プロフェッショナル・ゼミ

ふつうじゃないことが、大切な宝物だったことに気付かせてくれた。《映画『月と雷』×天狼院書店コラボ企画》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松下広美(天狼院書店ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)
 

また、飲んでる。

テレビの前に座る父。
ちゃぶ台にはコップがひとつ。
コップの中には透明な液体が入っている。

その液体が、水ならいいのに。

テレビに話しかけるように過ごし、コップからは手を離さない。そして、その透明な液体を飲む。なくなると脇に置いてある4リットルのペットボトルから注ぐ。ペットボトルの中身がなくなると、コンビニまで買いにいく。
もう、なくなったんだ。

「まだ飲むの?」

朝から飲み続けているから、いいかげんにしなよ、という思いで声をかける。
そう言うと、父は鬼のように怒り出す。
「俺の勝手だ」と。

いつの頃からか、父はお酒を浴びるように飲むようになった。
透明な液体は焼酎で、氷も入れることなく飲んでいた。
変なところが真面目だったからなのか、仕事中に飲むことはなかったけれど、仕事をしているときと寝ているとき以外は飲み続けていた。休日になると朝から飲み、うたた寝しては飲み、夜まで飲み続けた。

家族は体のことも心配だし、お酒を飲むのを止めようとした。その度に喧嘩になり、大声で怒鳴りあいになる。
なにもかも、すべてを否定し、自分がすべて正しい。誰の言うことも認めようとはしなかった。
だんだん、酔っている父と話すこともうんざりして、遠ざけるようになった。

現実から抜け出したかった。
あの毎日からどうやったら抜け出せるのか、いつも考えていた。明日起きたら、世界が変わっていないだろうか。父がお酒を飲まずに1日を過ごすことはないのだろうか。
世界が変わらないのなら逃げてしまいたい。そうだ、私が逃げてしまえばいいんだ。どうしたら逃げることができるのだろう。
毎日のように考えていた。

……父が亡くなり、3年が経とうとしている。
あれだけ毎日のように嫌な現実から逃げようとしていたのに、嫌な記憶にはフタがされていた。

映画『月と雷』の中のワンシーンを観るまでは、あのどろっとしたヘドロのような日常のことなんか忘れていた。

「まだ飲むの?」
台所で飲んでいる父の横へ行き、泰子がつぶやく。
傍らには、一升瓶が置いてある。

そのシーンが映ったとき、泰子の父と、私の父の姿が重なった。

泰子の父は、お酒を飲むことで、現実から逃げようとしていた。
私の父もまた、現実から逃げたくてお酒に溺れていた。

思い出したくもない、私の目の前で起きていた「あたりまえ」の日常の記憶が浮かび上がってきた。
怒り・絶望・諦め・悲しみ、さまざまな感情とともに記憶が蘇る。
こんな日常はふつうじゃない。私はただ、ふつうに過ごしたいだけなのに。
そう思っていた、あの頃。

でも、ふと思った。
「ふつう」って、なんだろう、と。

映画の中では、一般的にはふつうじゃない人たちの生活が描かれている。
母の記憶が残っていない泰子。
面倒を見てくれる男を渡り歩いている直子。
その直子に連れられて育った智。

私はそこまで波乱万丈な人生を生きてきたわけではないが、父との思い出を重ねると、ふつうじゃないことも多い。

「あれ? お母さんがいない」
幼稚園でのお迎えの時間。
園庭で並んで、みんなの隣にはお母さんがいるけど、私の隣にはいない。
「お父さん、外に迎えに来てたよ」
友達のお母さんが教えてくれた。
教えてくれた友達のお母さんと一緒に幼稚園の外に出ると、父は軽トラックに乗ったまま手をあげて「ここにいるよ」とアピールをする。
「ただいま」と言って、私は軽トラックに乗りこむ。

父は自宅でバイク屋をやっていたので、母が来れないときは迎えにきてくれた。
30年以上も前のことなので、父親が迎えにくることは「ふつう」じゃなかった。父は恥ずかしかったのか、いつも幼稚園の外で待っていた。しかもみんな歩きや自転車だった中、軽トラックで迎えにくる親はうちだけだった。
そのときは、なんだか照れくさかったけど、父が迎えにきてくれることも、自分だけ軽トラックに乗って帰ることも嬉しかった。

他にも「ふつう」じゃないことはたくさんあった。
学校が休みの日に、マフラーの付いていないバイクの爆音で目覚めた朝もあったし、大学時代は原付バイクを交通費だといって渡された。
愛用していた自転車をいつのまにか売られたこともあった。

子供のころは、ふつうじゃないこと、みんなと違うことが嫌だった。
でも大人になると、ふつうじゃない記憶は思い出に変わり、おもしろくて楽しいものになる。

「ふつうじゃないこと」というのは、他の人と比べて違うとか、少数派だからだとか、そんな理由なだけで、劣っていたり間違っていたりするものではない。
一般的にふつうじゃないことが日常になっている、その真ん中にいるひとにとっては「あたりまえ」のことだから。

ふつうじゃないことには慣れてはいた。
でも、お酒を飲み続ける父には慣れなかった。
お酒に溺れていた父が嫌だった。

でも、『月と雷』を観ていて、ほんとうに嫌だったのは、私に向き合ってくれないことだったのかな、って思った。
こちらを見てほしい。
ずっとずっと、私だけを見ていてほしい。
わがまま放題の子供のままの私が、そこにいた。
父の気持ちは理解しようとせずに、ほんとうの意味で向き合っていなかった自分が嫌だった。すべて父のせいにして、自分だけが被害者の顔をして、何かを変えようともせず、ただ流れに身を任せていた自分が嫌だったのだ。

映画の中の泰子の気持ちの変化に、自分自身の気持ちの変化も重ねていた。
ほんとうはそう思っていたのか、と気づいた。

正直なところ、お酒に溺れていた父を許すことはまだできないし、その記憶を完全に消すことはできない。
ちょっとしたことでコップが倒れて水がこぼれてしまうかのように、記憶が蘇ってくることもある。
でも、父とのふつうじゃなかった出来事の記憶は、私にとってはどんな高価なものにも変えられない宝物だ。
宝物を眺めていると、愛されていた、と感じる。どうしようもない父だったが、大好きだったことに変わりはない。
 

観終わった後、大切な家族に会いたくなる。
『月と雷』はそんな映画だ。
 
たまには、仏壇に手を合わせて、父と話してみようと思う。

 
 
『月と雷』
出演:初音映莉子、高良健吾 、草刈民代 / 原作:角田光代 / 監督:安藤尋
10月7日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー!
http://tsukitokaminari.com
(C)2012 角田光代/中央公論新社 (C) 2017 「月と雷」製作委員会
 
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