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ちょっと今から社蓄になってくる。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《平日コース》

記事:牛丸ショーヌ(ライティング・ゼミ)

 
 
「だから、あんたらの会社はダメなんだよ!」
そう怒鳴られて、僕の中のどす黒い感情がふつふつと湧きあがるのが分かった。
「分かる」ということ、それは僕がまだ冷静さを保っているということだ。
どうにか負の感情を鎮める。
事の発端は1カ月前にさかのぼる。
 
僕が勤務する「グレイト電器」は本社がF県にあり、西日本を中心に全国40店舗を有する中堅の家電量販店チエーンストアである。
僕がこどもの頃にテレビCMで流れた「家電と言えばグレイト!」というキャッチコピーの印象が強く、地元民に愛された家電量販店だ。
年々進化する家電製品。
次から次へと革新的な商品が開発される。
より性能が優れて便利になり、コンパクト化されデザインも重視されるようになった。
日進月歩の業界だ。
そんなワクワクする家電業界の、しかも子供のときから憧れていたグレイト電器に就職することは自分の中ではごく自然の成り行きだった。
 
入社して最初の配属は、店舗の1コーナーの担当から始まり、フロアの責任者を任されて副店長まで昇進するまでになる。
早いもので入社して21年。
40代の中盤を迎えようとしたときに、衝撃が走った。
家電量販店の圧倒的業界ナンバー1である「スズキ電機」がグレイト電器を吸収合併するというニュースが流れたのだ。
当時は本社の管理部門にいたが、その僕ですらこの話は知らなかった。
経営陣が水面下で進めてきたのだろう。
その6か月後に、スズキ電器が第三者割当増資を引き受け、グレイト電器を完全子会社にすることがプレリリースされる。
グレイト電器と天下のスズキ電機。
同じ業界といえども文化が違い過ぎる。
果してうまく融合することができるのか?
グレイト電器の社員は皆がこの合併を不安視した。
 
店舗の屋号はしばらく「グレイト電器」で営業していくことになったが、今後は順次「スズキ」に変わっていくことが社内で通達された。
小さい頃から慣れ親しんだ「グレイト電器」の名前が、自分の勤めている間に、全て消えていくとは何と悲しいことか。
企業が存続していくことの厳しさをまざまざと知ることになる。
 
僕がグレイト電器の社員が、スムーズに「スズキ電器」の社員として移行できるように、いわば橋渡し役的な役割を担う「移行推進部」に課長職で配属されたのが1ヵ月前の話。
2つの会社が1つになるときに、最も苦労するのが社内規則の違いだ。
この戸惑が社員にとって物凄くストレスになる。
それを少しでも緩和するために2年がかりでスムーズに移行を完了される重要な部署だ。
まずは僕がスズキ電器の店舗に行き、1ヵ月の期間を売り場のスタッフとして研修を受けるのだ。
研修といっても僕はグレイト電器ではベテラン社員にあたる。
特別に誰かが僕のトレーナーとして、つきっきりになることはない。
スズキの社員が普段どうやって店舗運営をしているのか、自らの眼でみて身体で覚えることが任務だ。
 
「ワクダさんはOAサプライコーナー担当ね」
初日に店長からそう申し伝えられた。
スズキの店長は若い。
超がつくほどの実力社会だ。
売り場でどれだけセールス実績を出せるか、そして店舗の売上に貢献できるか。
配属された店舗や、世の中のブームなどの運も存分に関係するが、数字が全て。
どんな事情があるにせよ、数字が良い人間が確実にあがっていく。
そして成績上位が続くと、30歳前でも店長になることはスズキでは珍しくない。
僕が配属された店舗の店長である山田も29歳の若者だ。
きっと、抜群の実績を出したがゆえにこの年齢で店長まで登りつめた実力者なのだろう。
 
僕が担当したOAサプライはコンピューター関連の消耗品を扱っていて、お客様からの問い合わせやクレーム件数が他のコーナーに比べて圧倒的に少ない。
お客様から訊ねられるのはせいぜい商品の場所くらいで、このコーナーで商品の性能を雄弁に語って、お客様が購入を決めたときの満足感を得ることはほぼないが、スズキの文化に馴染むためにはもってこいの場所だと思った。
 
