プロフェッショナル・ゼミ

知られたくなかった、あなたと出逢うまでの因果《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)※この話はフィクションです。

「お母さん、今まで、育ててくれてありがとうございました」
目の前で、ウェディングドレス姿の里沙にそう言われて、私の胸は熱くなった。
お母さんと呼んでくれたのは、5年ぶり……。
「里沙、とってもきれいよ! 幸せになってね!」

里沙が、我が家に来たのは、25年前の夏のことだった。
生後3か月の赤ん坊を引き取ることになって、私はソワソワしていた。
夫の隆夫とは、30歳の時に結婚して、子どもを持つことを望んでいたけれど、なかなか思うようにいかずにいた。
36歳の時に行った不妊治療の病院で、私の体が妊娠しづらいということがわかった。
治療を始めるも結果が出ず、40歳を前に、子どものことは諦めようと思っていた時に、里沙を引き取る話が持ち上がったのだ。
事情は複雑で、何日間か迷ったけれど、自分でも不思議なほど、育てたい気持ちが湧き上がり、決心した。
里沙の母親は、里沙を産んで、二ヶ月目に亡くなった。
初めて、赤ん坊の里沙を、腕に抱いた時に、思ったよりも重たかったことを覚えている。
こちらの緊張が伝わったのか、背筋を伸ばしていた里沙。腕にすっぽり収まらず、抱き心地が悪かったから、おそらく抱かれ心地も悪かっただろう。
急いでそろえた、ベビー用品と育児書を手に、私と里沙の日々が始まった。

里沙は、聡明で、美しい子に育った。
聞き分けもよく、育児書通りに育ってくれたから、困り事も少なかった。
「血のつながらない子を育てるなんて、大変だったでしょう。本当にすごいですね」
そんな風に、人に言ってもらっても、実感はなかった。
世の中の母親たちが、子育てが大変と言っていることが、あまりよくわからなかった。
それは、里沙が、育てやすかったからなのか、それとも、私と血がつながっていないからなのかわからない。そのことで、時々不安になったけれど、それでも、里沙の笑顔を見ると安心できた。
里沙が我が家に来てくれて本当によかった。
心からそう思った。
本当に、そう思っていたのだ、あの日までは……。

隆夫は、里沙が我が家に来るまでは、仕事だの、付き合いだのと理由をつけて、帰りが遅い日が多かった。けれど、里沙が来てからは人が変ったように、家に早く帰ってくるようになった。
それは、ある意味、嬉しいことだったけれど、私にとっては、複雑だった。
里沙が居なくて寂しい時に、家に居なくて、里沙が来てくれて賑やかになってから家に居る。もし、可能であるならば、その逆の方がよかった。
家に早く帰るようになったとはいえ、隆夫は、家に居る時は、いつも塞ぎこんでいるか、お酒を飲んでいた。
そんなことなら、同僚と飲みにでも行けばいいのに……。
里沙が高校生になった時に、隆夫は胃がんになった。
わかった時には、進行が進んでいた。手術はすることはできたけれど、完治には至らず、里沙が20歳の時に亡くなった。

隆夫が亡くなって、生活は変わったけれど、私には里沙が居たから、大丈夫だった。
それほどまでに、私の中で里沙の存在は大きくなっていた。
里沙と出逢うまでのいろいろな出来事が帳消しになるくらい、幸せだった。
隆夫が、あんなものを残して死ななければよかったのに……。

隆夫の四十九日が済んで、ようやく、遺品の整理をしようと思っていた頃だった。
後で思えば、その日の朝、里沙が
「お父さんの書斎の整理、大変だから、私がやっておくよ」
と言ってくれたんだった。
油断していた。
私は、里沙との20年間が濃すぎて、昔のことなんか、もう消え去っていたと錯覚していたんだ。
ああ、書斎の整理なんか、里沙にさせなければよかった……。

昼間、短大から帰ってきた里沙が、隆夫の書斎で整理を始めていたのは、その物音からわかっていた。
夕方になって、気がつくと、物音が収まっていたから、あまりにも、大量に書類があるから、休み休み、作業をしているのだとばかり思っていた。
「里沙、ご飯できたわよ」
いつものように、私が呼んで、里沙が
「お腹が空いた」
と、食卓に来るはずだった。
それなのに、来ないばかりか、物音すらしなかった。
もう一度呼んでも反応がなかったから、隆夫の書斎に行ってみると、真っ暗だった。
「里沙、居るの?」
電気をつけると、里沙が隆夫の机の下でうずくまっているのが見えた。
「里沙? どうしたの?」
「お母……さん」
顔をあげた里沙の目は泣き腫らしたように赤くなっていた。手には古いノートがあった。
「里沙……」
私には、見覚えのないノートだった。

