お二人の末長い幸せを、心よりお祈り申し上げない《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)
「なんで私、ここにいるんだろ」
「ただいまより、新郎新婦のご入場です。みなさま、盛大な拍手で、お迎えください!」
披露宴会場の扉が華々しく開けられると、スポットライトの中に、一礼をする二人が現れた。
今この瞬間が、人生の頂点、とも言わんばかりの笑顔をふりまき、二人はゆっくりと会場を横切っていく。
「なんでここにいるんだろ」
私のつぶやきは、流行りのウエディングソングと、たくさんの拍手にかき消される。
そうだ、私はただのゲストだ。
会社のみんなと一緒に、テーブルに着いて、会場中のほかの誰とも同じように、二人を祝福している、ふりをしている。
きっと、大丈夫だ。
「水野さんも来てくれるかな」
「もちろん! 喜んで」
「よかったー! じゃあ、招待状、持ってくるね」
先輩デザイナーの大山さんと、そんな会話を交わしたのは3ヶ月前のことだった。社内でもムードメーカー的存在の大山さんは、年が三つ上。入社した時に同じチームだったことから、色々と教えてもらうことが多かった。面倒見のいい人で、その後、チームを離れても、かわいがってもらっていた。
ランニングの趣味が一緒でよく話をしたり、面白いという漫画を貸してもらったりする、仲のいい会社の先輩だった。
そんな大山さんが、長年つきあっていた女性と結婚することになった。私も会社のみんなと同じように、結婚式に招待されていた。
「ランニングの時計を見に行かない?」
ある日のお昼、話していると大山さんから誘われた。いつもの調子で私はオーケーした。その日は早々と仕事を切り上げ、二人は別々に会社を出て、近所のコンビニで待ち合わせをした。仲がいいとは言え、二人で出かけるのは初めてだった。
「あー! もうこんな時間!」
「飲みに行っちゃうか!」
「やったー!!」
スポーツ用品店を何軒か回ると、夜8時を過ぎ、ちょうどお腹がすいた。大山さんと私は、高くもなく、安すぎもしない居酒屋の個室で、たわいのない話をした。今見てきたランニングの時計はどれがいいだの、ランニングのウエアの機能性はどれがいいだの、今度見せたいランニングフォームの本だの。楽しかった。それはいつも会社でする話のように、楽しかった。
「A型とO型って、相性良いんだってね」
それは、大山さんが言ったなんでもない会話の一つだった。
「へえー、そうなんですかあ」
気のない返事をしながら、私は大山さんが今日、私を誘った真意を知った気がした。それから大山さんは、結婚式の準備でストレスがたまっていること、彼女の嫌いなところ、そして、結婚していいのか、悩んでいることを話し出した。
彼の話を聞くうちに、私の中にある考えが浮かんだ。
「ちょっと、からかってみようかな」
「これはもう、俺ん家に来るしかないな」
私が酔ったふりをすると、彼は早速、ここから近いという彼のアパートへ誘ってきた。
「でも彼女が……」
一応遠慮してみるが、看護師として働く彼女は今日、夜勤だという。ふーん、婚約者の留守に、女を連れ込むなんて、いい度胸だ。
「大丈夫だよ! なにより水野さんをこのまま帰せないし」
私は彼の言葉に従って、彼のアパートで一夜を過ごした。あくまで私は従っただけだ。そう考えた。
朝、急いで自分のマンションに帰り、着替えてから出勤すると、遅刻ギリギリだった。しかし、すでに出勤していた大山さんと目配せすると、疲れが飛ぶように感じる。
「昨日は楽しかったね! 水野さんはどうだった?」
「すごく息抜きになったよ! ありがとう!」
「久しぶりに外でお酒飲んだから、楽しかった!」
「今日の服もかわいいね!」
「さっきの部長の話、聞いてた? ウケるね!」
「昨日見た時計、買いに行くのに、また付き合ってくれる?」
「また一緒に飲みに行きたいなあ」
「今日は会えるかな?」
「じゃあ、次はいつ会える?」
「はやく会いたいなあ」
大山さんからのメールは、午前中だけで、10通以上にもなった。
もう彼氏のつもりなのだろうか。
私はやった! と思った。
けれど、正直、楽しくもあった。会社の誰にも内緒で、そしてなにより、大山さんの彼女、婚約者にも内緒の関係。普通に彼氏がいたことはあるが、こんなにドキドキするのは久しぶりだった。
そしてまた次の日。時計を買いに行くと言ってまた次の日。私たちは飲みにいった。そして彼女の夜勤の日は、ほとんどを大山さんの部屋で過ごした。
「ちょっと、からかってみようかな」
その気持ちを忘れたことはなかった。けれど、大山さんは本当の彼氏のようにやさしかった。なんでもないことで一緒に笑う時、この人が別の人と婚約中だということを一瞬忘れ、一瞬後に思い出して、ハッとする。この人が誰のものでもいいけれど、本当は婚約なんてしていなければよかったのに。もうちょっとはやく出会っていればよかったのに。私は幾度となく、気持ちが揺れるのを感じた。
それを感じているのか、大山さんも私の気持ちに大きく踏み込んでくるようになった。
「例えば、彼女と別れたとしたら、俺と付き合ってくれる?」
そして何度も会ううちに、大山さんは、婚約破棄を匂わせ、私の気持ちを試してくることが多くなった。
「何それ? わけがわかんない!」
「だよね、いいんだ、なんでもない」
そんな会話も多くなってきた。