そうして1ヵ月間、グレイトとの細かな対応の違いはあれど、特段の大きな問題もなく業務に従事することができた。
 
小雨が降る火曜日の午前中。
1週間の中でお客様の少ない時間帯といえば、10時に店舗がオープンしてから13時になるまでの時間帯。
特に火曜、水曜、木曜の午前中は総じてお客様の入りが少ない。
地域によって多少の差はあるが、家電量販店で働く誰もが認識している事実である。
 
OAサプライのコーナー隣には電子レンジ、オーブンレンジが展示されている。
そこに開店直後にやってきた70歳手前とおぼしき年齢の女性に、コーナーの担当者が何やらあれこれと商品説明を行っていた。
もちろん声は聞こえないが、種類が多いこともあり、その女性はなかなか決断できない様子なのは僕の売り場からでも認識できた。
開店の10時から1時間以上が経過したころだろうか。
どうやらようやく購入商品を決めたらしい。
ダンボールに梱包された商品が女性に手渡される。
 
何となく女性を眺めていると、商品を受け取ってから、右手一本で商品を持って重そうに歩いている。
左手にはバッグ。
今日は雨が降っている。
傘もあるだろう。
どうするのだろうか。
 
店舗の出口に向かうには僕のいる売り場を横切ることになる。
僕の視線はその女性を無意識に追う。
どう見ても、重そうだ。
歩くスピードも遅い。
僕は女性に声をかけることにした。
「重そうですね。大丈夫ですか?」
女性は一旦、右手のダンボールを床に置いてから僕を見た。
「ありがとう。いやぁ、予想外に重くてね」
「今日は雨も降ってますからね。どうやってここまで来たんですか?」
「バスです。そこにバス停があるでしょ?」
「あぁ、バスなんですね」
店舗のほぼ目に前にバス停があることを知っている。
「家はバスで2駅だからね。歩いた方が健康にいいんだけど、今日は雨が降っているからね」
「そうですよね。あ、バス停までなら僕が荷物をお持ちしますよ」
「あら、そう。ありがとうございます。助かります」
店内の客は片手で数えることができる程度だ。
僕の売り場のレジにはスタッフがいるため、僕が抜けたところで困ることはない。
ダンボールを抱えて、店舗の外のバス停まで運ぶことにした。
持ち上げてみると予想外に重い。
高齢の女性が片手で持ち歩けるレベルではない。
女性と二人並んで歩き、店舗の外へ向かう。
入口の傘立てに案の定、傘を収めていた。
「両手に荷物を持ち、傘もあって持てますか?」
「駅でバスを降りたら、家は目の前だから……」
「そうなんですね。お気をつけて」
女性は赤の婦人用傘を左腕に引っ掛ける。
バスに乗り込む間際に「ご丁寧にありがとうございます」と言って頭を下げてきた。
「お気をつけて」
もう一度、声をかける。
お客様が気持ちよく商品を購入して帰ってもらう。
グレイト電器が創業してから一貫して社員に徹底してきた理念だ。
僕としては当たり前のことをしたという認識だった。
それでも、お客様からの「ありがとう」という感謝の言葉はいつ聞いても嬉しさこの上ない。
 
売り場を空けたのは10分ほどだろうか。
店内に戻ると、11時30分を過ぎていたが、お客様は先ほどよりも減っている感がある。
自分の定位置に戻ると、店長がこちらにやってきた。
「ワクダさん、ちょっといい?」
山田店長は親指で後ろを指す。
店員専用にバックヤードに行こうという合図だ。
「はい」
返事をして先に入った店長に続く。
 
「ワクダさん、さっきのあれどういうこと?」
「あれ、と言いますのは?」
「だからさ、お客さんの荷物を持って外まで運ぶの手伝ったでしょ?」
「はい。手伝いました」
「なに、勝手なことやってんだって言ってんだよ!」
店長は声を荒げた。
一回り以上歳上の自分に向かって、何たる口の利き方か。
いくら店長とはいえ、目上の人に対する敬意はないのか。
「お客様が重そうにしていたものですから……」
「あんた、バカか?」
僕が話している途中で被せてきた。
「あのね、ワクダさん。あんたらの会社はそんなんだからダメなんだよ!」
僕は絶句した。
バックヤードには社員が2名ほど待機していたが、黙ったまま耳をこちらに傾けているのが分かる。
「グレイトでどういう対応していたか知らないけどさ、うちでは通用しないよ」
「どういうことでしょう?」
僕は食い下がる。
「分からないの? あのね、ワクダさん。あなたは今、暇だからあんな対応ができたわけ。土日の客が多い時間帯に同じ対応できるの?」
僕は黙る。
確かにそのとおりだ。
忙しいときに同じ対応ができるわけはない。
 
