プロフェッショナル・ゼミ

猫がガンになったので、友達になってください《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:石村 英美子(プロフェッショナル・ゼミ)

私の住む部屋は西北向きで、午後になると窓際のベッドにお日様が入ってきます。冬の時期でも日が沈むまではポカポカです。日に当たった布団はふかふかになり、そこに沈み込むように猫が寝ています。

私の家の猫は白黒の雑種で、ピュアさんといいます。とても美人(美猫)です。貰い受けた時に既に名前がついていて、この名前はあまり趣味ではありませんでしたが、他にいい名前も考えつかず、以来10年近く「さん」付けで呼んでいます。

最初に異変に気付いたのは2月の初めでした。
その日、ピュアさんにブラシをかけることにしました。ブラッシングが大好きな彼女は、ブラシなどが入ったカゴの音を聞いただけでベッドの上から駆け下りて来て、私に擦り寄り「……ぁ……」と鳴きました。もともと声がとても小さいのです。

赤い金魚柄の首輪を外し、喉元を撫でた時、弾力のあるビー玉大のしこりが指先に当たりました。文字通り猫っ毛に覆われた喉元に、それは左右二つずつありました。「何だろう」そう思って指でつまんでみても、特に痛がる様子もありません。

鼻炎持ちなので時々鼻水は垂らすものの基本的には元気だったので、何かの炎症反応かなと思いました。そのため、あまり危機感を持っていなかった私がピュアさんを病院に連れて行ったのはその二日も後でした。

病院に行く前の晩、キャリーケースを押入れから出しました。ケースを見たピュアさんは嫌な予感がしたのでしょう、ベッドの下に逃げて行きましたが、翌日になると忘れています。猫は、基本的におバカなのです。

翌日、隙をついてピュアさんを抱きかかえ、イヤイヤする彼女を無理やりキャリーに押し込むと、扉にロックをかけました。中で「なぉん」と不安げに鳴く彼女に「すまんすまん」と声をかけながら、動物病院に行きました。病院は空いていて、すぐに診察してもらえました。

「今日は、どうされました?」
「鼻水と、あと首になんか出来てるみたいで」
「じゃ、まず体重を計りましょう」

ピュアさんを診察台に乗せようとしますが、あんなに入るのを嫌がったキャリーから今度は出ようとしません。中から引きずり出すと、診察台にそっと載せました。怖がりなので、固まって動きません。とてもいい子です。診察台の上はそのまま体重が測定できるようになっています。ピッと電子音がしましたが先生が「ん?」って顔をします。

「4.2キロ。前回の診察時が5.2キロだったようなので、けっこう減っていますね」

もともとピュアさんの体格で5キロ超は太めなので、「うん、これ位でちょうどいいんじゃないかな」そんな風に思いました。思えば、この時点で既に私の現実逃避は始まっていたのですが。続いて、先生は触診を始めました。目や耳や口の中を見て、次に喉元を触った時に先生は言いました。

「すごく……大きいですね」

……そうですよね、大きいですよね。どこかで「あーこれね、はいはい」みたいなライトなコメントを期待していた私は、先生からわずかに漏れた困惑が意味するものを、理解出来ないふりをしました。何かほら、脂肪の塊とか「おでき」の類じゃないのかな、私も首元に昔からコリコリあるけど何ともないし。しかし先生は冷静に言いました。

「正確な診断は検査をしないと分かりません。血液検査とか、レントゲンとか。首のしこりに関しては組織を採って……」
「生検ですか?」
「はい。それと、この子の場合、慢性鼻炎もあるので、頭部検査だとCTがある病院に行かないといけない場合もあります」

そこまで言われても、私はまだ現実が飲み込めていませんでした。「なんか、大げさに言ってるんじゃないの?」なんて思っていました。だから、先生の「どうされますか?」という問いに「とりあえず鼻づまりが苦しそうなので、その薬をお願いします。様子を見て、あらためて検査に来ます」と答えました。

帰宅したピュアさんは不機嫌でした。キャリーから出ると一目散にベッドの下にもぐり、隠れてしまいました。しかし小一時間もするとまた忘れたようで、出て来て私の膝に乗りました。あぁ、本当に猫はおバカで良かった。

その日から、処方された抗生物質を投与しました。錠剤ですが、おとなしいピュアさんは口をこじ開けて喉近くに放り込むと「ぐつり」と飲んでくれます。5
日もすると鼻詰まりは改善し、鼻水もあまり出なくなりました。でも14日分お薬が出たので、その間は飲ませることにしました。

ところが一週間ほど経って。
ふとピュアさんのお茶碗を見ると、カリカリがあまり減っていません。飽きて気に入らないのかと思い、他のフードをあげてみましたが匂いを嗅いだだけでプイといなくなってしまいました。

人間もそうですが、抗生物質は胃を荒らすので食欲がないのかもしれません。抗生物質を飲ませるのは何か胃の中にある時にしようと考え、缶詰を開けて食べさせました。割と食べてくれたので、すかさず薬を飲ませました。

