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レトロ喫茶は敵だらけ、あやうし喫茶店ハンター!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:塩 こーじ(ライティング・ゼミ)

 
 
ドアをあけた瞬間、いや~な予感がした。
 
店じゅうに響くような声で談笑していた4,5名の客がぴたりと話をやめ、俺のほうへ視線を向けてきたのだ。
 
その目つきがなんとなく粘っこい。こちらをじっと観察して値踏みしているようだ。
 
一瞬、気おくれする。まわれ右して外へ出ようかと思う。
 
しかしここで引き返しては喫茶店ハンターの名がすたる。
 
退いてはいけない。俺は喫茶店ハンターなのだ。
 
一歩、二歩。固い床を踏みしめて店の奥へ進む。
 
「……いらっしゃーい」
 
客の雑談にまじっていた年配の女性が、にこりともせずに声をかけてくる。
 
俺は薄暗い店内を見まわした。
 
席はどこもあいていたが、遠慮していちばん隅の、トイレに近い席に落ち着くことにした。
 
客たちのどことなく冷たい視線を浴びながら、腰をおろす。
 
なにを注文しようか決める間もなく、女性が水を持ってやってきた。
 
四十代後半ぐらい。化粧がケバい。全身からけだるさを漂わせている。
 
昼下がりの喫茶店よりも深夜のカラオケスナックが似合いそうな、人生に疲れたマダムというタイプだ。
 
彼女は俺の前に音を立ててコップの水を置き、早く注文を決めてくれといわんばかりの顔で突っ立っている。
 
あまり時間をかけると機嫌を損ねそうだ。俺はなるべく少ない言葉数で注文できるものを頼んだ。「ブレンド」
 
もっとみじかい言葉があったな。「ホット」っていえばよかった。
 
マダムは無言でくるりと踵を返し、去っていく。
 
先客たちが中断していた雑談を再開する。
 
声のトーンが若干おちている。盛り上がっていた話が不意の来客でやや水をさされたようだ。
 
しかも入ってきたのが見ず知らずのよそ者だ。なおさら面白くないだろう。
 
井の中の蛙みたいな閉鎖的な連中の集まりか。これだから小さな町はイヤなんだ……。
 
むくむくとわいてきたネガティブな感情をふりはらい、俺はリュックからパソコンを取り出す。
 
こうしちゃいられない。さっき取材してきた夏休みキッズフェスタの記事を急いで書かないと。
 
ライターや作家って、毎朝会社に出勤しなくてラクそうだなー……。
 
そんな不純な動機で、文章を書く仕事をめざした俺。
 
実際、原稿を書くようになってみると、自宅ではなかなか執筆に集中できないことに気づいた。
 
自分の家はテレビやゲーム機をはじめ、読みたい本やコミック、見たいDVDや録画があふれかえっている。それらの誘惑に打ち克って原稿用紙に向かうのは至難の業だ。修行僧のようなストイックさが必要とされる。
 
そもそも家ってやすらぐための場所だ。気持ちもたるんでしまい仕事に向かうモードにならない。
 
やはり、ほどよい緊張感が必要だ。雑念をシャットダウンして自分を追い込まないと。
 
なので少しお金がかかってしまうが、原稿を書くのはファミレスやファーストフード、喫茶店が多い。
 
外で取材したあとは、なるべく印象が薄れないうちに近くの店に飛び込んでパソコンを開く。
 
店のチョイスが重要だ。失敗すると、原稿執筆のはかどり具合に大きく影響する。
 
当然、お店選びの目はシビアになり、嗅覚もするどくなってくる。新しい店を見つければさっそく入ってみて使い勝手をチェックする。いまでは俺の脳内には、しっかり周辺の喫茶店ランキングができあがっている。
 
俺の取材先はたいてい近隣の市の役所や公民館。何度も通っているので近くにどんな飲食スポットが存在するかも把握している。
 
喫茶店さがしが、仕事の合間のひとりクラブ活動だ。部長はもちろん俺。部員も俺。
 
最近のどこにでもある大手チェーンの喫茶店はあじけない。30センチLPレコード程度の大きさしかないテーブル。となりの客との間隔は狭くてまるで相席だ。壁に「長時間の勉強やパソコン使用はご遠慮ください」という貼り紙があったりする。金を払ったらすぐに出ていってくださいといわんばかりだ。
 
