プロフェッショナル・ゼミ

そして、見知らぬ天井を見上げることになった《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

見慣れない天井だ。
カーテン越しの街の明かりが、薄明のように部屋を照らしている。
頭に馴染まない枕、肌触りの異なるタオルケット、
そして、聞き慣れない他の人の寝息。

身じろぎができないまま、朝を迎えることになるのか。
酔いは覚めてしまった。

隣から柔らかな寝息のリズムにのって、微かに洗口液の香りが漂ってくる。

眠れそうにない。
深く溜息をつこうと思うが、息苦しい。

隣が寝返りを打つ。
顔がこちらを向いた。

この可憐な顔で……。
微かな明かりに白い肌が浮かび上がる。

隣の顔が私の右肩にふれる。
広がった髪の毛が鼻孔をくすぐる。

私の肩を枕代わりに、隣は深い寝息をたてはじめる。

髪の毛に刺激され、鼻がむずがゆくなる。
音を立てて、起こしたくはない。このまま、眠り続けて欲しい。
わたしの声で起きて、この状況から解き放って欲しい。

くしゃみを堪え、見慣れぬ天井を見上げる。
目を閉じ、眠ろうと思う。
眠るのが一番だ。
朝になれば……

4ヶ月前、この状況になるとは、もちろん思っていなかった。
ことのはじまりは、社長に頼まれたことからだった。

「なあ、ナオキ君さ、今度の新人のメンターをやってくれる?」
社内に同じ名字のものが3名もいるので、下の名前で呼ばれるのだ。
「メンターは、3年目のものが担当では?」
入社7年目の私は、新人の教育担当のメンター係は一度経験している。
メンター担当者が払底しているわけではないはずだ。新卒の採用数は、毎年それほど変わらない。
「どうして、私が……」
「それが、若い奴ら、みんな敬遠して、辞退者続出なんだ。それでね……」
まだ40代の社長は、困ったというより面白いと思っているようだった。
「何か問題のある新人なんですか?」
「それがさあ、ぜんぜん問題ないの、というか、なんだウチに来たのかわからないくらい」
社長は笑いながら履歴書をよこした。
その新人は、新卒枠の中だけれど、学部卒よりは5歳ほど年上だった。私とあまり変わりがない。
3年目の社員より年上になる。年上の後輩のメンターはやりづらいのだろう。
何よりその経歴が凄すぎた。
国内の最難関大学を出て、海外の難関大学院を卒業し、再度難関大学の院に入り、博士課程を修了しているのだ。
起業してから10年足らず、社員数も50名にも満たない中堅ベンチャー企業に入るような人材ではない。
そして、女性だ。履歴書に貼られた写真は、少し大きめの目に力があり、引き結んだ口許が意志の強さを感じさせた。
「若い奴らは、履歴書みただけでビビってね。まあ、真逆のようなナオキ君がいいかなと」
社長はおもしろがっていた。

私は、7年前、飲み屋で隣同士になった縁で入社してしまったのだ。
その頃、埼玉の小さな大学を学費未納で 退学し、アルバイトで食いつないでいた。
地方に住む母親が入院し、私の学費まで廻らなくなってしまったのだ。
名もない大学の中退では、普通の就職は難しく、その日暮らしをしながら、不安に押しつぶされそうだった。

安い居酒屋で、一人肴をつまみながら本を読んでいたら、今の社長に声をかけられた。
居酒屋で本を読んでいるのが珍しかったのか、よくわからないが意気投合し、翌日採用となっていた。
当時は、古いマンションの一室で、社長と奥さん、そして社長の友人たちだけの小さな会社だった。
技術系の会社で、社長ともども、みんなエンジニアだった。奥さんが経理を担当し、営業がいなかった。
私の生来の人好きの性格が幸いしたのか、営業として才能があったのか、仕事はうまくいった。
会社もマンションの一室から、ビルの複数階を占めるようになり、社員数も少しずつ増えていった。

数年前から、新卒も採用をはじめていた。
ただ、新卒だけの研修もままならないので、教育はメンターがついて行う。
あまり年が離れていてもやりづかろうと、3年目のものが担当することになっている。
私が3年目の時に新卒を採用がはじまり、私は初代のメンターだったのだ。

