プロフェッショナル・ゼミ

頭の中で、カチリと鳴った《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「あ、俺だけど」
「うん、今ちょっと忙しいんだー」
そのわりに、詩織の声は弾んでいる。
「そっかごめん。今スーパー。欲しいものある?」
「ここで問題! 私は今、何をしているでしょうか?」
「なに急に? レポートかなにか?」
「ヒント。ズバリ、秋! 秋と言えば隆史さん?」
「え! もしかしてもしかして!?」
俺はグリルをのぞきこむ詩織の姿を思い浮かべた。
「はいそうで〜す! 今日はサンマだよ!」
「うぇーい!」
電話越しに、まるでハイタッチするかのように二人の声が合った。サンマは俺の大好物だ。
「じゃあビールだな!」
「はーい、待ってるね〜!」
電話を切って、酒のコーナーへ行く。いつもは発泡酒だが、サンマの日は奮発してビールだ。そんな俺の心の声を聞いていたかのように、売り場には紅葉のマークのついた秋仕様のビールが山のように陳列されていた。適当に見つくろってカゴに放り込み会計を済ませると、詩織が待つ部屋へと急ぐ。

「お前はサンマだけはきれいに食べるね」

スーパーから俺のアパートまでは徒歩15分。歩きながら、おかあの言葉を思い出していた。サンマを出した秋の食卓で、必ずいつもそう言うんだ。
しかしおかあ、あんたが知らなかったわけはないよな。俺だけじゃない。サンマだけはきれいに食べてたのは、死んだおとうの方だったんだぜ。いつも隣の席で、おとうの箸使いを見ていた俺は、そのまま、サンマだけはきれいに食べられるようになったわけだ。

「ボク、このおさかなはね、毎年秋にしか、会えないんだよ」
ほめられたから好きになったのか、そもそも味が好きだったのか。今ではどちらが先だったのかは思い出せない。俺はとにかくサンマに夢中な子ども時代を送った。そして一年中、サンマを欲した。おかあがいくら秋だけの魚なんだと言ってもきかなかった俺は、スーパーの鮮魚売り場に連れて行かれた。
「ほかのきせつはどうしてるの? ふゆは? はるは?」
「ほかの海に泳ぎに行っていて、日本にはいないんだよ」
「ほら、隆史、会えないんだって、いないんだって!」
おかあが頼み込んだのだろう。白い長靴を履いたおじさんに、じっくりと説得された子どもの俺は、涙ながらにサンマの旬を理解したのと引き換えに、秋だけはサンマづくしの食事を許された。9月末の誕生日には、ケーキはいらないからサンマをひとケース買ってくれとおかあを困らせたり、高校の弁当にサンマを入れてくれとリクエストしたり。

おかあはサバだアジだといろんな魚を試したが、ダメだったらしい。俺は1年分の魚の栄養を、秋に蓄えるといっても過言ではない半生を送ってきた。そしてそれは大学で一人暮らしをした今でも変わらない。

シーズンの中でも一番美味しく感じるのは、一番最初に食べるサンマだ。出初めはちょっと高いこともあるけれど、やっぱり特別な味だ。これから俺の季節が始まる、そんな気がするんだ。

そう、俺は秋が好きだ。サンマだけではない。新米だろ、栗だろ、芋だろ。それから冬はきらいだけど、少し肌寒くなる気候も好きだ。いつもの風呂も、詩織と寝る布団も、どちらもぬくもりがありがたい。それから温泉に、紅葉に、もっと秋の好きなことが、あったはずだ。それから、それから……。

俺の足が帰り道の公園に差し掛かった、その時だった。

一人の女性が俺の目の前を通り過ぎようとしていた。
長い髪が秋風にゆらりと揺れると、かわいらしい横顔が見えた。いい香りがする。その香りを大きく吸い込んだ。

俺は頭の中で、何かがカチリと鳴るのを聞いた。

彼女の顔から目が離せなかった。そしてなぜだか初めて見かけたのに、ずっと前から知っていたかのような、とても懐かしい気持ちになった。気がついた時にはもう、俺は声をかけていた。

「あの、どこかで会ったこと……」
そこまで言って、ハッとする。なんだこのベタな口説き文句は。友達の樹(いつき)に聞かれたら笑われちまうな。思わず顔を赤らめていると、彼女はふふっと小さく笑った。

かわいすぎる。

そしてやはり見たことのある笑顔だった。
「あの、やっぱりどこかで会ってるよね?」
思わずそう言ってしまって、また俺が自分で照れていると、彼女は、さらにかわいらしい顔をくしゃくしゃにして笑った。