しかし30分後、台所の方からピュアさんの鳴き声が聞こえました。

らぉぉぉぉぉう。
らぉぉぉぉぉう。

食べたものを吐いていました。猫は、もともとよく食べ物を吐く生き物です。がっついて食べたり、毛玉が溜まったり。そういう時には吐き戻すので、猫の飼い主は慣れています。しかしこの時は違いました。食べた量と思われる物を吐き切っても、まだ吐くのです。苦しそうに「らぉぉぉう」と鳴きながら場所を変えて吐いていました。オロオロする私を尻目に、ピュアさんは今まで登ったことのない洗濯機の上で固まっています。近付くと逃げようとするので、どうすることも出来ません。

しばらくすると落ち着いたようで洗濯機から降り、ベッドの布団の上に横になりました。

翌日から、ピュアさんは少し食べては吐く、少し飲んでは吐くを繰り返すようになり、ついには全く食べなくなってしまいました。食べていないのに吐き気は治まらないようで、部屋の中に点々と胃液が吐いてありました。時間が経って薄緑に変色したそれは、胆汁が混じっていることを表していました。投薬を止め、様子を見ましたが、一向に回復する兆しはありません。大好きなおやつをあげても、顔を背けてしまいます。

再び病院に連れて行くと、体重は3.7キロになっていました。「鼻づまりが良くなってから」なんて呑気に思っていた自分をどつき回したい気分でした。人間の小柄な女の子に例えるなら、52キロ→42キロ→37キロ位の感覚で痩せてしまったのです。当たり前です、食べてないんだから。

血液検査、レントゲン、エコー、猫エイズ、白血病、腎臓病、生検。その病院でできる検査は全てやりました。心の中で「だから最初からやってりゃ良かったんだよバカ! お前が病気になればいい!」と自分で自分を罵りました。と同時に「ごめんなさいごめんなさい」と、自分とピュアさんに謝りました。

生検以外の検査結果から言うと、重度の貧血症状以外、内臓疾患や感染症が疑われる数値は出ませんでした。画像にも怪しい影はありませんでした。あとは生検の結果がラボから届くのを待つしかありません。

しかし、貧血数値としこりから「リンパ腫」の可能性が高いとの事でした。

結果が出るまで治療方針が立たないので、輸液と強制給餌をしながらラボからの連絡を待つことになりました。結果が出るまで約一週間、なるべく食べてもらわないといけません。だって、食べないと……食べないとそのまま死んでしまうから。

生きているものは、いつかは死んでしまいます。猫だって人間だって、致死率は100%。だからと言って、この子に死なれてしまうのはいやだ。すごくいやだ。それももしかして私のせいで。私がちゃんと見ていなかったせいで。ちゃんとしなかったせいで。

ピュアさんの背中を撫でました。前はぽっちゃりしていた彼女の背中に、背骨が浮いているのがわかりました。何も食べてくれなくなっても、大好物の海苔だけは少しだけ食べました。それでも切手2枚分くらいでした。そしてもう全く鳴き声が出なくなっていました。

病院から、療法食の缶詰と液体流動食が出ました。シリンジと呼ばれる針のない注射器にパテ状の缶詰を詰めて、口の中にねじ込みます。上顎めがけてぬりつけると吐き出せないので、あむあむと飲み込みます。これを繰り返すのですが、一度に食べさせられる量に限界があります。基礎代謝量からすれば、本当は1日1缶食べなければなりませんが、うまくいって半分です。なので数日おきに、病院に点滴をしに行きました。

猫をバスタオルで包んで保定し、口をこじ開けて、流動食を流し込む。
自然の摂理に反しているのは分かっています。彼女も嫌がります。おバカなくせに、私が「嫌なことをする」のをいい加減覚えてしまったようで、近づいただけで逃げようとします。冷え込む晩でも、もう私の膝には登って来なくなりました。

もう、泣くことしかできませんでした。そして、この事を人には言えませんでした。言うと人前で泣くのが分かっているので、それが嫌だったのです。

今は、インターネットであらゆる情報が入ってきます。猫、リンパ腫で検索するだけで、数多の症例が出てきます。いろんなものが出てきますが、共通する結論は「完治しない」と言うものでした。治療してうまく寛解まで持ち込めても、半年ほどでほぼ再発するともありました。

また、アガリクス、冬虫夏草、プロポリス、丸山ワクチン。ガンに効くという記事と広告が山ほど出てきました。人間用なら間違いなく薬機法違反です。リリーフランキーの東京タワーの中で、丸山ワクチンの話をして医師に鼻で笑われるシーンがありましたが、今は、今なら、何にでもすがりたいその気持ちがわかります。うっかり買いそうになりましたが、治療費の見通しが立たない今、一万円もするサプリメントを買うのは踏みとどまりました。検査だけでも数万円かかっていましたから。