やはり昔ながらの、地元の人がとやってるようなお店を個人的には応援したい。
 
いつからか俺は珍獣ハンターのイモトにならい、自分のことを勝手に「喫茶店ハンター」と呼ぶようになった。
 
ふだんの行動半径の外へ出たときは、新しい店を見つける一大チャンスだ。今日は編集部の依頼で、少し遠い場所へ取材に来た。
 
東京圏からやや離れた地方都市はレアなサ店の宝庫だ。期待も高まる。
 
俺は小さな駅の改札を出て、さりげなく両脇の商店街をチェックした。
 
残念ながらここも衰退化が進んでいるのか、シャッターを閉ざした店が多い。
 
がっかりしながら市役所で担当の課長に会い、夏開催予定のキッズフェスタの取材を終えた。
 
そして駅へと戻る途中、目立たない路地の奥にその店を見つけた。
 
一見したところ、かなり古い。
 
最近はレトロ調につくられた、実はそれほど古くない店も多い。そういうエセ・レトロな店はどこか作意を感じて好きになれない。
 
だがこの店の古さは本物だ。バブル以前から営業を続けている雰囲気だ。
 
店の中にスペースインベーダーのテーブルゲーム機ぐらいあるかもしれない。
 
喫茶店ハンターの血が騒いだ。
 
やはり、見知らぬ店に入るときは警戒レベルを上げたほうがいい。
 
つっけんどんに出されたホットコーヒーを飲みながら俺は後悔していた。
 
店内はたしかに古い。というよりもボロい。
 
昔のよさを守り続けているというより、たんに新しいものを受け入れる努力をおこたっている感じだ。イナタい空気感が店をつつんでいる。
 
常連顔の客たちは、今度は町内の花火大会の相談で盛り上がっていた。「今年はどの業者に頼もうか」「やっぱり縁日はどーんと派手にやらなきゃなあ」
 
店じゅう響くようなだみ声でしゃべっている。ときどきマダムの高笑いがまじる。
 
こっちも客なのだがまったく注意を払っている様子がない。
 
流浪の喫茶店ハンターに常連の視線は冷たかった。
 
ま、何から何まで行き届いた店というのも逆に気を使って疲れるものだ。この放置プレイも考えてみればサービスのひとつかもしれない。
 
俺がMな気分にひたっていると、ドアが開いて若い女たちがどやどやと入ってきた。
 
若いといっても娘という感じではない。どことなく既婚者の落ち着きを感じさせる。
一人の腰のあたりに小さい子どもがまつわりついている。
 
彼女らははす向かいのテーブルにつくと、さっそくにぎやかにおしゃべりを始める。
 
いちばんはじの椅子に座らされた子どもは、母親が相手をしてくれないので退屈したのかばたばたテーブルを叩きだす。やがて奇声を発し始めた。
 
俺はけして子どもが嫌いというわけではない。ただこういう場所では静かな時間を過ごしたい。
 
ここはやはり、母親がわが子を注意しないと。しかし最近のヤンママは自分たちの話に夢中で、子どもは野放しだ。
 
俺が子どものころはどこに行ってもふた言目には「お行儀よくしなさい」と注意されたものだ。ま、その反動でいまはヤサグレてしまったのかもしれないが。
 
やはり人間にも、野生動物のように縄張りがあるのだ。テリトリーを侵すことはおたがいのためにならない。
 
おしゃべりがしたいヤンママグループと、仕事に専念したいノマドワーカーのあいだには、棲み分けが必要なのだ。
 
向こうにすれば、こんなところでパソコン広げて仕事するなといいたいところだろう。
 
――子どもはやがて退屈したのか、あいてる席でこっくりこっくりし始めた。
 
助かった。俺は原稿に専念する。
 
取材の印象が鮮明なうちにざっと書き上げてしまいたい。そのほうがあとで仕事がラクだ。
 
またもドアが開いた。
 
入ってきたのは、きちんとスーツを着た三十代ぐらいのサラリーマン。このあたりの人間じゃないな、とひと目で見当がついた。
 
いわゆる意識高い系か。俺の苦手な人種だ。
 
離れた場所に座ってくれればいいのに、よりによってやつは俺からよく見える位置、斜め向かいの席に座る。
 