彼との将来を考えたことがない、と言ったら、嘘になる。
趣味も合うし、一緒にいて楽しい。そうなったら、そうなったで、それなりにうまくやれるのだと思う。
しかし、訪れる彼の部屋のテーブルの上には、いつも結婚式のものが広げられていた。ある時は引出物のカタログ。ある時は席次表。ある時は席札。
私は彼の家ではベッド以外、ほとんどふれることはなかったが、いつもテーブルの上を見るたびに、彼が婚約者で、結婚式の準備をしている男であることを、しっかり自覚させられていた。
そろそろ潮時かなと思った私は、ある夜、彼のベッドの下に、ピアスを転がして帰った。
案の定、すぐに大事になった。
別れる! 婚約破棄! さもなければ相手に会わせろ! と、大げんかになったと聞いた。
けれどちょうどその時、私が貸していた漫画と紙袋が大山さんの部屋にあり、その中に入っていたものだった、ということで、自体は丸く収まった。
後日、居酒屋ではなく、会社近くの喫茶店に呼び出された時、これでおしまいだなと私にもわかっていた。
「本当にありがとう。おかげで俺、気持ちが決まったっていうか……。水野さんには、本当に、感謝してる」
大山さんと話すのは、それが最後だった。
これでよかったんだ。
だって「ちょっと、からかってみよう」という気持ちだったのだから、こんな風に、終わってくれないと困るんだ。私は自分に言い聞かせていた。
「どう、準備は順調?」
「いや〜、結婚式準備って大変なんだね」
「大山さん! もしかして、マリッジブルー?」
「やめてよ〜木村ちゃん!」
「奥さんに逃げられないようにしないと!」
「そんな縁起でもない〜!」
会社では、相変わらず大山さんをいじりながら、お祝いムード一色の会話が繰り広げられていた。大山さんはすっかり吹っ切れて、結婚式の準備にいそしんでいるように見え、それがますます私の気持ちをクサクサさせた。
私たちは、以前のように、いや、以前よりももっと他人になっていた。誰もいないところですれ違っても、挨拶すら、することはなくなった。
私には、会社の人に相談してあれこれ騒ぎ立てる勇気も、すでに参加の返事をしてしまった披露宴を欠席する勇気もなかった。あったのは、意地だけだった。もやもやする毎日を、どうにかやり過ごし、ついに結婚式当日を迎えた。私はなに食わぬ顔で、会社の人たちとテーブルに座っている。
「これより、新郎新婦、装いも新たに、キャンドルサービスによる入場でございます。みなさまのテーブルにうかがいますので、どうぞ、温かい拍手やお言葉で、お迎えください」
披露宴が始まってから、ずっとにやけっぱなしのだらしない顔の新郎に、趣味の悪い赤いドレスにお色直しした新婦がテーブルを回り、キャンドルに火を灯していく。
「おめでとう!!」
「大山さん! お幸せに!」
「奥さん幸せにしろよ!」
「きれーい!」
いよいよ会社のテーブルに来た大山さんに、会社のみんなは思い思いにお祝いの言葉をかけていく。
私は……言わなかった。正しくは、言葉が出なかった。その代わり、ちょっと意味ありげな視線で新郎を見つめていた。言わなくても、きっと大山さんにはわかるだろう。
唇の端っこを少し持ち上げて笑うと、新郎は、少し怯えたような目をした。私の視線に気がついた新婦が、心配そうに新郎を見た。すると、新郎の目線は宙を泳いだ。新婦にぐいと腕を引っ張られ、一礼をした二人は、テーブルをそそくさと去った。
「勝った!」
別に張り合うつもりなんて、はじめからなかった。そこまでして手に入れたい男ではなかったのだから。むしろ、そちらの方から言い寄ってきただけのことなのだから。からかっただけのことだから。けれど、ここで目線を外したら、私は負ける。そんな気がしていたのだ。
その後のことは、あまりよく覚えていない。
ドイツ語で「木」の「ケーキ」。
「年輪模様が、成長や繁栄をあらわすんだって。末長い幸せってことで、結婚式の縁起物なんだよ!」
一人家に帰り、引出物の箱を開けると、いつだったか、友人のミズキが教えてくれたことを思い出す。箱には、バウムクーヘンが丸ごとひとつ、薄紙に包まれ、行儀よく収められている。
おもむろに手づかみで取り出すと、穴の中に見えたのは、私の、いつもの、一人暮らしの部屋。ベッドに脱ぎ捨てられたパーティドレスとバッグ、そしてクシャクシャになったストッキング。
私の人生は、なにも変わっていない。
ふと視線を落とすと、引出物が入っていた大きな紙袋の中に、文字が見えた。
「ありがとうございました」
女性の字で、そう書いてある紙を拾うと、私の名前のついた席札だった。そうか、最後にみんなで持って帰ったんだっけ。席札の裏側に、新婦である彼女が一つ一つメッセージを手書きしたのだろう。
山型に折られたもう片方を見て、私は固まった。
「最後に」
「ありがとうございました」
年月を重ねていく幸せ。
内側から外側へ少しずつ大きくなっていく幸せ。
丁寧に丁寧に積み重ねていく幸せ。
私はひとっ飛びにそれを手に入れようとしていたけれど、バウムクーヘンの穴に落ちただけだった。彼と彼女の間には、ずっとずっと積み重ねてきたそれが確かにあった。
彼女はみんな知っていたのだ。
「末長くお幸せに、か」
そうつぶやくと、手にしたバウムクーヘンを、口いっぱいにほおばった。
少し、塩からい味がする。
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