「お姉ちゃん」という鎖。
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記事:小濱 江里子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「そんなこと言わなくてもいいじゃん」
精一杯の反論だった。からだじゅうの穴という穴から、汗が噴き出しているような感じがした。いつもみんなの顔色を見て、みんなが笑っていられるように、調整して、そんなふうにみんなが仲良くいられることが一番大切だった。そんなわたしがみんなの前に立ちはだからなくてはならなかった。だって、弟を守らなければいけなかったから。とてもとても怖かった。とても怖かったけど、弟を守るのはわたししかいなかった。だから、頭は真っ白だったけど、がんばって言ってみたことばがこれだった。
4階建てのA棟と2階建てのB棟の間で、アパートの子供たちが集まって遊んでいた。何がきっかけだったか、何についてもめていたのかもはや覚えてはいないけれど、みんなが円になって、弟を責めているような感じだった。わたしは、弟を守らなければ、と思った。引っ越してきて新しいコミュニティに入れてもらうのだから、何よりもみんなと仲良くしなければいけないことはわかってはいた。だけど、弟はわたしが守らなければいけない、と感じて盾になった。
「お姉ちゃんなんだから我慢して」
はっきり言われた記憶はないけれど、いつのまにかわたしの中には「お姉ちゃん」なんだから、「お姉ちゃん」としての役割を果たさなければ、と思うようになっていった。
「お姉ちゃん」とはすなわち「一家の長女」である。夜は仕事で帰りの遅いお父さんと、その間家族を守るお母さん、そして2つ下の弟とわたしの4人家族。「一家の長女」として、家族の調和をとらなければいけないし、自分を律してしっかりしていなければいけない。夜遅くに帰ってくるお父さんのいない間、お母さんを困らせるわけにはいかない。アレルギーの検査のために両腕に20本近くの注射をしたときも、弟は泣いていたけど、わたしは泣かなかった。だって、お母さんはゲームボーイを買ってくれるって言ったし、弟が泣いているのにわたしが泣くわけにはいかなかった。
弟よりもたった2年早くこの世に生まれてきたばかりに、わたしはいつの間にか「お姉ちゃん」という鎖をからだじゅうに巻きつけられて、思うように動けなくなっていた。「お姉ちゃん」たるもの、わがままを言ってはいけない、お母さんを困らせてはいけない、空気を読まなくてはいけない、迷惑をかけてはいけない、と、これでもかというほどに、鎖はしっかりとわたしの手も足もくくりつけ、身動きもとれないほどになっていた。
この世で一番嫌いなことばは「お姉ちゃん」。
「お姉ちゃん」なんてことば、無くなってしまえばいいのに。
そのくらい、大っ嫌いだった。
だから一刻も早く、家を出たかった。家にいれば、否が応でも「お姉ちゃん」を意識せざるを得ないし、それをどうしたらいいか、もう自分ではわからなくなっていた。
高校卒業を機に、実家を出て一人暮らしを始めることになった。実家から通える大学はなかったから、当然の成り行きだったけれど、家を出られることがうれしくてたまらなかった。もう「お姉ちゃん」を意識しなくていい。「お姉ちゃん」でもなんでもない、ただの「わたし」でいられる。誰かの付属でもなく、役割でもない、ただただ「わたし」として大学の友達と知り合って、付き合っていけることが、何よりもうれしかった。
でも、家を出ても何も変わらなかった。家にいない分、「お姉ちゃん」として家族のなかでどうふるまうかを意識する時間はほとんどなくなったけど、自分の生活の中で、ふとした瞬間にそれはやってくるのだった。それは、相手は弟ではないはずなのに、「わたしが守らなければいけない」という正義感がどこからともなく沸き上がり、一人で鎧を身につけて友達を守るべく立ち上がるのだ。
「ほんとはどうしたかった?」
「ほんとは何て言いたかったの?」
「ほんとはどうしてほしかった?」
「お姉ちゃん」という鎖でぐるぐる巻きに縛り付けているのは誰でもない、自分だったと知ったのは、心のしくみを勉強してからだった。
「お姉ちゃん」という役割を買って出ることで、お母さんに愛してほしいと思ったし、そうすれば愛してもらえると思っていた。自分を守るため、お母さんに愛してもらうために、知らず知らずのうちに身につけてきた「お姉ちゃん」という鎖で自分を縛り付けていた。だけど、あの時ほんとはどうしたかったのか、小さくて我慢してがんばっていたわたしに寄り添って抱きしめていったら、もう必要ないものなんだ、とわかった気がした。
アパートで起こったあの事件も、あれから仲間外れに遭うこともなく、守ってきたはずの弟は、同じ医療従事者となり、今では小さい組織ではあるけれど管理職となっている。少し寂しいような気もするけれど、自分で巻きつけた鎖を外して、そろそろ守る側から、守られる側になってもいいのかもしれない、と思った以上にしっかりしている弟を見て思うのだった。
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