プロフェッショナル・ゼミ

ワンピースを着ることができたから、SONYのカメラを手にできた。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)

「SONYはちょっと……」

買うことは決めたけど、何を買うかを迷っていた。
量販店を訪れて、一眼レフが並んでいるカメラコーナーを眺める。
Canon、OLYMPUS、NIKON、PENTAX、そしてSONY。メーカーもたくさんある上に、さらにいろいろな機種がある。いろいろありすぎて、カメラ超初心者に「この中から選べ」というのは、レベルが高すぎる。すべてのものが良く見えてしまう。そして性能よりも値段に目がいってしまう。同じような形をしているのに、これだけ値段が違うのはなんなんだろう?
初めてデジカメを買ったのは15年ほど前だった。そのときは、もう少しわかりやすかった気がする。考えるのは画素数と、値段と、デザインと、そのくらいだった。だから、そんなに迷わずに即決した。

ピンキリとは言うけれど、ピンとキリの差がここまであるなんて、私ひとりでは選べない!

「カメラ、買いました?」
「いやー、迷ってまして」

「カメラが欲しい」といろいろなところで呟いていたので、いろいろなところで「買いましたか?」と聞かれる。あれとこれと迷っているのよ、という素振りを見せていたけれど、正直なところ、何がいいのか全くわからなかった。

「何にしたらいいのか、わからなくて」

一人で迷っていても埒があかないので、どうでもいい見栄は捨てて、聞くことにした。
幸運なことに、周りには一眼レフを持っている人、素敵な写真を撮っている人がたくさんいた。7月の終わりに参加した「天狼院旅部」で、いろいろ聞いてみると
「まずは安いので慣れてっていうのが、いいかもしれません」
「予算次第だよ」
「いいのを買っちゃった方が、いいんじゃない?」
「まずは買っちゃえ!」
聞く人によって、意見が違った。しかも抽象的な意見で、どのメーカーのどれがいいとかいう具体的な話は聞けなかった。
カメラは決められないが、欲しい気持ちはどんどん大きくなる。頭の中で「こんな写真が撮りたい」と妄想ばかりが膨らむのに、iPhoneやコンデジでは満足のいく写真が全然撮れない。半年前まではiPhoneのカメラで充分だったはずなのに。

「あなたへのおすすめ商品はこちらです」
そう言って、スマホ画面に表示されるのはカメラばかり。カメラも買っていないのに、レンズまでが表示されるようになってきた。

「一緒に見にいく?」
と、手を差し伸べてくれた友人がいた。カメラ選びで、迷子になってしまった子供のようになっていたので、「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」と声をかけられたような気持ちになり、泣きそうになるほど嬉しかった。

京都のヨドバシカメラに行き、友人はカメラ選びの先生になってくれた。
「今日は見るだけねー」と、メーカーごとの特徴や、値段に差がある理由、レンズの特徴、フルサイズとAPS-Cサイズの違い……ひらがなも読めない子に漢字を教えるくらい大変だっただろうと思う。それで理解できたかと言われると、3割ほどくらいしかわかっていなかった気もする。

「SONYはどうする? 見とく?」
「いや、SONYはちょっと……」

このとき、SONYにするつもりは、全くなかった。
なんか違う。

「VAIOは好きになれないんだよな」

初めてのパソコンを買おうとしていた、20年ほど前のこと。
SONYが発売していたVAIOというパソコンがあった。当時はブラックとかシルバーとかで決まり切ったデザインのパソコンばかりの中で、ピンク系の色もあったおしゃれなデザインのVAIOは家電量販店でも目立っていた。でも、私の選択肢には入らなかった。VAIOはSONY以外の周辺機器と相性が悪いとかいう話もあったが、そればかりではなかった。
持っている人を見ると、ちょっとだけ羨ましかったけれど、自分が持つかというと、違う気がした。
理由は説明できないけれど、なんか、嫌だった。

「絶対、α7Ⅱだよ!」
スクリーン越しに、SONYのカメラを推す男がいた。

ヨドバシカメラでカメラを見た後、天狼院書店で講義を受けていた。
講義の合間の休憩時間に「カメラを見てきた」という話になり、カメラ談義になった。プロカメラマンでもある三浦さんが、劇推しするカメラがあった。
「コスパもいいし、絶対買いです!」
他にもいろいろ言っていた気がするけれど、よく理解できてないので覚えていない。とにかくその「α7Ⅱ」というのがいいらしい。
へーそうなんだー。
そのときは、それくらいの気持ちだった。

ただ、日が経つにつれて、とにかく気になりだした。
そんなにいいのかな、とネットで調べた。調べすぎて、Amazonのおすすめ品がSONYの一眼レフだらけになっていた。
ヨドバシカメラで見たときは、Canonにしようかと思っていたのに、その気持ちはいつのまにか頭の外に出されてしまっていた。

そもそも、私はなんでSONYが嫌なんだ?

