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「社畜」ではなく「勇者」と呼んでほしい


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:つたちこ(ライティング・ゼミ)

 

 

「これ、突然頼まれて……なんでやったこともない自分がやんなきゃならないんですかね?」

「他の仕事があるのに……」

「このために、なんで俺が残業しなきゃならいんスか」

 

4人掛けテーブルのある小さな会議室で、太田君と私は向かい合って座っていた。

新しく頼まれた仕事で相談にのってください、と呼び出された私は、彼が相談の合間にため息をつきながら愚痴をこぼすのを聞いていた。

 

私がお願いした仕事ではないので、去年の11月に中途入社した太田君にとってどのくらい大変なのか、正確なところはわからない。おそらく彼の力量なら大丈夫、と踏んで依頼されたのだろうと思う。

でも太田君のいう「唐突に巻き込まれたあげく、自分が大変な思いをして仕事をする理不尽さ」という嘆きについては、とてもよくわかる。

私も以前、散々そういう風に思っていたからだ。

 

私たちのしている仕事は、受託で企業のウェブサイトを企画したり制作したりする仕事だ。その中でも、案件の仕切りを担当する「ディレクター」という職種の仕事をしている。横文字で職種を書くとカッコよく聞こえるかもしれない。

お客さんから話を聞き、要望を整理し、何をどう作ったら最適かを検討して企画してチームを組んで、スケジュール内に作り上げて納品する。多少の語弊はあるが、実制作以外の仕事を幅広く担当する「なんでも屋」だ。

仕事があるのはありがたいが、割と年中忙しい。さらに突発で新たな依頼が入り、すでに動いている仕事に加えて対応することで、もっと稼働が激しくなる時もある。終電や深夜のタクシーで帰ることも頻繁にあったり、最悪なときには徹夜して翌日までに対応する、といったようなこともあった。

そんな話だけすると、いわゆる「ブラック企業」であり、私は「社畜」と呼ばれる部類なのだろう。

 

「まあ、太田君の気持ちもわかるよ。私もそういうこと、あった」

どういったらいいのかなあ、と思いながら相槌を打つ。

 

 

そもそも私は今の仕事がしたくてここにたどり着いたか、というとそうではない。

もともとは、一般事務、と呼ばれるような仕事をしていた。その後、手に職をつけたくてウェブデザインの勉強をして、この会社で制作アシスタントをしていた。ただ、残念ながら制作の仕事はあまり向いていなかったようだ。

当時営業をしていた役員に過去の事務経験などを買われて「自分の手伝いをしないか」と誘われたのを機に、お客さんとやり取りをする営業的な仕事を覚えるようになった。

お客さんと制作チームの間を取り持っているうちに、進行管理の仕事をおぼえた。

その後、企画の仕事に”巻き込まれ”、経験もないのに手さぐりで進めてきた。

つまり、ほとんどの仕事が”巻き込まれ”た結果、身について、今に至っている。

 

一番最初に”いきなり巻き込まれた” ときには、ものすごく不満だった。

 

なんで突然私がやったこともない企画の仕事をしないといけないのか。どうやったらいいかもわからない。

ちゃんとした説明もされないままチームに入らされた、ほかの仕事もあるのに。

なんで専門外の企画の仕事で私が徹夜をしないといけないのか。

 

どこかで聞いたような愚痴をさんざん言って、頬を膨らましながら嫌々仕事をしていた。

あるとき、不満たらたらで仕事をしていた私を、チームリーダーが一喝したことがあった。

 

「そんな『腰が引けた』状態で、仕事をしないで!!」

 