「まあ、そういうことで、よろしく頼むよ」
社長が手を合わせくる。
しかたなかった。フラフラしていた自分を拾ってくれた恩がある。
何となく古手になってしまったが、長く続けているという矜持もなくはない。
歳は近いが、新人に変わりはないではないか。

4月のはじめ、入社の日に、新人とメンターが顔を合わせた。
今年の新人は4人、全員女性だ。社長曰く、成績のいい順にとると、女子ばかりになる、と嬉しそうにぼやいていた。
私が担当する彼女以外は学部卒だった。

新人4人が待つ会議室に入る。
壁際に並んだ新人たち。
少し気合いの入りすぎた化粧をした女性、黒のリクルートスーツだろうか、スーツがまだ馴染んでいない感じの女性、長い髪にグレーのスーツの少し大人びた女性。そして、薄い色の髪をポニーテールにした童顔の女性がいた。

新人が順に自己紹介をし、担当のメンターも名乗りを上げ、顔合わせとなった。
少し気合いの入った化粧をした女性が立ち上がった。
鮮やかな赤いくちびるが印象的だ。彼女のメンターは、総務担当の女性が務める。
次は、リクルートスーツが体に馴染んでいない、素朴な感じ女性だ。エンジニアの男性がメンターだった。
三人目は、長い髪にグレーのスーツが似合う女性だ。彼女の担当は営業部の若手が担当だ。
最後に残ったのは、4人の中で一番幼く見える、ポニーテールにした薄い色の髪が印象的な女性だ。彼女を私が担当する。
斉木真理恵という女性は、一番幼く見えて、一番の年上だ。
彼女の自己紹介は、こんな感じだった。
「この顔で、この声なので、中学生に間違われますが、もうアラサーです。このギャップをまずは売りに したいと思います」と、ちょっとアニメ声といわれる高いトーンで話をした。笑いが起こった。

顔あわせの後は、社長の訓話と社長の奥さんである副社長から総務的な話と続く。
社会人としての最低限のマナーを古株の女性社員がレクチャーする。
新人は話を聞き、マナーの実践練習をする。
その間、メンターも同じように話を聞き、マナー実践の相手を務めた。
私は、斉木真理恵を見ていた。
彼女だけが、社長の話の時、メモを取っていなかった。
他の人たちは、熱心にメモをしているのにもかかわらずだ。
社長の話が終わった後、彼女は猛烈な勢いでノートを取りはじめた。
副社長の話の時もそうだった。
マナー研修でもそうだった。
短い新人研修の終わり、帰りがけに彼女に聞いてみた。
「話が終わってからメモを取っていたのは、どうして?」
「そういうクセなんです。相手が話しているときは、話に集中するようにしています。聞きながらメモを取ると、書くことに気がそがれて、話を聞き逃すかも知れないので」
斉木真理恵は、少し恥ずかしそうに話すのだった。見せて貰ったノートの見開きの左は、勢いよく大きな少し乱雑な字でメモが書かれ、右側は見事に整理されたものになっていた。
彼女の履歴の一部が見えたように思えた。

斉木真理恵は、次の日から私と一緒に営業まわりをした。
新人の研修は、OJTで行うのだ。
営業先は、中小企業が主だ。工場や事務所で話を聞き、そこで出てきた問題を我が社の技術力で解決できることを売り込んでいく。
中小の企業が相手だから、担当者が社長や役員ということがよくある。
ほとんどが男性だ。
新人で女性というだけで、彼らは嬉しそうな顔をする。そういうものだ。
そして、けっこうあけすけなことを言う人もいる。
「斉木さんはいくつなの?」などは、可愛いものだ。
そのような際どいやり取りを、彼女は柔らかく返していく。
「ありがとうございます。大学に長くいたので、それなりの年なんですよ」

そして、彼女は営業先から出ると、メモをする。ものすごい勢いで。
休憩で入ったカフェで、営業の心得などを聞かれると話に話をすると、彼女は目を見ながら、真剣に聞いている。真摯な姿にこちらもいろいろと話をしてしまう。休憩のつもりで入ったのに、2時間くらいたってしまうこともあった。
「営業の基本は、聞くこと、相手に話をして貰うことだ」とか、
「表面的なニーズに応えるのは普通、そのニーズの向こうにある真のニーズに応えてこそ相手に感動してもらえる、長い付き合いになるんだ」
などなど。