AmazonにSONYのカメラ画像が出てくると、カメラが気になるよりも、嫌な気持ちが「なぜ」なのかが気になった。

なぜなのかはわからないまま、夏を過ごしていた。

お盆も過ぎた頃、私は家族旅行の準備をしていた。
選ぶほどもない服の中から、何を着ていこうか考えていた。
「これ、着ていこっかな。どう?」
母に尋ねてみる。
「いいんじゃない」

私が選んだのは、ワンピースだった。

夏の間は、あたりまえのようにしてTシャツとジーパンで過ごしている。スカートなど、選ばない。というか、持っていない。結婚式で着るような、ちょっと高級なワンピースはかろうじて持ってはいるが、それは結婚式用のもの。普段着にできるようなものではない。
そんな私が、この夏、なぜかワンピースを買った。セールで安くなっていて、ワンピースとカーディガンとレギンスの3点セットで1000円という破格値だったというのも大きいけれど、買ったときはどういった心境だったんだろう。
「買わない」はずのものを「買ってしまう」というのは、なぜなんだろう。
そして、ワンピースを着て、旅行に行った。

ワンピースを着て、伊豆を旅行して、帰ってきたとき。
「なんだ、普通じゃん」
そう、思った。
出かける前は、すごく気構えていた。
変じゃないかな、と思い、普段と違う格好に落ち着かなかった。
でも、帰る頃には「普通」になっていた。

経験してないこと、当たり前になっていないことに対して、勝手に身構えていた。勝手に身構えて、壁を作って、「私にはできない」と思い込む。
ワンピースなんて、私には似合わないと、勝手に思っていた。人の目を気にして、「あいつがあんなの着てるよ」と思われてしまうんじゃないか、そんなことばっか気にしていた。
似合うとか似合わないとか、ほんとうはそんなこと関係なくって、着たいものを着ればいいし、持ちたいものを持てばいいし、好きなことをすればいい。
ワンピースなんて、そんなに高い壁じゃなかった。
案外、着てみると「普通」だった。

「SONYにしよう」

ワンピースが普通だったことに気付いて、SONYに対してもワンピースと同じ思いを抱いていることに気付いた。
むかし、VAIOがちょっとオシャレだったからって気後れして、私が持っていたら「あいつなんかが……」と思われるんじゃないか。ちょっと高級で、手が出せないのが恥ずかしい。そう思って、勝手に嫌だって感じていただけなんじゃないかって。
ほんとうは、オシャレなのに憧れていた。

嫌だったのは、SONYやワンピースじゃなくって、自分自身だった。
勝手に気後れして、壁を作って、手が出せないものだと思い込んで。
VAIOみたいなのを持てたら……ほんとうはそう思っていたのに、見えないふりをしていた。
自分の気持ちが、見えないふりをしていた。

「交渉してきました」
友人からLINEがきた。行きつけのカメラ屋さんで交渉して、超破格値で買えるよ、と。
「買う!」
費用を立て替えてもらい、即決で購入した。
スクリーン越しで勧められた「α7Ⅱ」。
カメラ超初心者にしては、よすぎるカメラで、「使いこなせるのかよ」と思われるだろう。でも、もうそんな声には恐れない。もう迷うことはない。

9月のある日。
京都天狼院で、とあるセレモニーが開かれた。

「覚悟はできていますか?」
覚悟もなにも、私はこの日を待ちに待っていた。
立て替えて買ってもらったカメラを受け取る日。
京都秘トリップの人も重なり、せっかくなので、と、ちょっとした贈呈式風にしてもらった。
もう、受け取る前から顔のニヤニヤが止まらない。

「では!」
集まった皆さんに見守られながら、カメラを受け取る。
ついに、ついに……。

「レンズ沼へようこそ!」

しまった!
怖いのは、こっちだった!

***

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