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よく怒る彼女が4年半かけて伝えたかったこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:おおたき文庫(ライティング・ゼミ)

「ちょっと待って」

騒がしい渋谷の街が、ふっと急に動きを止める。

あれ。

空が、どこまでも青かった。
春が足踏みしながら待っているような、2月の終わり。

渋谷駅ハチ公前改札を出て、スクランブル交差点を斜め右に渡った先。
日曜の昼下り、東急横の人通りが多い歩道の端っこで、

僕を呼び止めたものの、彼女はすっかり黙ってしまった。

あれ。なんだこれは。

もしかして。

ストップしていた頭が、のろのろとこの状況を作るにあたった理由を探り始める。

そういえば。
一緒にお昼ご飯を食べていたときから、なんだか様子が変だった。
いつもは彼女がよく喋って僕は聞くことが多いのに、今日は逆だった。
なんだか間がもたなくて、僕がたくさん喋っていた。彼女は黙って聞いていた。

もしかして。
頭がだんだんと回り出す。

そうだ。

ここ最近ずっと、2人とも仕事が忙しかった。
とはいえ、あまりにも会うことがルーティーンになっていた。

無理やり作った週に1度の夜も、どちらかが待ちくたびれて眠りにつく頃に、やっともう一方が帰ってくる。
会話もほとんどないまま、ばたばたと朝出ていく。
いつから、こんな感じになっちゃったんだろう。

何か、自分がもうちょっとできたことはあったのかな。
のろのろと、そんな言い訳じみたことを考える。

伏し目がちな彼女の黒目が揺れた。唇はきゅっとむすんだままだ。

もしかして。

いや、きっと。

別れたいんだろうな。

僕は前から、心に決めていたことがあった。
「彼女が別れを打ち明けた時は、絶対に止めない」
僕は彼女が言いたいであろう、が聞きたくない言葉が出てくるのを待った。

「……」

渋谷は相変わらず止まったままだ。
予感は半ば確信へと変わる。

「別れたいの?」

彼女は、静かに頷いた。

「分かった。今までありがとう」

途端に彼女の目から涙が溢れ出した。泣き笑いのような表情になる。

なんで泣くんだよ。

「あのね。嫌いになった訳じゃないんだけど……」

「大丈夫。今までありがとう。とりあえず俺がフッたみたいじゃん。泣くなよ」
僕は「今まで付き合えて幸せだった、ありがとう」「お互い好きだったらまたどこかで会えるよ」などとブツブツ呟いて、 涙で化粧が落ちてしまい、まだ何か言いたげな彼女を振り返ることもなく、

いつのまにかまた動き出していた渋谷を後にした。

ふわふわしていた。現実感がばっさりと無くなっていた。

よかったんだ。これでよかったんだ。

ずっと言おうかどうか悩んでたのかな。こんなこと彼女から言わせちゃって申し訳ないな。
気づいてあげられればよかったな。

とりとめもなくそんな考えが勝手に頭に浮かんでくる。
家に帰りたくなかった。無性に一人になりたくなかった。
半ば無意識に、彼女を含めてよく遊んでいた友達に電話をかけていた。

「彼女、ちゃんと言ってほしかったんじゃない? 『そんなこというなよ!』 って。『別れたくない!』 って」

ふわふわと事情を説明してぼーっとしている僕に、 友達はあっけらかんと言い放った。

「そりゃないでしょ。彼女から別れたいって言ったんだし」
好きな人でもできたんじゃん、と僕は呟きながら横になった。

……そうなのか?

そんなはずない。彼女が別れたいと言ったんだ。

……いや、言ったのは自分か。

なんだよ。それ。
じゃあどうすりゃいいんだよ。

考えるのが嫌になっていた。

居心地が悪くなった僕は、友達の家を後にしていた。

よかったんだ。これでよかったんだ。
よかった……のかな。考えれば考えるほど分からなくなっていた。

家に帰る。ゆっくりと4年半を振り返った。

1週間後、僕は彼女に連絡をとっていた。

「久しぶり。今日、電話できる?」

程なく返信がきた。

「久しぶり。いいよ。夜になっちゃうけど大丈夫?」

心臓が跳ね上がる。
1週間、色々なことを考えていた。

「彼女が別れを打ち明けた時は、絶対に止めない」

そんなことを勝手に決め込んで、彼女がどんな気持ちで、
どんな想いで打ち明けようとしたかも考えていなかった。

やっぱり、素敵な人なんだ。もう一度だけ、想いを伝えよう。

いやにゆっくり日が沈む。

電話がきた。

「もしもし、久しぶり」

「久しぶり」

「あれから考えたんだけど、やっぱり、好きなんだ。もしよかったらまた付き合って欲しい」

「ごめん……」

電話の向こうで、また彼女は泣いていた。

「そっか……好きな人でもできたの?」

「違うの。そうじゃないんだけど……」

ありがとう、改めて気持ちが聞けてよかったよ、 またそんなことをモゴモゴと呟いて、

僕は静かに電話を切った。

なんだか、スッキリしていた。

でも、同時に、何が理由なんだろう、と思った。
実は好きな人がいるのかもしれない、とも思った。

でも、何となくそれは違うような気がしていた。

小さなしこりのようなものが残った。

それから暫くして、彼女のことを知っている先輩とご飯を食べていた時。

「この前、彼女さんと会ったよ」
ふと先輩が思い出したように言う。

「そうなんですね。元気にしてましたか?」

興味がないような装いをしながら、思わず聞いてしまう。

「うん。彼氏もいないし、今は彼氏を作る気もないんだって。ずっと君の話をしてたよ。

付き合ってた時は何でも受けとめてくれたって。ただ怒ってもあまりに全部受けとめてくれるから、自分がいつまでも子どもみたいに感じて、このまま何も変わらないかもって不安になって、お母さんにも相談してたみたいだよ」

