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致死率100%?


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記事:森山寛昭(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
「寛昭くんはねえ。成績は問題ないんです」
ひとまず母はほっとした。
「ただ……」
ただ?
「口が悪いんですわ」
母はそのとき頭を抱えたそうだ。
小学校の個人面談で、5年生の当時の担任の先生からそう告げられたらしい。

小さいころから、親族一同から「口から先に生まれた子」と私は呼ばれていた。
理由はふたつ。
ひとつ目は、生まれて9か月目から言葉を話すようになったから。
ふたつ目は、言葉を覚えるたびに、とにかくしゃべりまくっていたから。
これだけなら、「もしかしたらこの子は天才になるのでは?」で済んでいたのだろうと思う。
だが、私の場合はそうではなかった。
年齢を重ねるごとに変な言葉を覚え、覚えたハナからそれを駆使するようになった、というのが母の言である。
正直、私自身にその自覚はなかった。
それが余計に周囲を心配させたようで、
「この子は将来、これが原因で身を滅ぼすのではないか?」
と気が気ではなかったみたいである。

小学校5年生のとき、私は同級生の男子の口臭があまりに気になって発したひと言。
「お前の口はコックローチか?」
言われた本人はどう思ったかなど、当時の私はまったく考えていなかった。
記憶をたどると、ゴキブリという英単語を覚えたてで使ってみたかったのと、その同級生に、
「エチケットをちゃんと守れよ」
と腹立ちまぎれに注意したかっただけである。
ゴキブリ=くさい、というイメージで遠回しに、
「口臭がにおうよ」
と伝えたかっただけである。
だが、場所が悪かった。
休み時間が終わって、クラスの生徒がグラウンドから戻ってきたところで、私はみんなの前でそう言い放ったのである。
その日から彼は、小学校を卒業するまでの約2年間、「コックローチ」というあだ名で呼ばれ続けることになってしまったのである。

小学生なら、他愛もないジョークですむ話も、年を取れば冗談では済まされなくなる。
大学生のころ、同期の女性の話を友達としていたときのことだ。
一瞬その子の顔を思い出せなくて発したひと言。
「ああ、あのおはぎを壁にぶつけたような顔の子?」
と彼に尋ねたところ、友達は私の顔をしげしげと見つめ、
「森山さん、それはあんまりやろ」
完全に彼は私を軽蔑していた。こいつ、何考えてんだ? と、彼の顔が語っていた
私自身はまったく彼女に悪意はなく、ちょっと顔が広くてニキビが多かったからそういう表現をしてみたのだが、彼にはそう捉えられなかった。
「たしかにわからなくはない表現だけど、それは言っちゃいかんわ。愛がない」

「お前の言葉は『毒』だ」
その、大学の同級生にとうとうと諭されたことである。
私の言葉を浴びせられた相手は、伝えたい意図に関わらず、じわじわと心を蝕まれる。プライドをズタズタにされて、とどめを刺される。
致死率100%というのは大げさだが、もし表現がうまくハマれば最悪の凶器となる。
「だからやめな」
そうは言われても、どうやめればいいというのだ?
ただ、自分が見たまま、感じたままを言葉にしただけじゃないか!
何が悪いというのだ?

「愛がない」
彼はそう言わなかったか?
そうだ。私の言葉には相手に対する尊敬や愛情という、他人をいつくしむ感情がないのだ。
もし、そんな気持ちが少しでもあったなら、あからさまに他人が嫌がるような言葉をならべたりしない。
ただ単に、しゃれた言葉を発したつもりで、自己満足に酔いしれる自分がいただけだ。
受け取る相手のことを考えてみたことがあっただろうか?

それからというもの、私は少しずつ自分の言葉を発する前に、ひと呼吸おくようになった。
中には、
「そのとがったところが、君らしくておもしろーい!」
などと茶化す友達もいて、それが女性だったりすると、つい調子に乗って毒を吐いてしまったりもした。
でも、そんなことをやらかすたびに反省を重ねて、話す前にまず相手を思い浮かべるように努力を始めた。

ただ、実のところ「三つ子の魂百まで」で、そうそう自分の癖が治せるわけではない。
それが元で無用に敵をこしらえ、自滅しかかったことはこれまで何度もある。
気持ちに余裕がないとき、追い込まれているときはどうしても自分のことしか目に入らなくなる。
そんなときは必ず、あのとき私を説教した彼に頭の中に登場してもらい、
「そこに愛はあるのかい?」
と語りかけてもらっている。
「ひとつ屋根の下」の江口洋介でない分、暑苦しくなく、身近な存在なのでこれが結構効果がある。

実は最近、その男前な彼の顔が別な人に変わった。
天狼院書店でライティングゼミなるものを受講するようになってからというもの、
「書くことはサービスです!」
と熱弁する三浦講師の顔が頭から離れなくなり、とうとう、
「話すことはサービスです!」
と頭の中で弁をふるうようになってしまった。
そもそも「書くこと」も、「話すこと」も同じ、相手に自らを伝える作業だから、必然的にそうなったのだと思う。
この数か月、徹底的にゼミで根本をたたき込まれた分、ひょうきんな風貌に変わりはしたが、こちらのほうが確実に自分を律してくれている。
私が致死率100%? の「毒」を吐くことは、おそらく、もうない。

 
 
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2017-07-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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