翌日、彼女にノートを見せて貰うと、自分が言ったとは思えないほどうまくまとまっている。
まとめの横に、青文字で「プラン」と書かれていた。
「営業のポイント、いかに相手に話しをしてもらうこと」
の横には、話をして貰うには、方法を訊く、調べるとある。
その下には、次の相手先から実践してみる、とあった。
いかに相手に話をして貰うのか、私は説明をしていないのだから、具体的方法は空欄だった。
彼女は、自分がなにを分かっていて分かっていないかを把握しているのだ。

カフェでは、どのように話をして貰うのか、聴き方のレクチャーをした。
相手を見る、頷く、相づちを打つ、など聴き方の基本と、いくつかのキラーフレーズを教えた。
彼女は、例のごとくしっかりと聴き、聞き終わるとメモを取っていた。

次の得意先で、彼女は今教えたことをすぐに実践していた。
相手の還暦近い社長は、嬉しそうに3時間も話をしてくれた。若いときの苦労話から、今の問題点まで。私が聞いてもいないことまでも……。

翌日、彼女のノートを見ると、その社長の話のみならず、聴き方の方法を実践しての簡単なレポートも書いてあった。実践すると、確かに話をしてくれる、と。

彼女が営業として成功するだろうことは、一ヶ月もしないうちにわかってきた。
彼女の素直な姿勢は、誰もを教師にしてしまう。教え甲斐のある生徒がいたら、熱心に教えたくなるものだ。営業の先輩社員から、エンジニアたち、そして社長まで、彼女にいろいろと教えるようになっていた。

優秀な新人が入ってきた、というのは噂になっていた。どんな新人か見てみたいのか、各部署から、といっても営業が二部、技術が三部と、後は総務があるだけなのだが、飲み会に誘われる。
小さな会社だから、新人は部署に関係なく飲み会に誘うのだ。
彼女は、断らなかった。連日のように飲み会に参加していた。
メンターの私も、メンターなので、というのを口実に付き合っていた。
飲み会ではいつも同じような質問がされた。
「どうして、うちみたいな小さな会社に、難関大学の大学院まで出た人がきたの?」と。
彼女は
「人間が好きなんです。専攻は文学でした、文学はとにかく人を書いてますから。人とふれあえるのは、営業かなと思って。それに小さいところの方が面白そうだし。今の大企業のトヨタも、ソニーも最初はベンチャーでしょ、アップルだって自宅のガレージから大きくなったのだし。私はこの会社が大きくなるところを見てみたいんです」
とアニメ声で言われたら、うなずき、乾杯するしかないではないか。
同期からも、年齢が上と言うこともあってか、先輩のように慕われていた。

彼女のメンターになって、私も誇らしかった。
そして、誇らしさ以外の感情を抱きはじめていた。

メンターとして営業に同行するのは、3ヶ月間だけだった。
それからは、一人で営業にいかなくてはいけない。
今日は、その最後の日だった。
明日からは、同じ部署、フロアだけれど、一緒に回ることはない。
カフェで営業とは、とレクチャーすることもなくなる。
子どもの巣立ちに立ち会う親のような気持ちだ。

最後の日、新人たちとそのメンターたちで打ち上げをした。
翌日は休みだ。さらに、二次会と称して、彼女と二人だけで、彼女の家の近くで飲みはじめた。
私の家は、彼女の家から3回乗り換えが必要な距離にあった。
最後はゆっくりと飲むつもりでいた。
もし、電車がなくなっても、家の近くならタクシーに乗らなくても帰れるだろう。
タクシーで送って、さらに自分の家までとなると、さすがにちょっと躊躇われたのだ。

彼女は強かった。かなりいける口だった。私も弱くはないと思っていたが、少し足もとがふらついてしまった。
店を出たとき、何かに捕まらなくては歩けないほどだった。
「送られるより、送った方がいい感じですけどね」彼女は少しの乱れもなかった。
「一応、メンターとして最後まで面倒を見るよ。無事に送り届けるまでは……」
彼女に支えられながら、家の近くまでいった。タクシーを止めようと思うのだが、一台も通らない。
「少し休んでいきます? まあ、狭いところですが」彼女が仕方なさそうに申し出る。
「いや、でも、まあ、水を一杯もらおうかな」酔った頭で、少し期待をしていた。
部屋に入ったら、何かが起こるかも知れないと。