これが彼女と俺の、出会いだった。

その日は詩織のことも忘れて遅くまで公園で話し込み、それから毎日、彼女と俺は会うようになった。カオリ、と彼女は言った。名前を聞いた時、思わず笑ってしまった。だって、あんまりそのまんまだったから。いい香りがするからカオリ? 実際に聞くことはできなかったけれど、ぴったりだと思った。

「なんか冗談ではなくさ、カオリとずっと昔から知り合いだった気がする」
「私も隆史くんと話してると安心する」
俺たちは何度もそう話した。
俺には大学に入ってすぐに付き合い始めて3年になる詩織がいる。だからカオリとどうにかなろうなんて、はじめは思っていなかった。
けれど不思議だった。カオリは会った瞬間から、すでに恋人同士だったような、親友だったような親しみがあった。そして幼なじみのような安心感があったのだ。

「……おっかしいよな、今思えばサバの方が、サンマよりも絶対食べやすいのにな!」
「ははは、ほんとだ!」
カオリとはいつも公園で会った。公園の隅にある、木の下にあるベンチ。待ち合わせをして、何時間も話した。
「あ、ごめん、俺ばっかしゃべって」
「ううん、面白いよ、隆史くんの話」
カオリはあまり自分の事は話してくれなかった。代わりに俺があれこれ話をする。
「ほんと? ありがと、詩織だとそんなに聞いてくれなくて」
「しおりさん?」
「あ、ごめん、一応、彼女なんだ。気ぃ、悪くした?」
「大丈夫、知ってたから」
彼女は即答した。
「そうなの? 俺、話したっけ?」
「ううん、でもよくこの公園の前、一緒に歩いていくよね」
「あ、見られてた? カオリと会ってからは歩いていないと思うけど」
「うん、私、前から二人のこと見てたから」
「なんか、恥ずかしいな」
「そう? お似合いの二人だと思うよ」
違う。俺がカオリから聞きたいのはそんな言葉じゃないんだ。
「それがさ、あんまりうまくいってなくて……」
「……そうなんだ、いい人そうなのに、寂しいね」
カオリにはあまり響かなかったらしい。今日はここまでとするか。
「送ってく」
「ううん、ここでいいの」
近いからとか、遅いからとか、だったらなおさら、と、俺は思ったけれど、カオリは絶対に俺に帰りを送らせなかった。だからカオリの家は知らない。公園の近く、ということしか。

それでもよかった。こうして時間を過ごすのは、俺とカオリの二人だけの秘密だ。それだけ俺は、カオリに夢中だった。
俺の話を聞くカオリの相づちも、うなずきも、はにかんだ笑いも、みんなみんな目が離せなかった。いつのまにか俺の隣に座っていて、俺の気持ちをつかんで離さなかった。そしていつも、いい香りが漂っていた。
「じゃあね」
「うん、またね」
ある日、手を振った後に、カオリはこうつぶやいた。
「……きっとね」
その顔がなんだか少し悲しそうに見えた。きっと……? なんだろう、俺はその言葉がひっかかったが、まあまた明日も会えるだろう。そう考えて自分の部屋へと帰った。

