プロフェッショナル・ゼミ

いつか、もつ煮込みで一杯やる日まで《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:西部直樹(プロフェッショナル・ゼミ)

「なに?!」
最初は、いつもこれだもん。きつい言い方で、睨み付けてくるんだよ。
ツンデレだよ。
いや、今はツンツンなんだよな。

ホッケをつまみながら、友人は深く深く頷く。
「そうなんだよな。この年頃の娘は、父親にツンツンしているんだ。でも、ちょっとだけ、たまにデレっとしてくるときがある。それがたまんないよな」
「まったく、この歳で、男をいいようにあしらう術を知っているっていうのはどうよ」
「まあ、だから、男は敵わないんだよな」
ふふ、と一緒に飲んでいる理系才媛女子が笑った。

わたしは、ぐいとハイボールを呷った。
炭酸多めのハイボール、少し喉越しがいがらっぽい。
今の気分にぴったりだ。
いがらっぽい。

娘は思春期真っ盛りである。
昨日まで、つい昨日までは
「チチ、恐いから一緒に入ろう」と風呂に入るのを誘いに来ていたのに。
ちなみに、我が家では私のことは「チチ」と呼ばせている。
「父」だから「チチ」だ。
外で親のことを言う時、「パパ」とか「お父さん」とか言って恥をかかせないために、こう呼ばせているのだ。
というのが建前で、本当はあるテレビデドラマで、親のことを「チチ」とか「ハハ」と呼んでいる子がとっても可愛かったので、それに習ったのだけれど、まあそれは秘密だ。

甘えるときは
「チチ~」
ととろけるような言い方だったのに、
最近は、冷たく棒読みで「チチ!」である。
やれやれ。
妻は、いつの間にか「ママ」と呼ばれている。
親の心子知らず、である。

「最近は、それに加えてだ、『キモイ』っていわれるんだぜ」
私はハイボールを呷りながら、友人に愚痴る。
「うちのも、中学生くらいの時は、キタナイっていって、洗濯は別にしていたな」
友人の娘さんは、私のところのより10歳ほど年上だ。
通り過ぎた道、ということなのだろう。
かつて「キタナイ」といっていた娘さんと、友人は時々のみに出かけるらしい。
なんだそれは。
羨ましい。
未成年と飲みに行くわけにはいかない。が、いつかはそうなるのか?
「いつかは、そうなるんだよ。今は、反抗期、気にするな。とはいっても気にはなるよな。俺も、キタナイっていわれた日には、さめざめと泣いたもんだよ」
友人は、アタリメを食いちぎりながら言うのだ。口もとには押さえきれない笑いが浮かんでいた。
まったく説得力がない。

やがて変わると言われても、今の辛さは変わらない。
多少、希望を持てるだけましなのかも知れないが……

娘というものは、父親に辛く当たるものなのだろうか。
妻に聞いてみた。
「思春期における父親との関係は如何に?」
「いたって仲良かったよ。一緒に買い物にも行ったし」
妻は、父親との関係は良好だったようで、父親への反抗はあまりなかったというのだ。
参考にならないではないか。

自分はどうだったのだろう。
息子と男親との関係は、参考にならないけれど

思春期の頃は、本を読むことに目覚め、そして、ラジオから流れる音楽をせっせとテープレコーダーに録音していた。40年も前のことだから、テープレコーダーだったのだ。
本を読み、ラジオを聞いていたので、いつも部屋に籠もっていた。だから、親とはあまり話しをしなかったと思う。
思春期の少年は、親となにを話せばいいのか、わからなかったのだ。
私には姉が二人いるのだが、姉たちは思春期になにを話していたのだろう。
父親と話している場面は、記憶にない。
そんなものなのか。

ある日、テレビを観ていたら、アイドルの冠番組をやっていた。
アイドルたちが、父親からの手紙を読んで、しみじみとするという企画だ。
思わず正座をして見入ってしまった。
二十歳前後の彼女たちにとって父親はどんな存在なんだろう。
一人のアイドルは、父親の若い頃の写真を見て「キャー、素敵、好きになっちゃう」と叫んでいた。彼女は、父親が大好きらしい。もう、こんな娘だったら蕩けてしまうなあ。
あるアイドルは、父親が大嫌いで、父からの手紙が読まれる間中、能面のようだった。親子の溝は深そうだ。
大阪出身の子は、父親からの差し入れが「変やねん」と、軽く揶揄していた。しかし、その口調には父親への愛情がにじんでいた。

顔が歪むほどに嫌われたくはない、せめて軽い冗談を交わせるほどになりたい。

と思いながら、その夜に風呂に入っていたときだ。娘との冗句の応酬を夢想していたら、ガラリと戸が開いた。
娘がのぞき込んできた。
「なんだ、部活の帰りか、一緒に入るか?」とりあえず聞いてみた。
「やだ、クサイ、キモイ」といって、ぴしゃりと戸を閉められた。
やれやれ、風呂に入っているのになあ。

「クサイはないよなあ。加齢臭がしてはいけないと、清潔にしているし、消臭剤もたっぷり使っているのになあ」
わたしはもつ煮込みに箸をつけながら、嘆息した。
「それはね、仕方ないですよ」と、理系才媛女子が慰めてくれた。
「どうして?」
「生物学的に、思春期には血縁の男性の匂いに嫌悪感を感じるようになっているんですよ」
「そうなの」
「嫌悪を感じないと、身近な異性だから、まずいでしょう」
「ああ、そういうことか、近親婚を避けようとするわけだな。うまくできているねえ。感心するけど、やっぱり哀しい……」
もつ煮込みは、少し冷めていた。
「でも、大丈夫ですよ。わたしも高校までは、父親とひと言も口をきかなかったけど、今は、時々のみに行きますよ。大人になれば、変わるって」
才媛女子は、そういってわたしの肩をバシリと叩くのだった。
まあ、そういうものなのか。
友人も娘と飲みに行くという、才媛女子も父親と飲みに行くという。
いつか、わたしも娘と飲みにいけるのだろうか。

友人たちとわかれ、家に帰ると、ダイニングテーブルで娘が勉強をしていた。
彼女の勉強机は、ダイニングテーブルなのだ。
わたしは、キッチンで静かに水を 飲んだ。
娘が振り返って、私を見た。
わたしは少し身構える。
(今しばらくの辛抱だ、いつか一緒にもつ煮込みで一杯飲みに行こう)と念じた。
「チチ! この間借りた『白バイガール(佐藤青南)』面白かった。読み終えたから、他の本借りたい」
「そうか、面白かったか。なにがいいかな」
娘は読書に目覚めたのか、私の仕事部屋に本を借りに来る。自慢だけど、本なら売るほどある。
わたしは嬉しくなって、娘のそばに寄っていった。
「なに! 勉強終わったら寝るから、明日借りるから、キモイ、来ないで!」
娘にきっと睨まれてしまった。

やれやれ、もつ煮込みで一杯の日は、まだまだ先だな……。

***

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