「もし今日の対応を誰か見ていたとするよ。いや、今日のあのお客が土曜日にきたと仮定しようか。今日みたいに重そうに荷物を運んでいたのに、誰も手伝ってくれなかったらどう思う?」
「……」
「火曜日は手伝ってくれたのに、なぜ今日は誰も来てくれないのだろうと思うよね」
「はい」
「そしたら、うちに対してのお客の印象はどうなる?」
「不快になります」
「そうでしょう? お客は対応した人間や日時によって対応が異なると印象を持ちますよね。これって、うちにとっては信用力の低下につながるわけ」
 
悔しいが山田の言っていることは的を射ている。
グレイトでは「お客様の満足度」が何よりも最優先された。
困っていることがあればこちらから駆けつけて積極的に声をかけた。
それがサービス業の神髄だと信じていた。
しかし、スズキでは全く異なっていた。
正しいのはスズキだ。
それは、圧倒的に業界で売上1位の売上実績が証明している。
 
「ワクダさん、うちはね、サービスの均一化を徹底しているわけ。人間によって、地域によってサービスが異なることはあってはならないんですよ。どこにいってもスズキは地域で一番にならなければならない。店員の過剰サービスは命取りになるし、必要なこと以外は絶対にやってはダメなの」
僕は悔しかった。
たかだか、社会人になって6年くらいの若造から完全に見下された口を叩かれたこと。
そして、今まで信じてきたグレイト電器のスピリットがスズキでは通用しないと分かったこと。
「うちはどの量販店よりも良い商品を安く提供できる。これは業界での売上が群を抜いてナンバー1だからこそなんですよ。店員から親切に商品の説明を受けたいのなら、他の店に行ってもらえばいい。そうやってずっとやってきたわけ。個人の判断でやったことが店舗全体の評価を下げるリスクを常に抱えているんですよ。よくそこのところを考えて行動して下さい」
 
「勝者」が正しい。
世の中は常にそうだ。
歴史が物語っている。
年齢が上だとか、下だとかはまるで関係ない。
山田店長は「スズキ電器」のスピリットを僕に教えているだけだ。
キレイごとをいくら並べてみても、どうしようもない。
僕らのグレイト電器は、スズキ電器の子会社になり、ゆくゆくは一緒になる運命だ。
 
その夜、僕は帰宅してから妻や子供に悟られないように部屋で一人泣いた。
45歳のオッサンが、人知らず涙することが不憫に思えてきて、さらに泣けてきた。
お客様ファーストの精神。
僕はそれが大好きだった。
こどもの頃に親に連れて行ってもらったグレイト電器。
店舗に入り、テレビゲームコーナーを目指して早歩きしていたときの高揚感を思い出す。
グレイト電器は僕の思い出とともになくなってしまう。
現実は何と残酷なんだろう。
さまざまな想いが頭の中を巡り、なかなか寝付くことができなかった。
 
朝がきた。
僕はもう吹っ切れた。
この現実を受け入れて生きていくしかない。
僕の使命はスズキのスピリットをグレイトの仲間たちに伝えることだ。
睡眠時間は短かったはずだが、目は冴えていた。
 
「あら、何だか今日は表情が違うわね」
さすがは僕の妻だ。
何も話していなくても、顔色を見ただけで僕の変化を読み取ったらしい。
「まぁね。いろいろあってね」
「大変な時期なんだから、体調だけは気をつけてよ」
「うん、わかった。ありがとう」
妻がはにかんだ。
僕は会社を辞めない。
自分の信条を曲げるくらいなら会社辞めてやる、とは言わない。
勇気がないわけでもない。
会社だけじゃない。
世の中、理不尽なことが溢れている。
それもこれも全部を受け入れて、生きていくのだ。
 
「じゃ、今からちょっと社蓄になってくるわ」
「え? なんて?」
妻は僕が冗談を言ったと思ったらしく、口元を緩めた。
 
※本作品はフィクションです。
 
 
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2017-06-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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