それから、私たちは、リビングで向かい合った。
さっきまで、里沙が持っていたノートがテーブルに置かれた。
「里沙、そのノートは?」
「お父さんの引き出しにあって……なんだろうって思って見ちゃったんだけど……ここに書いてあることって本当?」
「え? 何が書いてあったの?」
嫌な予感がした。
恐る恐るノートを開くと、そこには、見慣れない文字が並んでいた。
誰の字? まさか……
見たことのない字だったけれど、書かれていたことは、実際に起こった出来事だった。
ただし、私とは異なる立場からの見解だった。
そして、それは、里沙の本当の母親が書いたものだとわかった。

「お母さんが、私の本当のお母さんじゃなくて、このノートを書いた人が、私の本当のお母さんなの? お母さんが……あなたが、私のお母さんから、お父さんを奪ったの? そして、私のお母さんを殺したの?」
堰を切ったように、里沙が、私を責め立てた。
「里沙! そうじゃない! そうじゃないのよ!」
「だって、このノートの最後のページはさ、遺書じゃない? あなたのせいで、死ぬって書いてあるのよ!」
「聞いて、里沙!」
「誰なの? あなたは、私の何なの? どうして、私はこの家に居るの? もう、なんだかわからないよ」
里沙は泣きながら、リビングを出て行った。
自分の部屋に入ったかと思うと、リュックを持って、玄関に向かった。
「待って! 里沙! 話を聞いて!」
「嫌よ! 聞きたくない!」
「お願いよ!」
「今、あなたと話をしたら、きっと私は、あなたに酷いことを言うことになる!」
「里沙!」
「あなたが、お父さんと別れてくれたら……私のお母さんは死なずに済んだ。私は今、そう思っているのよ! これで満足?」
バタン。
ドアは閉められた。

そうだ。
あの時、私は必死だった。
私の家庭を、壊されるのを黙って見ているわけにはいかなかったんだ……。

21年前、隆夫は、私に土下座した。
家庭を壊すつもりはなかったんだと、だけど、相手のお腹の中に赤ちゃんがいるんだと言った。だから、別れて欲しいと、確かに、隆夫は言ったんだ。
だけど、私は、別れるわけにはいかなかった。
隆夫を愛していたから……いや、もしかすると、一番の理由は、そうでなかったのかもしれない。
私は、一番欲しかった、小さな命、赤ちゃんが、相手のお腹の中にいると聞いて、嫉妬したんだ。
どうしても、許すわけにはいかなかった。
だから、私は、絶対に別れないと言った上に、多額の慰謝料を請求した。
妊娠中、そして、赤ちゃんが生まれてからも、絶対に許さないという旨のメールを送り続けた。
赤ちゃんが生まれたと聞いて、私の嫉妬の気持ちは、ますます膨れ上がった。
どんな言葉を送ったのか、今となっては、詳しくは覚えていないけれど、恨みつらみ、もしかすると、呪いのような内容も送ったのかもしれない。
そして、まもなく、彼女が自殺したと聞いた。
私は、その話を聞いて、とんでもないことをしてしまったと、ようやく気がついた。
一般的に、女性というのは、子どもを産んで、ひと月くらいはホルモンの関係で気持ちが不安定なるそうだ。子育ての不安から、ただでさえ、死んでしまいたい気持ちになることもあるらしかった。
だから、私が、メールをし続けなくても、彼女がつらい気持ちになったかもしれないとも言える。
でも、やはり、私のメールは影響を与えてはいたとは思う。きっと、追い打ちをかけたはずだ。

彼女が亡くなってから、彼女が児童養護施設で育ったことを聞いた。天涯孤独で、初めて愛した男が隆夫だったらしい。だから、残された子どもを引き取る人がいない……。
隆夫は、彼女が亡くなった後、生気がなくなった。
本当は、私のことを責めたかったのかもしれない。
だけど、世間的には、自分の方が加害者だったからか、それとも、私と彼女との間に立って、隆夫なりに奔走した末、不幸なことになり、もう何をする気力も残っていないからか、私には何も言わなかった。
だた、生まれたばかりの子を抱き、途方に暮れて、本来、その子を預ける筋合いのない私に託すしかなかったのだと思う。
私は、何日間か迷ったけれど、自分でも不思議なほど、育てたい気持ちが湧き上がって、決心したのだった。
子どもが欲しかった。
どうしても欲しかった。
それが手に入るということを目の前にして、そこに至る理由は、もうどうでもよくなっていた。
もしも、私に、少しでも、良心があったのだと認めてもらえるのなら、赤ちゃんを育てることで、赤ちゃんの母親を自殺に追い込んでしまった一端の、罪滅ぼしの意味もあったのだと言わせてもらいたい。