ビジネスバッグからおもむろにマックを取り出して起動する。リンゴのマークが白い光を発した。
 
こっちが使っているのは大宮のソフマップで買った中古のウインドウズ機。アジアの無名メーカーの製品で、OSはとっくにサポートが終了したXP。差をつけられすぎて俺は自分のパソコンをしまいこみたくなった。
 
意識高い系は水をもってきたマダムに「この店、ワイファイ使える?」
 
使えるわけないだろ、こんなぼろっちい店で。
 
予想通りマダムは困惑の色を浮かべる。
 
「ワイファイって、ええと……」
 
どうやらワイファイが何かすらあやふやな様子だ。
 
「あー、いいですいいです」意識高い系は面倒くさそうに「ラテのショートください」
 
「ショート?」
 
マダムはまたも理解に苦しんでいる。
 
意識高い系があきらかにイラッとして「SサイズねSサイズ」
 
なにからなにまでイヤミな野郎だ。俺は心の中でケッと舌打ちする。ここはスタバとちがうんだよ。
 
町内会のオヤジ連中とヤンママ軍団と意識高い系サラリーマン。俺はしだいに四面楚歌な気分になってきた。だんだん店の中に敵が増えてくる。
 
オヤジやヤンママたちは敵といってもたいしたことはない。どちらかといえばザコキャラだ。
 
真に戦うべき相手は、最後に入ってきたこの意識高い系サラリーマンだろう。究極のラスボスだ。
 
最強の敵はメタルフレームを冷たく光らせ、鋭い指先でキーをたたき続けている。ブラインドタッチの音がカタカタとリズミカルに響いている。
 
いつのまにか店内が妙に静まり返っているのに俺は気づいた。
 
さっきまでおしゃべりに夢中だったヤンママ軍団がいつのまにか話をやめ、それとなく熱い視線を意識高い系の横顔に注いでいる。店のマダムまでもが、やつにうっとりと見とれている。
 
町内会のオヤジたちはすっかり影が薄くなってしまった。居心地悪そうにコーヒーカップに口をつけたりタバコを取り出して火をつけたりしている。
 
店の中の空気がどんよりよどんできた。原稿も八割がた仕上がったことだし、そろそろ退散するとしよう。
 
腰を浮かしかけたとき店のドアが開く気配がした。
 
また来客か。意外にはやってるなと思ったとき「あ、先ほどの記者さん」声をかけられる。
 
いましがた役所で取材に対応してくれたキッズフェスタの担当課長だった。
 
俺は少し驚きながら「これはまた偶然ですね」
 
「いやあ、ここで人と会う約束なんですよ」
 
役所の課長は店の中を見まわし、意識高い系サラリーマンの姿を見つけて「あ、これはどうもどうも」
 
こいつと待ち合わせだったのか……。俺は二人を見比べる。
 
「市の文化講演会で誰か有名作家さんを呼ぼうって案が出ましてね。で、東京の出版社さんのお力を借りようと」
 
役所の課長は男を紹介する「こちら文明春秋出版部の編集者さん」
 
俺はまじまじと相手の顔を見た。
 
「社内でも実力のある方で、企画した本が何冊もベストセラーになってらっしゃるんですよ」課長が耳元でささやく。魔法の呪文のように聞こえた。
 
メタルフレームを光らせながら編集者が口をはさむ。「新人作家もずいぶん発掘しましたねえ……」
 
ごく当たり前で、なんでもないことのような口ぶりだ。
 
俺はあわてて俺は名刺入れから名刺をとりだす。
 
「は、はじめまして。フリーで文章書いてる者です」
 
うやうやしく編集者の前に差し出して「仕事ありましたら、どんな案件でも引き受けますんで、ぜひともよろしくお願いしますっっ!」
 
昨日の敵は今日の友。むかしの人の言葉はまさに名言だ。
 
 
***

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2017-05-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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