彼女のマンションは、一階だった。
「女性が一階で大丈夫?」あまり回らぬ舌で聞いたような気がする。
「まあ、一階の方が安心なので」なにを言っているのか、よくわからないなあ、とふらりと少しよろけながら思ったものだ。
彼女の部屋に入ってみて、安心の意味が少しわかった。
1LDK、部屋数は一人暮らし向きだが、一部屋が広めだ、たぶん。
たぶんというのは、玄関を入ってすぐのダイニングキッチンも、奥に見える部屋も、本で溢れていた。
壁は本棚で埋められ、本棚から溢れた本が至る所にタワーを造っていた。本の合間に獣道のような隙間があった。
「本当に狭いな」私は思わず呟いた。これほど本で溢れている部屋を見たことがなかった。
「本当に狭くて、ごめんなさい」彼女は笑いながら、ダイニングテーブルのひとつだけの椅子を勧めてくれた。テーブルの上にも本が積み重なり、もう一つのイスにも、本があった。
冷えた水を飲み、たったままの彼女と話をしていると、眠気が襲ってきた。
「もう、帰るの無理ですね。泊まって下さい」彼女は、仕方なさそうに言うのだった。
その一言に、眠気は飛んでいたが、眠いままを装い続けた。なにを期待していたわけではないが、まあ、そういうことだ。

「あの、ベッドはひとつしかないんです。でも、セミダブルなので、大丈夫です。いろいろと大丈夫ですよね」なにが大丈夫なのか、わからなかったけれど、頷いておいた。
「スーツのままじゃ、ダメですよ。パジャマがありますから、って洗ってあるので大丈夫です」彼女の今日の口癖は、「大丈夫」だ。
出された夏物のパジャマは、男物だった。
「おや、君のじゃないのか」がっかりした思いが滲んでしまった。
「この歳ですからね、いろいろと、ありますよ、この部屋でもね」彼女は、当然のようにアニメ声で言うのだった。
内容と声が合わないよ、と思いながら、着替えはじめた。
「あ、そうだ、着替えるついでに、念のためにお願いします」彼女は、少しはにかみながら言う。
「なにを?」
「ひとつのベッドで寝ますけど、そういう関係になろうというわけではないです。先輩後輩ですし。でも男性は、そうはいっても何かがあるかも知れないので、そうならないように、ちょっとお願いします」
「だから、なにを?」少しイラついていたかも知れない。
彼女は、本棚から一冊のノートを取り出し、ある頁を見せてくれた。
少し古びたノートだ、左側には乱雑なメモが、右は整理されて書かれている。
右には、「男性の欲望をコントロールする」とタイトルがあった。
「男性は、欲望が高まると乱暴になることもある。それをコントロールするひとつの方法は……」
読み進めると、彼女の求めていることがわかった。

右の頁には、青いインクで具体的方法が細かく書かれていた。
ノートの下の方には、実践の記録があった。
「○月○日、○○君に、お願いしてみた。1回だけだと、すぐに恢復」
「△月■日、△△さんに、試してみた。2回すると、その後は温和しくなった。以降基本は2回、試みること」
「×月×日、×君、私が手伝ったら……」
等々、数名の実践記録が綴られていた。
ノートから顔を上げると、彼女はもうパジャマに着替えていた。そして、少し照れたように彼女は言うのだった。
「一人で、おねがいします。あの、風呂とトイレは別になっているので、お風呂場で心おきなくしてきて下さい。ちゃんと確認しますので、それで、2回、済んだら、寝ましょう」
彼女は、微笑む。
白いシルクのパジャマが艶めかしい。
渡された男物のパジャマは、誰が着たのだろうか。○○君か。
酔いとは違う興奮が体をめぐりはじめた。

彼女は寝室の戸を開けて、ベッドを見せてくれる。
セミダブルのベッドのまわりも本で埋まっている。
「タオルケットが2枚あるので、1枚ずつ使って、しっかりとくるまれば、大丈夫ですよね。あまり動けなくなりますけど」
彼女が小首を傾げる、ポニーテールが揺れる。
私の興奮はさらに高まる。
「先輩は私がしっかりくるむので、大丈夫ですよ」
「いや、くるまなくても……」
私は、ツイと彼女迫っていった。
鼻息が少し荒くなっていたかも知れない。
しかし、彼女は、私の肩をがっしりと押さえると、それまでのアニメ声より数段低い、ドスのきいた声でいうのだった。

「ダメです。
出してからっていっているでしょ」

***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

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