メディアグランプリ

会社の予定表に生理の日とかセックスする日とかを記入する日々は、わたしを悪魔にした


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記事:あさみ(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
いつもより早めに出社する。まだ誰も来ていない。
PCの電源を入れ、スケジューラーを立ち上げる。
しん、としたフロアにカチャカチャとキーボードの音が響くのが気になって、隠れるように背中を小さく丸める。
 
そして、こっそりと、次の生理予定日に「外出かも」と記入する。
 
急いでPCを閉じて、丸めた背中を伸ばし、机の上の資料に目を通す。何食わぬ顔で。
先生の目を盗んでカンニングをしているようだ。
 
わたしの会社では、スケジューラーに書き込んだ予定はネットワーク上で共有されていて、誰でも閲覧できるようになっている。超プライベートな「生理予定日」なんて、ここに書くべきことじゃない。
だけど、書いておかないと。
これがわたしの「不妊治療」の始まりだった。
 
当時わたしは小さなチームのリーダーを任されていていた。
仕事が大好きで、結婚してからも変わらず朝から晩まで夢中で働いてきたけれど、「責任が大きくなると子どもを産むタイミングを逃してしまうよ」という先輩からのアドバイスが胸にささる。
……よし! 今年産休に入るぞ!
意を決して妊活をはじめたものの、いつまでたってもわたしのおなかに赤ちゃんはやってこなかった。
あれ、わたし、今年どころかずっと産休に入れないじゃん!?
妊娠は自分の力でコントロールできないことを初めて知った。
 
妊娠のしくみについては「卵子と精子が出会う」くらいの認識だったので、セックスをすればすぐに子どもはできるものだと思っていた。
でも、よくよく考えると、生理は毎月1回。生理のあとに排卵があるとして、卵子と精子が出会えるチャンスは年に12回しかないということだ。す、少なすぎる……!
そうこうしているうちに毎月卵子は減っていく。焦り始めたわたしは、不妊治療の門をたたいたのだ。
 
まずは検査をしながらのタイミング法。
排卵日、つまり、妊娠しやすい日をお医者さんに指示してもらうやつだ。
月に1度くらいの通院で「この日とこの日……」と教えてくれるイメージでいたのだが、実際はもっと不確定で、頻繁で、驚いた。
 
1.生理2日目に通院。卵子があるかをチェック。
2.1週間後に再び通院。卵子の大きさから排卵日を予測し、関係をもつタイミングを指示される。まだ卵子が育っていなければ2~3日後に通院し再び排卵日予測。
3.排卵予測日のあとに再度通院。排卵があったかどうかをチェック。
→妊娠せずに生理が来たらまた1に戻る。
 
月に3~4回、しかも生理周期に沿って不定期に通院しなければいけなかった。
生理がいつくるかなんて、だいたい予想はできてもわかんないよ……。
その都度、急に会社を遅刻したり休んだりしなければいけない。
 
最初は体調不良ということで遅刻をしていたが、急な不在は迷惑度が高いうえに、自分自身も予定を組みなおすのに労力がかかる。
それで、事前に生理予定日の前後には「外出かも」という曖昧な予定を入れておき、会議などが入らないようブロックをすることにした。生理がきたタイミングで、確定した通院日をすべて「歯医者」とか「半休」とかあたりさわりのない予定に書き替える。
それを毎月繰り返す。
 
わたしにとって不妊治療とは、まっぱだかで、恥ずかしい部分を必死に隠しながら歩くようなものだった。プライベートなこと、知られたくないことを、職場でさらさなければならず、それを隠すことに必死。
いつ生理がきて、いつセックスをしてとか、そんなことを会社のスケジューラーに記入しているような感覚だった。他人はそこまで細かく気にしていないとわかっていながらも、
堂々と振る舞うことができなかった。上司一人にならまだしも、チームのメンバー全員に「不妊治療で不在がちになる」と宣言することは、恥ずかしくて、どうしてもできなかった。だからコソコソと、ウソやイイワケを重ねた。
 
ウソを重ねるごとに、わたしの精神状態は負のスパイラルに落ちていく。
 
妊娠しすいからだづくりの雑誌にはいつも、“規則正しい生活”と書かれている。
デスクでコンビニのおでんをかきこみ、日付が変わるギリギリで家に帰り、空腹に耐えかねてラーメンをすする。そんな日々も、一緒におでんをほおばりながらがんばる仲間がいて、やりきった達成感があれば楽しかった。自分の思うようにやりたいことをやっていた。
 
だけど、不妊治療が思うようにいかず、たったひとり真っ暗闇の迷路に迷い込んだような日々の中では、いつの間にか「すき」だったことが、ぜんぶ「きらい」に書き換わっていく。自分でコントロールできないことは、人のせいにするしか気持ちのもっていき場所がなかった。うまくいかないことは、全部仕事のせいにした。
赤ちゃんができないのは、仕事のストレスのせい。たくさん仕事を言いつける上司のせい。助けてくれない仲間のせい。あの人は仕事が適当だからストレスがなくて子どもができたに違いない! なんで頑張ってるわたしだけが背負わなければいけないの!?
 
イヤな人間になっていくのが自分でもよくわかる。
もう仕事はやめるしかないか。これ以上続けると、わたしは悪魔になってしまう。そんな悪魔に神様は赤ちゃんを託すはずなんてないもの。
 
追い詰められたわたしを救ってくれたのは、同じく不妊治療をしていた先輩だった。
「産休に入りたいんだけどなかなかうまくいかない」というランチ中の雑談の中で、ふと先輩は真剣な目でわたしに言った。
「不妊治療してるの?」
彼女は1歳の娘さんを不妊治療で授かったと、そのときはじめて聞いた。
 
治療の進め方、仕事を中抜けして通院する方法、上司への相談のしかた、評判のいい病院、たくさんの知らなかったことを教えてくれた。
そして、仕事と治療を両立するために会社近くの病院に通っていた先輩は、そこでたくさんの同じ会社の女性を見かけたそうだ。
 
自分だけがすっぱだかで、恥ずかしいと思っていたけれど、助けを求めればそれが勘違いだったことに気づく。
わたしが妬んでいた人たちも、実ははだかで必死に歩いていたのかもしれない。みんなそれぞれの事情を抱えながら、仕事とプライベートを両立させている。わたしが知らなかっただけ。
 
それから、通院を恥ずかしいと思わなくなった。大事なことをしているんだと思った。聞かれたら言おうと心に決めてコソコソするのをやめた。「いつかときがくれば授かれる。それまで一生懸命仕事をする」と割り切った。「また卵子が無駄になった……」とマイナスカウントをするのをやめた。
そうすると不思議と「きらい」が「すき」に戻っていった。仕事のせいにしなくなった。
悪魔が去っていったのだ。
そして、先輩に教えてもらった治療をすすめる中で、無事に娘を授かった。
 
ただでさえ、シビアで不確定で不安な不妊治療。仕事をしながらの不妊治療は、職場をはだかで歩くようなものなのだ。恥ずかしくて孤独。職場で性の話はタブーだと感じている人はわたしだけではないだろう。
 
だけど、不妊治療は恥ずかしいことじゃない。
 
世の中は一億総活躍社会だという。
女性は働くことと、産むことと、どちらかしか選べないわけじゃない。
必死に働いていたら、からだの準備が整わないこともある。だからこそ検査や治療は大切だ。
わたしは、不妊治療をしていたことを隠さず語りたい。わたしと同じようにはだかで孤独を感じている人が少しでも減るように。
 
 
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2017-09-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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