毒をします。
保存食だから、ちゃんとしないとね。

10分ほど煮たジャム瓶を、やけどをしないように取り出したら水けを切って、出来立てあつあつの肉味噌をスプーンで詰めていきます。
熱いうちにふたをきっちり閉めたら、完成です。

使い終わった調理器具を洗って片付け、ずらりと並んだ肉味噌入りのジャム瓶を眺めた時の満足感といったら、たまらないものがありました。
徐々に冷めて気圧の下がったジャム瓶のふたが、ぺこん、と凹んで音を立てるのも愛おしく感じます。

真夜中の料理を満喫してようやく眠りにつく頃には、その日の仕事のトラブルも、苦労も、翌日の心配事も、すっかり頭から抜けていました。

それ以来、なんだか気持ちの疲れがたまってくると、仕事帰りに材料を買い込んで深夜に肉味噌を作るようになりました。
特に、大量のみじん切りをしているときの集中しきっている感覚と、そこから解放された瞬間がなんともたまらない。
あれは、もしかしたら「瞑想」と呼ばれている状態に近いのではないかな。
無我の境地、というと大げさでしょうか。

料理をするだけで、すっきりと気持ちをリセットできる。
お手軽、かつ、おいしいストレス解消法を見つけられたのでした。

二人暮らしに変わった今でも、夫のリクエストで肉味噌を作ることがあります。
でも以前のような「真夜中のストレス解消」としてではなく、あくまでお惣菜の一品。

新たに手に入れたフードプロセッサを使ってみたこともありました。
スイッチを押すと、数十秒であっという間にみじん切りができました。
なんだ、こんなに手軽にできてしまうのか、と拍子抜けしました。

でもこれは「あの肉味噌」とはちょっと違う。
味は似ていても、あの、真夜中のしんと冴えた空気の中、一人きりでトントントンと手で刻んで作った物とは別のものなのです。

 

***
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2016-10-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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