「カ……」
次に気がつくと、見慣れた天井があった。あれ、いつの間に寝てたんだ?
ふと起き上がるとベッドの脇に誰かいる。肩までの髪。カオリじゃない。詩織だった。
「来てたんだ」
ごまかしつつそう言うと、詩織は安心とも不安ともとれる微妙な顔をして小さく息を吐いた。
「カオリって、誰?」
「え? なんで?」
なんで? 知ってるの? まだ詩織には言ってなかったはずだ。
「ねえ、いつもさ、どこに行ってんの?」
「え? どこって? 何のこと? 俺、今寝てたでしょ」
「それはわかってるけど、寝てる間、どこ行ってんの?」
「どこにも行ってないし、ほら、寝てただけでしょ?」
パジャマ代わりにしているスエットを引っ張って見せる。
「寝てるだけなわけない。ねえ、今日何日だと思う」
「えっと……何日だろ」
「ビール買ってくるって言って、帰ってこなかったのが9月22日。次の日部屋に来てみたらもう寝てた。今日は10月2日。もう10日も経ってんの、その間、ずっと寝てたの、ここで!」
「ずっとって、そんなわけ……あるのか?」
ベッドを出てデスクの前に立つと、日めくりカレンダーは大きな「22」を示したままになっていた。携帯電話を見ると、詩織との通話が確かに22日になっている。
「ねえ知ってる? これね、毎年なんだよ。これで3回目、3年目なんだよ。毎年9月になると、急に学校来なくなったり、姿が見えなくなったり。おかしいなと思って家に来てみると、寝てるの。ただ寝てるならいいの。朝になっても、揺すっても、何しても起きないの! 10日くらいずっとずっと寝続けるの!」
一気に話す詩織の声が震えている。
「詩織、お前、何言ってんだ?」
もちろん俺にはそんな覚えはない。
「それだけじゃない。私がこうしてそばについていながら、隆史が髪の長い女の人と一緒にいるの、いろんな人が見かけてんの」
カオリだ。そうだ、俺はカオリと毎日のように会っていたはずだ。
「それは、公園で、か?」
「そう、公園! やっぱり行ったの? ねえ、行ったの? うわごとみたいに名前呼んでるの、『カオリ、カオリ』って!」
詩織の顔は真剣だった。真剣に俺の両肩をつかんで言った。
「……公園には行ったけれど、行ったのに俺はここで寝ていたっていうのか」
「そうだよ、私は毎日学校終わってからずっとここで過ごしてた。でも夜になると、公園にいるってクラスメイトから聞かされるんだ」
「俺が寝ていながら、どこかに行ってるっていうのか?」
混乱していた。カオリのことが夢だったなら、それでもいい。詩織にバレたなら、その方が都合がいいかもしれない。けれど本当に夢なんだろうか。はっきり覚えているのに。カオリの笑顔も、それからあの香りも。
「そうとしか、考えられない」
詩織は真剣な顔をしていた。それがとても怖かった。
部屋の壁の時計を見ると、夕方五時半を回った頃だった。そうか、公園に行ってみよう。きっと今日もカオリがいるはずだ。
「あ、待って隆史!」
詩織を振り切って、部屋を出る。とにかく行ってみよう。行けばわかるはずだ。いつもカオリと待ち合わせしていた、あのベンチへ。

息を切らして急ぐと、公園はあった、まあ、当たり前か。
ベンチも、あった。
けれど、違った。
昨日まで彼女と座っていたブルーのベンチは、一面、オレンジ色に染まっていた。恐る恐る近づいてみると、染まっていたのではない。ベンチの上に、無数の小さなオレンジ色の粒が散らばっていた。
「なんだこれ?」
手に取ってみると、花びらが四つついている小さな花だった。
「どこかで見たような」
でも、思い出せなかった。

その時だった。猛烈なめまいがして、地面に座り込んだ。
そして俺は頭の中で、何かがカチリと鳴るのを聞いた。

「隆史! 大丈夫?」
追いかけてきた詩織が駆け寄る。
「あの、俺……」
「どうした? 思い出した?」
「えっ? 何のこと? 俺、ここで何してんの?」
俺は急に、自分がなぜ公園にいるのか、わからなくなってしまった。いつか見たかわいい笑顔のことも、どこかでかいだ、いい香りのことも。
「隆史……、戻った……戻った……」
そんな俺の姿を見て、詩織はわんわん泣き出した。詩織が泣いている理由はよくわからない。けれど、悪いことではないみたいだ。気のすむまで泣かせてやったほうがいいなと思った。
「サンマ、食いたい」
ぽつりとそう言うと、なぜか詩織はさらに声を上げて泣いた。
「うん、うん。買って帰ろ」

俺と詩織は大学4年生になった。

秋になり、サンマとビールを買った帰り道のことだった。
公園の前で、髪の長い女の人が、俺の目の前を通り過ぎた。とてもいい香りがした。
「あー、間に合ったー!」
息を切らした詩織だった。詩織はここ1年、どういう風のふきまわしか、肩までだった髪を伸ばしていた。
「はあ、でもここ、残念だったよね」
「ああ、公園ね」
いつも通っていた公園は、夏に取り壊され、保育園が建てられている途中だった。
「公園もだけどさ、金木犀。すんごく立派な木だったよね」
「キンモクセイって何?」
「え? 隆史、覚えてないの? 秋にすんごくいい香りがするんだよ」
「いい、香り?」
立ち止まって考えても、何のことやら思い出せなかった。
「わかんないや」
そう言うと、一瞬顔を曇らせた詩織の口角がみるみる上がった。
「ま、いっか! さー! サンマだサンマ!」
「うぇーい!」
二人は道の真ん中でハイタッチすると、部屋へと急いだ。

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