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褒めればいいってものじゃない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:うらん(ライティング・ゼミ)

「ふっ。はっ」
気合いを入れながら、母が立ったり座ったりを繰り返している。
リハビリに励んでいるのだ。
85歳になる母は、半年前に転倒して骨折した。それから今日までずっと入院している。
老人なので、回復に時間がかかるらしい。三歩進んで二歩さがる……、いや、三歩進んでも翌日には三歩さがってしまうような進捗具合だ。
本人も大分やる気をなくしてきた。それはそうだろう。やっても、やっても、効果が表れない。努力しても報いられない。疲れるばかりで、何もいいことはないのだから。
他の老人たちは、とうに諦めている。リハビリの先生の前でも手を抜きまくりだ。
「もうこれ以上、脚は上がらないねぇ」
「今日は立ち上がれんなぁ」
努力するフリすら見せないところは、あっぱれとしか言いようがない。老人だと、こんな甘えも許されてしまう。

そんな中、母が先日から突然リハビリに励みだした。
なぜかは察しがつく。私がこう言ったからだ。
「○○先生が、お母さんのことを褒めてたわよ。熱心にリハビリに取り組んでるって。他の患者さんたちは適当にやってるのに、お母さんはとても前向きなんだって」
このとき以来、母は俄然やる気を見せはじめたのだ。
これまで私だって言っている。「頑張ってるじゃない」、「すごい。もう○○ができるなんて」。
それなりに、褒めてきたつもりだ。そのたびに、「でも、明日になれば、またもとの状態に戻ってるからねぇ」と、母の返事は今一つ振るわない。顔はまんざらでもなさそうだったのだけれど。
ところが、どうだ。先生が褒めていたと知ったとたん、何かのスイッチが入ったのである。

いくつになっても、人は褒められると嬉しいものである。ことに、第三者を介して伝わる褒め言葉は、胸に響く。
その言葉に、建前やお世辞がないと思うからだ。真実性があるように感じる。
本人の前では、相手を喜ばせようとゴマすりが入ることもあるだろうが、本人のいないところでは、一般的にお世辞は言わない。本音を話すものである。
その上、褒める人が自分の一目置いている人だと、褒め言葉の価値もグンと高まる。
例えば、私の母の場合、身内の私に褒められるより、その道の専門家であるリハビリの先生に褒められた方が、意義深いというわけだ。

よく、人を褒めるときは、間接的に褒めよ、という。
つまり、こういうことだ。
人を褒めるとき、大概は直接褒める。
例えば、Aさんを褒めたいとき、直接Aさんに「すごいね」とか何とか言う。
そこを、Aさんに直接言うのではなく、Aさんの知人であるBさんに「Aさんはすごいね」と、間接的に褒めるようにするのだ。
すると、後日、BさんがAさんに「○○さんが、あなたのことを褒めていたよ」と伝えてくれる。
こう聞くと、Aさんはとても嬉しく感じる。
直接言うのと違って、他人を介したことで、本当にそう思ってくれていると思えるからだ。本人の前ではお世辞で言っている可能性もあるが、本人のいないところでは、そんなヨイショはしないものである。自分のことを評価してくれているのだと、素直に信じてくれる。そして、やる気を起こしたりする。
また、間接的に褒めるのは、他人のためだけでなく、自分のためでもあるという。
人を褒めるということは、その人の長所に目を向けている、ちゃんと評価しているという、好感度の高いメッセージとして伝わるからだ。褒めた相手の心を掴む。
まわりまわって自分のためになる、という寸法だ。

だが、これも時と場合を選ぶ。慎重にやらなければいけない。かねがね私はそう思っている。
先日こんなことがあった。
夫の職場の同僚が、異業種への華麗なる転職をした。先方の企業からお声がかかったもので、いわゆるヘッドハンティングだ。その業界初の試みだそうで、関係者の間で注目されている。新聞にも取り上げられた。
「○○さんて、優秀なのね。すごい」
私が感心すると、夫はこんなことを言うのだ。
「たまたまタイミングがよかっただけだよ」
素直でない。夫は更に言葉を継ぐ。
「大したことないよ。特に仕事ができる奴ってわけでもなかったし。先方も、彼の肩書が欲しかっただけじゃないの」
了見の狭いやつだ。夫にはそういうところがある。
彼の大学時代の同級生が、仕事の傍ら全くのプライベートで大学院に通って、修士号を取ったときのことだ。
「○○さんて、向上心あるのね。勉学熱心なのね」
興奮気味の私に、夫の返事はつれない。
「仕事の暇なやつが羨ましいよ。こっちは忙しくて、そんな時間的余裕すらない」
まったく。
ちっちゃいやつだ。
いや、夫がちっちゃいやつだということを、言いたいわけではない。
もちろん、ちっちゃいやつなのだけれど、それはまた別な話で、ここで取り上げたいのはそのことではない。

間接的に人を褒めても、場合によってはそれを面白く思わない人もいる、ということだ。
第三者を褒めるとき、目の前にいる人の不満をかき立ててしまうこともある。
その人と実力伯仲の人を褒めたりすると、「どうせ自分はダメだよ」と、いじけた心理にもなり得る。
言われた人にしてみたら、面と向かってけなされるより、周りを褒められる方がへこむだろう。
余計なおせっかいかもしれないが、ここで男性に助言しておきたい。ゆめゆめ女性の前で、他の女性を褒めるではないぞ、と。「○○さんて、気立てがいいし、よく気が利くね」とか何とか言って褒めたとしよう。すると、目の前の女性は「そうなんですよ。本当にいいコで」などと相槌を打って体裁を保ちながらも、もしかしたら、言ったあなたのことを恨むかもしれない。

男性社会では、肩書きやヒエラルキーといったものが、暗黙のうちに支配しているところがある。
だから、相手が男性の場合、その人のライバルや友人などを褒めるのは、よほど慎重にやらなければいけない。

このあたり、一流のホステスさんは、男性心理をよく心得ている。
彼女たちは、「あの人すごいんですよ」と他人を褒めて、一旦お客を落ち込ませる。
そのあと、一呼吸おいて、こう言うのだ。

「○○さんの方が、すごいですけどね」

これで、男性はイチコロだ。

なにもこれは高級クラブで使う手だけに限らないだろう。
他の場面でも応用が利きそうだ。
もし、第三者を褒めてしまっても、「○○さんの方がすごいですけどね」の一言を付け加えればいい。
少なくとも、相手に恨まれることは避けられる。
≪おわり≫

***

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2017-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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