それから、動物でも「胃ろう」をして延命が出来る事を知りました。老人介護や延命治療で論争になるアレです。首か鼻からチューブを通して胃に直接流動食を入れれば、強制給餌のストレスからは、両者がある程度解放されます。しかし、これを行なった場合につきまとう「中止=死」の問題は、動物でも人間でも同じです。以前は「胃ろう」問題のニュースを見ても「そんなの最初からしなきゃいいのに」などと思っていました。なんて想像力がなかったのだろうと思います。

たかが猫のことなのに、なぜこんなに心が振り回されるのだろうと考えました。父親の死期が近かった時も、昔飼っていた犬が車に轢かれた時も、ここまでではありませんでした。端っこに猫が眠るベッドの中でぐるぐると考え、そして、我ながら衝撃の事実に思い当たったのです。

「この子がいなくなったら、私はひとりぼっちだ」

私には家族がありません。実家はありますし母も健在です。でも、パートナーもおらず、何事も話せるような親友も居ません。ひとりぼっちになってしまうのです。知っていたけど分かっていなかった事実を、今回の事で再認識したのです。

あぁ、ピュアさん、なんてことしてくれるのよ。

寂しいなんて思っていませんでした。一人が好きだと思っていました。厄介な人間関係なんか無くていいと思っていました。なのに、私はひとりぼっちになることをこんなにもこんなにも恐れているのです。

それに何より、ピュアさんがかわいいのです。だいすきなのです。こんなに弱っていても名前を呼ぶと大きな緑色の瞳でまっすぐに私を見ます。そして、相変わらずすごく美人です。こんなにかわいいひとが居なくなるなんて。

考えてみれば、彼女の世界の全窓口は、私なのです。私がいないとピュアさんは生きていけないのです。その事実が、存在意義を見出せない私を唯一この世界に在らしめてくれているのです。あなたが居ることが、私が存在する意義なのです。たかが猫のことなのに、私は本当にそう思うのです。だから、お願い。居なくならないで。

後日病院から電話があり、検査結果はやはり「リンパ腫」でした。血液のガンです。

翌日、病院に連れて行きました。キャリーケースにピュアさんを入れる時、もう抵抗する力が無いのかすんなり入りました。

病院の待合室は混んでいて、親に連れられてきていた4歳くらいの男の子がキャリーを覗き込み「かーいーねー」と言いました。そうだよ、ピュアさんはかわいいんだよ。雑誌のラックに目を移すと「ガンカンジャ」という漫画がありました。それ、医療機関に置くのはどうなんだろう。

ピュアさんの体重は3.2キロまで減っていました。最初に病院に行ってから、通院5回目でやっと治療方針が決まりました。ピュアさんはもう12歳。抗がん剤は使わないことにしました。もう抗がん剤の副作用に耐える体力があるとは思えません。放射線治療という手もありますが、海を渡った隣県の大学病院に通う時間も手段も経済力もありません。だから、緩和治療のためにステロイド注射と点滴をしてもらって帰ってきました。翌日からは、ステロイドの錠剤を投与しました。

そして数日。

思いもかけないことが起こりました。
ピュアさんが、自分から食べたのです。まずは大好物の鰹節から。次に高栄養の子猫用ウエットフード、翌日にはドライフードまで平らげたのです。食べないと分かっていても陰膳のように置いていたゴハンを、もりもり食べてくれていたのです。貧血と栄養不良で白くなっていた鼻先はピンクになり、帰宅した私を玄関まで迎えに来るようになりました。そして、ただいま! と言うと「なぁーーーん」と鳴いてくれました。

嬉しくて、撫でくりまわしました。ピュアさんはお腹を向けてコロンコロンします。エコー検査のために剃ったお腹もピンク色で、毛がちょっと伸び始めて桃のようです。あんまりかわいいので抱っこすると、抱っこは嫌いなのでイヤイヤします。イヤイヤする力も強いです。

すっかり元通りになりました! よかった!

と、言いたいところですが。
これはステロイドの副作用の一つ「食欲増進」が顕著に現れた結果だと思います。リンパ腫が良くなったわけではありませんから、根本的な解決にはなっていません。しかし、食べなくて弱っていく、食べさせようとして嫌われるという私にとっての地獄は一旦回避されました。

きっとこれは、ピュアさんが私にくれた「猶予」です。どれくらいの間なのかはわかりませんが、私をひとりぼっちで世界に放り出すのを、ちょっとだけ待ってくれているのだと思います。

だから、これから準備します。少なくともひとりぼっちはいやなんだと気がついたから。

三月の下旬の今、ピュアさんは私の膝の上に乗っています。布団の上に降ろして来てもまた登ってきます。仕方がないから、すごく変な姿勢でタイピングをしています。腰が痛いですが、そんなことはどうでもいいのです。かわいいね。いい子だね。好きなところで寝るがいい。

きっとまた泣く事にはなるとは思うのですが、それでも今は幸せです。日常の幸せは無くなって初めて気付くものですが、無くなる前に気がつくことができました。

そして、今度泣く事になった時には「悲しい」と素直に言える人間関係をどこかに構築しておきたいなぁと思うのです。自分のためにもピュアさんのためにも。
だって、ピュアさんがせっかくくれた猶予なのですから。

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