プロフェッショナル・ゼミ

子どもが苦手だからこそ、子育てを通して、見えてきた景色《プロフェッショナル・ゼミ》


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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)

「奈々は、子ども欲しい?」
私より少し先に結婚した、同じ年の奈々に、居酒屋で、そう聞いたのは、34歳の時だった。

奈々は、会社の元同僚で、私たちはふたりとも、結婚退職をしていた。
私は、33歳で結婚したけれど、しばらくは、ゆっくりしたかった。
それに、子どもを持つとしても、夫とふたりだけの時間をしばらく過ごし、夫婦としての信頼関係を築いてからの方がいいと思っていた。
その一方で、年齢が上がると妊娠しにくいとも聞いていたので、少しずつ不安になってきた。
そもそも、本当に、私は、子どもが欲しいのだろうか?
それすら、よくわからなかった。
そんな風に、自問自答していた時期に、奈々と久しぶりに会ったのだった。

「私はね、子どもがいなくてもいいと思ってるの。子どもが苦手だし」
奈々は、目の前の冷酒に口をつけた。
「そっか。わかる。私も苦手。というか、どう接していいかわからない」
私も、冷酒を一口呑んだ。
「だけどね、私はさ、エゴかもしれないんだけれど、遺伝子を残したいという気持ちがあるんだ」
私は、少し酔っていたのと、相手が、奈々だったから、つい、本音を話してしまった。
「あー、それはわかるな」
奈々が、同意してくれて、ホッとした。
「そういう理由で、子どもを産むのは良くないかな?」
「そんなこともないんじゃない?」
奈々は、枝豆を食べながら言った。
「あと、子どもが生まれることで、何か、成長できるかもしれないという期待もある」
ついでに、思っていることを、全て、言ってしまった。
「うん。それも少しわかる。だけど、私はやっぱりいいかな」
奈々は、私に、お酌してくれながら、少し顔をしかめた。
「そっか。だけど、自信ないな。ちゃんと、お母さんになれるかな、私」
「美香ちゃんなら大丈夫だよ」
「ありがとう。まあ、欲しくても、できるかどうかは、また別だものね。ある意味、自然に任せるのもいいかな。居てもいいし、居なくてもいいって感じで」
「そうだね。まあ、今日はとりあえず呑もう」
「うん、呑もう」
私たちは、意味なく、乾杯した。

奈々とは、その後も、何度か会った。
私たちの共通の好みは日本酒で、美味しくて安い居酒屋を探しては、新橋辺りで吞んでいた。
会社で働いていた時の話や、昔の恋の話、少しだけ世の中をディスったりして、私の中の意地悪な部分がくすぐられ、妙に楽しかった。
そんな会話に紛れて、子どもを持ちたいか持ちたくないかの話も、時々していた。

いつものように吞んでいた時、奈々は
「占い師に見てもらったら、あなたたちは、子どもがいない方がうまくいくと言われたんだ。だから、やっぱり、子どもは持たないことに決めたよ」
と、教えてくれた。
私の方は、その後、夫とも話し合い、やっぱり、子どもを持とうと決めた。

そう決意してから、数ヶ月で息子を授かった。
そして、私は、母になった。

それからの毎日は、大変だった。
初めてのことだらけで、出産直後は毎日のように泣いていたし、息子の様子は、育児書に載っていないことばかりで戸惑った。

私は、いつも、自信がなかった。
もし、赤ちゃんが、母親を選んで生まれてくるのだとしたら、なぜ、私を選んできちゃったのだろう。
私なんかのところに、生まれてこさせちゃって申し訳ないとさえ、思った。

焦ったのは、出産直後に、目の前の赤ちゃんをかわいいと思えなかったことだった。
夫も、母も父も、周りのみんなが、愛おしく見つめている赤ちゃんを、私は、かわいいと思えない。
こんなことってあるのか!
やっぱり、遺伝子を残したいからなんていう理由で子どもを産んではいけなかったじゃないか?
自分を責めた。