里沙は、その夜帰ってこなかった。
翌日も、何の連絡もなかった。
その次の日になって、ようやく、里沙からメールが来て、友だちのところにしばらく厄介になるから心配しないようにと書いてあった。
隆夫が亡くなっても、耐えられたのは、里沙が居たからだったのだと痛感した。
里沙の居なくなった家は、ひっそりしていた。
いつかこんな日が来ることはわかっていた気もする。
こんな思いをするのなら、あの時、赤ん坊の里沙を引き取らなきゃよかった。育てなきゃよかった。
そう思ってみても、思い出すのは、楽しい思い出ばかりだった。
食べ物もろくに喉を通らず、夜も熟睡できずに一週間が経った。

このまま帰ってこないのか……そう思った時、里沙が帰ってきた。
少し痩せていた。
「おかえりなさい」
本当は抱きしめたかった。だけど、できなかった。
里沙が纏った空気は、それを許してはくれなかった。
「ただいま……。ちょっと話があるの、いい?」
玄関に立ったまま、里沙がつぶやくように言った。
「ええ、いいわよ」
リビングで、また、私たちは向かい合った。
「ちゃんとご飯食べていたの?」
こくんと、里沙はうなずいた。
「そう」
話があると言ったのに、里沙はなかなか切り出さなかった。久しぶりの我が家が懐かしいのか、天井や壁を落ち着かずに見回して、ため息をついた。
「あのね、私。あれから、いろいろ考えて、悪いのは、私なんじゃないかと思ったの」
「え? 何言っているの? そんなことない。里沙は全然悪くないじゃないの!」
「だって、私が生まれなければ、お母さんだって死なないで済んだかもしれない」
「そんな……」
私は、里沙がそんな風に思ったと聞いて、胸が苦しくなった。
「だからね、私、居ない方がいいんじゃないかって思ってさ、友だちの家で、お酒を飲んで『死ぬ、死んでやる』って言ったの。そしたらね、怒られた」
「里沙……死ぬなんて言わないで……。怒られた? 友だちに?」
「うん。ユリとね、直人がね、泣きながら怒ってくれたの」
里沙は、その時のことを思い出したのか、目を潤ませて、少し微笑んだ。
「里沙がショックなのはわかるけれどね、死んじゃダメだって。里沙の本当のお母さんも、育ててくれたお母さんも、人間なんだよ。人間ってね、いい心と悪い心が両方あって、完璧な人なんていないんだよって言ってた」
「そう。そんな風に言ってたんだ」
「うん。お母さんも、育ててくれたお母さんも、間違ったことをしてしまったかもしれないけれど、きっと、精一杯生きたんだって」
私は、里沙に、そう話してくれる友だちが居たことに驚きながらも、感謝した。
「だけどね、まだ、私、あなたのことをちゃんと許すことはできてないの」
「里沙……」
「だから、もう少し時間が欲しい。別々に住んで、少しずつ、あなたを許していきたい」
「そうなの……。もう、そう決めたのね」
「うん……」
「わかったわ」

里沙は、我が家と3つ離れた駅の側にアパートを借りて、ひとり暮らしを始めた。
時々、メールで元気な旨を知らせてくれた。
里沙が居なくなった家は、がらんとして、寂しかった。会いたいと言いたかったけれど、嫌われたくなくて、我慢した。
思えば、もし、里沙が我が家に来てくれなかったら、そもそも子どものいない生活だったのだ。
子どもが最初から居なければ、趣味や仕事に集中した別の充実した生活があったのかもしれないけれど、私は、20年間も、子育てを楽しませてもらったんだ、それを感謝しようと思い繋いで、生き続けた。
65歳になり、外の空気も吸いたいと思って、コーラスのサークルに入った頃、里沙から結婚することになったという知らせが入った。5年ぶりの電話だった。
相手は、あの時、里沙を支えてくれた、直人だった。
「私、恋をして、少しだけ、産んでくれたお母さんや、育ててくれたお母さんの気持ちがわかった気がするの。どうしても守りたいもののために、人は時には、ダメだってわかっていることでもしてしまうのかもしれないね」
電話口の里沙は、少し、声を詰まらせながら、そう言ってくれた。
結婚式に出席して欲しいと言ってくれて、私は、喜んで承知した。

「お母さん、今まで、育ててくれてありがとうございました」
目の前で、ウェディングドレス姿の里沙にそう言われて、私は、胸が熱くなった。
お母さんと呼んでくれたのは、5年ぶり……。
「里沙、とってもきれいよ! 幸せになってね!」
隣を見ると、椅子に飾った隆夫の写真が、にじんで見えた……。
そして、ようやく、隆夫のことも許せる気がした。

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