あれ。

なにかが僕の頭でコトリ、と音を立てた。

きっと、それかもしれない。

付き合ってから暫くしてもあまりに怒らない僕に、彼女が「なんだかロボットみたい」と冗談交じりに言ったことがあるのを思い出した。

彼女は、喜怒哀楽をまっすぐ表現できる人だった。

嬉しいと感じた時はひまわりのように笑い、テレビで感動的な話があれば毎回涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた。

怒りも隠すことをしなかった。まっすぐ僕に伝えてくれた。

対して僕は、感情を出すのが苦手だった。特に、怒りの感情が苦手だった。怒るのも、怒られるのも嫌だった。

小さな頃は友達とカードゲームで負ける度にぎゃあぎゃあ怒って泣いていた。その度に周りはどうしたものか、と困った雰囲気になっていた。段々と、遊びに誘われなくなっていった。

「怒ると、人が離れていくんだ」と思った。子どもながら強烈な学習だった。それから周りの目を気にするようになった。

祖父も、よく怒る人だった。しかも怒るとすぐに手が上がった。勉強が嫌で宿題をサボろうとするとすぐに拳骨が飛んできた。母は「ウチは短気な家系だから」と言った。それが余計に「怒り」という感情から僕を遠ざけた。死んでもそんな血を引き継ぎたくない、と思った。

クールでいることがかっこいいと思うようになった。嫌なことがあっても嫌な顔をしないことがかっこいいことだと思っていた。怒る人を見ると自分をコントロールできていないんだと軽蔑していた。学校では「いつも冷静」な自分を演じていた。

長い間演じていると、それはいつの間にか時間をかけて自分の一部になり、だんだんと「本当の自分」になっていく。

「いつも冷静な自分」を手に入れた時、いつしか気づけば斜に構えて、何事にも簡単に感動しない人間になっていた。

すぐ怒る人が嫌いだった。彼女ですら嫌いになることはなかったが、「なんですぐ怒るんだろう」と不思議に思っていた。

いつも彼女が怒り出すと僕は内心(始まった)と思いながら「分かった。ごめん」とすぐ謝った。そんな僕の態度に彼女は「なんですぐ謝るの。分かってないでしょ。絶対思ってないでしょ。どうせまた怒ってる、と思ってるでしょ」とより怒りを露わにした。お見通しだ。

それでも僕は凝りもなくひたすら彼女の怒りを聞き、「ごめんね」と謝る。

そして最後には根負けした彼女が「怒ってごめんなさい」と謝って、「何でも受けとめてくれるんだね」と言う。

僕はそんな彼女に「かわいいね」と微笑んで、よかった、仲直りできた、なんて満足気な顔をしていた。

嘘だ。受けとめてなんていなかった。受けとめているフリをしているだけだった。流しているだけだった。

それでいて友達には「4年も付き合ってるけど、ケンカなんてしたことないよ。まあ、彼女はしょっちゅう怒るんだけどね」と自慢気に話していた。
羨ましい、こっちはよくケンカするんだよと友達が言うと、「まあ、ケンカする程仲がいいとも言うしね。一回ちゃんとケンカした方がいいのかもねー」と全然思ってないことを口にしていた。

ごく稀に僕が思わず怒りを露わにした時、彼女はなぜか嬉しそうだった。「怒ってくれた」と呟いていた。それを聞いて僕は「もう二度と怒るまい」と決意を固くしていた。

違う。違うじゃないか。

毎日のように怒られてばっかりだった社会人一年目の僕に、会社の先輩がくれた言葉を思い出す。

「お前は幸せだなあ。そんなに怒ってもらえて。怒ってもらえる内が華だぞ。怒るってのはな、すごくエネルギーを使うんだ。怒らない方がよっぽど楽なんだよ。怒るのは、相手に良くなって欲しいからなんだ。怒られなくなったら、終わりだよ」

その時も僕は「そうですよね」と応えながら、内心ではいやいや怒られたくないに決まってるじゃないか、怒られるのなんて懲り懲りだよ、と思っていた。

今なら分かる。いや、今でも正直怒られるのは嫌だ。
まだまだ怒りを簡単には受けとめられないだろう。
怒ればいいって話でもないとも思っている。

でも、「怒り」という感情を大切にしたい、と思った。
そして自分に対してまっすぐ怒ってくれる人を大切にしたい、とも思った。
それだけエネルギーをかけて自分と向き合ってくれる人に、応えたいと思った。

彼女が別れたいと思った理由は、別にもあるのだろう。
それでも、彼女は、僕にメッセージを伝え続けてくれていた。
僕は、それを4年半も無視し続けていたのだ。

何やってるんだろう。

「怒り」は、人と向き合う感情だ。
その人を想って、
でも伝わらなくて、
伝えられなくて、
どうしようもなくなって、
自分じゃ留められなくなって、
溢れ出てくる。

少し前まで「怒り」なんていらない感情だと思っていた。

もう、そんな風に思うのはやめよう。

今は、ケンカだってしてみたい。怖いけれど、思いっきり。

相手の気持ちと、真剣に向き合ってみたい。

今、もし彼女に会ったら最初に何て伝えるだろうか。

まずは、「ごめんね」

そして、

「沢山怒ってくれてありがとう」

きっと「何言ってるの!」と怒ってくれるんだろうな。

***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-11-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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