後になって、それは、マタニティブルーというものだと知った。
ホルモンの関係で、突然、悲しくなったり、涙が止まらなくなったり、やる気が起きなくなったりと、情緒不安定になることもあるのだという。
確かに、その後、少し余裕ができてくると、かわいいと思う気持ちが少しずつ生まれてきてホッとした。

それでも、実際に子育てが始まってみると、今までの自分の中にある知識や経験などがなんの役にも立たずに、オロオロするばかりだった。
楽しいというよりも、常に、つらい気持ちが勝っていて、そんな自分を嫌悪した。

育児書を見ても、目の前の息子の様子は、さっぱり載っていなくて不安になり、保健所の育児相談に駆け込んだ。
泣きながら、相談に乗ってもらったことは、何度もある。

幼稚園に入って、なかなかその場に馴染めない息子について、幼稚園の先生に相談しても
「焦らず、待ってあげてください」
と言われるだけだった。
泣いてばかりいる息子を見て、私が過保護だからじゃないかと、忠告してくれたママ友もいた。
有難いことだと思おうとしながらも、静かに傷つきもした。
とにかく、私のせいだ。
ちゃんと、勇気づけができていないからだ。
毎日が、つらく悲しい気持ちに包まれていた。

その後、私は、インターネットを検索し、HSP・HSC(Highly Sensitive Person・Highly Sensitive Child)の概念に出会うことになる。

HSP・HSCとは、日本語では、“ひといちばい敏感な人・子”と訳され、感覚や人の気持ちにとても敏感で、ちょっとしたことにも気づくという、気遣いにたけていると同時に、強い刺激に圧倒されたり、多くの人の中にいると、すぐに疲れてしまうという特徴がある。これは生まれ持った気質であって障がいではないらしいと知った。

他の多くの園児が何の問題もなく取り組む課題にもいちいちつまずき、先々を不安がって泣いたり、人が怒られているのを見ても泣いているのは、障がいでもなく、ましてや、私の育て方が間違っているのでもなく、息子の気質のためなんだと知り少しだけ、ホッとした。

少し気持ちは楽になったものの、それを、周りに理解してもらって特別扱いをしてもらうことには、同じように繊細な子を持つママの中でも、意見が分かれる、デリケートな問題だった。

この世の中で、うまく立ち回れるように、刺激に触れて環境に慣れていって欲しいと願うママもいて、それも、わかった。

一方で、学校にも、我が子の個性を伝えて、環境を整えてあげることや、学校に行きたがらない子を無理矢理行かせるのではなく、気持ちを尊重してあげることの方が大切だとも聞いた。

今のところ、息子は、周りの同級生や保護者の方、先生にも恵まれて、少しずつ、人との交流も楽しめるようになってきたように感じる。

幼稚園の時には、苦手で、毎回嫌がっていた体育も、種目にもよるけれど、苦手ながらもそれほど嫌がらずに取り組んでいる。
休み時間も、ひとりで散歩するばかりだったけれど、まだ自分からは誘えないものの、時々、友だちとドッチボールもやっているようだし、おにごっこも、かけっこも好きになった。
現在の、最も大きな懸念事項の「避難訓練」も、担任の先生が理解し、配慮してくれている。
先生やクラスのみんなが、息子の不安を理解してくれていることで、息子も、どうにか頑張れているようだ。

少し冷静になって見渡してみると、クラスには、発達が凸凹している子が結構いることに気づいた。
つい、我が子だけ、変わっていて、他の子は普通と思いこんでしまうけれど、いろいろな子がいて、それぞれの親が、人知れず悩んでいたりするものだと、ようやくわかってきた。

そして、最近、思い巡らすことがある。
それは、もし、仮に、息子が、自分の意志で選んで、私の元に生まれてきてくれたのだとしたら、どういう意味だろうということだ。

私がHSP・HSCの概念を知って、試行錯誤しながらも、息子の気質を理解して、なんでもかんでも無理強いするわけではないことは、きっと、息子にとって必要なことだったんだと思う。
子育てに悩んで、苦しんだからこそ、知ることができた概念。
私が細かいことを気にする性格だったからこそ、ここに行きついたんだと思うのだ。