それまでチームリーダーが怒ったところを見たことがなかった。温厚で、常に穏やかに話をするタイプだ。

びっくりした。

と同時に、そんな温厚な人に大きな声を出させるほど、わかりやすくやる気のない態度で仕事をしていたのだ、という自分が恥ずかしくなった。

滅多にない「一喝」は、相当私に効いた。

やったことがない企画の仕事をどうやったら成功させられるのか、わからないながらに手さぐりで必死にもがき始めた。

めちゃくちゃ難しい仕事ではあったけれど、真剣に取り組み始めると、あらかじめわかっていてやる仕事とは違った、自分で一から作り上げる楽しさがあることに気が付いた。

暗闇の中を溺れないようにもがき苦しみながら、でも途中で光が見え始めてからは今までにない高揚感も持ちながら仕事をして、最終的にはお客さんにも喜ばれる仕事にできたことが、ものすごく嬉しかった。

 

このときにわかったことがある。

嫌々ながら仕事をしていると、本当にただのストレスにしかならない。

でも同じことでも主体的にやる仕事は、困難だったり大変だったりしても前向きな気持ちでいるせいか、嫌々やっているときよりもストレスに感じない。

たとえそれが長時間労働につながってしまったとしても、熱中してやる仕事は楽しいのだ。

 

それがわかってからは、急な”巻き込まれ”仕事でも「どうせやるならちゃんとやろう」と切り替えるようにした。

もちろん「もう無理!!」と悲鳴を上げることもたびたびあったけれど、以前のようないやいや仕方なくやる、というスタンスは取らないようにした。

 

頑張って乗り越えることで、苦手だったことや、できなかったことが、できるようになる。

できるようになったことを次の仕事に活かせるようになる。

それは自分自身がレベルアップしていることを実感できる、ファンファーレのようだった。

 

「ドラゴンクエスト」という超有名なロールプレイングゲームをやったことがある人も多いだろう。

主人公の勇者は、最初ものすごく弱い。布の服を着てこん棒しか持たずに旅に出て、小さなスライムと必死で戦って経験値を得る。へまをすると命からがら逃げだす羽目になったりする。

どんなモンスターがいつ現れるかはわからない。うっかり橋を渡ってしまったばかりに突然強いモンスターに一撃でやられてしまうこともある。

それでも勇者はモンスターを倒すごとにコツコツと経験値をため、強力な武器をそろえ、どんどん強くなっていく。

やがて、始めたころには想定できなかったような、強いボスキャラを倒すことできるようになるまで、自分自身を育てていく。

 

先日NHKで放映していた「ドラゴンクエスト」30周年を記念した番組に、ドラクエの生みの親、ゲームデザイナーの堀井雄二さんが出演していた。

ドラクエの制作秘話を多数披露したあと、番組の最後に彼が伝えた言葉は「人生はロールプレイング」という言葉だった。

ぐっさりと突き刺さる。

まさにその通りだ! とテレビを見ながら大きくうなづいた。

 

最初からなんでもできる強い勇者なんていないのだ。だれもが布の服とこん棒からスタートする。

弱腰で、片手間で倒せるモンスターは少ない。 レベルアップの速さは、どれだけたくさんのモンスターを倒したか、どれだけ必死に工夫して戦ったか。

つまり、自分自身がどんな相手にどんな対応をしてきたか、その経験が自分を育て、自信になり、武器になる。

 

太田君、あなたもあなたの人生の勇者なんだよ。

あなたがどう育つかは、あなた次第なんだよ。周りはサポートはできるけど、それ以上はできないよ。

経験のないことを頼まれたのは、新しい経験をするチャンスでもあるんだよ。

嫌々やるよりも前向きにやったほうが、絶対やりがいもあるし楽しいよ。

 

きれいごとだ、と言われるかもしれないが、私は本当にそう思っている。

でもそれは、私が身をもって苦しんだことがあるから、そう思うのかもしれない。

愚痴をいう相手に「だからあなたも自分自身のためにがんばれ」と言って、どれだけ通じるだろう。

「あんたは社畜だから」と言って一蹴されてしまいそうだ。

 

でももしそう言われたら、1つだけ訂正したい。

私は「社畜」じゃない。「社」のために働いているのではない。

私は会社というしくみを使って、私という勇者を育てているのだ。ラスボスを倒すには遠い道のり。ファンファーレを鳴らして、まだまだレベルアップをしていくのだ。

 

*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。 *この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2017-01-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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