決して、完璧ではないけれど、その都度、目の前の問題に、真剣に向き合って解決しようとしている私。
私が煮詰まった時に、息子との間に入ってくれる温厚な夫。
もしかしたら、その組み合わせは、息子にとって必要だったのかもしれないと、思った。

私にとっても、息子の存在は、本当にありがたい。

私は、もし、息子という存在がなければ、人の少し厄介とも思える個性にしっかりと寄り添うことができなかったのと同時に、自分の厄介な部分も認めることもできなかっただろう。

実際、今、私は、自分の厄介な部分を思い知る場面に出くわしている。

4月からPTAの役員として、ボランティア活動をしているのだけれども、前年度の人からの引き継ぎがうまくいかないのだ。
主な仕事は、お金と事務用品などの管理と聞いて、それならばできそうだと思っていた。
まさか、引き継ぎで、こんなにもたつくとは思っていなかった。

もたつく理由は、何だろうと考えてみた。
まずは、しっかりとしたマニュアルがないこと。
全て前任者の口頭なので、メモするしかない。
しかも、全体の流れがわかっていないままなので、ひとつひとつが断片的。
仕方がないと思って、とりあえず、彼女の言ったままメモしようと思っても、肚落ちしていない言葉を、そのまま、飲み込むことができない。
ましてや、理解していないことを、会議で、会計として発言することは怖くて、どうしてもわかるまで質問してしまう。
そうすると、ひとつひとつの引き継ぎに時間がかかり、ますます、もたつくという具合だ。

「絶対に間違わないように!」
「必ず忘れないでください!」
彼女の言う「絶対」「必ず」という言葉を聞くと、脅されたようにすごく不安にもなる。

「大丈夫?」
肩を持たれて、揺さぶられ、正気に戻そうとされて、自分が、そんなに心配される状況にあったと知った。
ショックだった。
私は、もっとスムーズに引き継ぎ事項を理解し、もっとスマートに対応できなければならないのに、できるはずなのに、できていないんだ……。

疑問をその場で解決したいと思うところ。
すぐに不安がるところ。
いいかげんが嫌いなところ。

ああ、厄介だ。
自分が思ったようにできなくて、落ち込んだ。

しかし、苦しくなって、夫や友だちに話すと、質問することは悪いことではなく、ちゃんと理解しようとしているからこそなんだから、むしろいいことだと思うと言ってもらった。

ああ、そうか。
短所と思う部分も、見方が変われば長所なんだった。

人には得意なことと、苦手なことがあって、それぞれが助け合っていけばいいと、思っているはずなのに、自分のこととなると、責めてしまっていた。

自分のこともゆるそう……。

そう言いながら、本当のところは、なかなか自分をゆるせない。
だけど、ほんの少しだけ、ゆるしてもいいんだと思えるようにはなった。

もしも、息子を産んでなかったら、それすら思えなかったかもしれない。

息子に、失敗してもいいと言いながら、私自身は、できるだけ失敗したくないと思っている。
息子も、同じく、失敗が嫌いだ。

失敗が嫌いな私が、今、たくさん失敗している。
本当に、つらい。
だけど、もしかして、この失敗を失敗で終わらせず、自分なりに少しずつでも進んで行くことができたら、それこそ、息子に胸を張って
「失敗してもいいんだよ」
と言えるかもしれない。

未だに、私は、母として自信がない。
だけど、未熟ながら、成長させてもらっていると実感している。

「子どもが好きではないけれど、遺伝子を残したい、自分が成長したい」

スタートは、エゴだったけれど、子ども好きでなかったからこそ、ひとつひとつの問題に真摯に取り組み、息子を一人の人間として尊重できていると思う。

子どもは、親が庇護するべき存在であると同時に、親に、成長や気づきを与えてくれる存在でもある。

あの日、居酒屋で、子どもを持とうか持たないか迷っていた、奈々と私。
それぞれの決断で、進む道は変わったけれど、どっちがよくて、どっちが悪いということはないだろう。

最近は、会うことも減ったけれど、年賀状の写真は、とても幸せそうだ。

私も、自分で選んだ選択を、よかったと思えるように、これからも歩んで行きたい。

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