メディアグランプリ

赤から黒になった時、黒くて赤い本に上半身を食いつかれる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:廣瀬敦子(ライティング・ゼミ 平日コース)
 
 
私の中学校時代のイメージは赤だ。
 
唇からにじんだ血に染まるトランペットのマウスピース。
真っ赤に日焼けした腕の色。
 
マーチングバンド部に所属していた私は、朝から晩までトランペットを吹きながら校庭を走り回っていた。朝6時に登校して授業が始まるまで朝練。昼休みは弁当を15分でかきこんで昼練。授業が終わればどの部よりも長く練習して夜遅く帰宅する。
夏休みは一日12時間以上外で吹いていた。大会が終わるまで休めない。1ヶ月以上ある夏休みでも、実質休めるのは1週間である。
 
過酷ではあったが、私は練習が好きだった。学校の授業を風邪で休んでも、練習には参加したいと思っていた。毎日、授業が終わると、私は音楽室に行くために階段を駆け上がった。
 
我を忘れて音楽に没頭した、真っ赤な熱狂の日々だった。
そんな日々は中学校の三年間で終わってしまった。
 
私の高校時代のイメージは黒だ。
羊羹のような色の机の天板の黒。
 
マーチングバンドを続けられる高校に進学することを私は希望したが、親に反対された。なんとなく選んで別の高校に合格し、進学した。その高校には、吹奏楽部があったが、何か物足りなさを感じて、私は結局入部しなかった。他にもたくさんの部活動があったが、私は魅力を感じることができず、どの部にも入らなかった。
 
高校に入学した直後、両足の骨にひびが入っていることが発覚した。
中学校の部活動の影響で疲労骨折をしたのだろうと医者は言った。足が痛いことには気づいていたが、練習に入ればそんなことは忘れてしまう。しかし、もう、この痛みを忘れさせるものは私には無い。
 
部活にも入らず、足を骨折し、鬱々としていた私にクラスの人たちは優しかった。なのに私はクラスの輪に入ることもなかった。ただ毎日登校し、授業を受け、休み時間はぼんやりと過ごし、授業が終われば、帰宅する。その繰り返しだった。
 
昼休み、私は、図書室に行くようになった。数少ない友人が図書委員をだったのである。サポーターを履いた足で階段をとぼとぼ上がり、4階にある図書室に行っていた。
 
図書室は入って正面に木目の茶色い貸出カウンターがある。右に入れば司書の先生や図書委員たちが集まる事務室があり、左に入れば閲覧室だ。
閲覧室は、夏でもどこかひんやりとした雰囲気がただよっていた。
真っ黒くてつるつるした、羊羹のような色の天板を貼った机が並んでいる。自習室が別にあるので、ここで勉強する生徒は少ない。
いつも私は閲覧室に入って左側の書架の前に座り、適当に目に付いた本を引っ張り出しては広げ、昼休みが終わるのを待っていた。
 
閲覧室に並ぶ本は、今まで読んできた本とは違っていた。
 
中学校時代も本は読んでいた。クラスの中で、ジュニア小説の文庫本を貸し借りしていたのだ。ファンタジーの冒険もので、わかりやすい。ご飯の描写がおいしそうだなぁ、挿し絵がかわいいなぁ、と何も考えずに読んでいた。
 
しかし、高校の閲覧室に並んでいる、ハードカバーの本たちは違う。
 
本自体も重いが内容も重い。理解ができない。背伸びして、名前だけは知っている著名な作家の三部作に手を出してみる。意味がわからない。歯が立たない。そして、なんだか気持ち悪い。とにかく最後まで読んでみようと、混乱したまま、ページをめくって最後のページにたどり着く。理解不能の私を置き去りにして物語は終わってしまう。消化できない気持ち悪さだけを残して。
 
本が投げかけるものは快の感情だけじゃない。
不快な感情も投げかけてくるんだ。
 
そんなことに少し面白さを感じ始めていた私は、
ある日、いつもの閲覧室に入って左側の書架で、黒い羊羹のような装丁の本に出会う。
 
桐野夏生の「OUT」である。
 
その装丁に不穏なものを感じた私は書架からその本を引っ張り出し、貸出カウンターに差し出した。貸出カウンターには司書の先生がいて、本を一瞥し、何も言わず貸出手続きをしてくれた。そして、私にぽんと本を差し出すと、新刊の感想を語り合う図書委員たちの輪に戻っていった。私はカバンに「OUT」を入れると高校の最寄りの駅まで早歩きして帰り、家に着くと、制服のまま、座敷の奥にあるスピーカーに寄りかかって読み始めた。
 
「OUT」は黒くて赤い本である。
 
食品工場に勤める主婦たちが、仲間の一人が犯した殺人を隠蔽するために共謀する。食品工場の食べ物の赤。死体から流れ出る血の赤。登場人物たちの救いのない日常を覆う黒。本がまとう装丁の黒。
 
私は気持ち悪くて仕方がなかった。なのに最後まで読んでしまった。本に上半身を食いつかれたようだった。いつ夕飯を食べて、いつ風呂に入ったか覚えていない。読みやすくて映像が目に浮かぶようで、まるでどろどろした飲み物をするりと飲むようだった。そして借りたその夜に全部読んでしまった。
 
本を閉じた後には爽快感が残った。
こんなことは初めてだった。
 
「あたたたたたた」
 
読み終わった瞬間、痛みに気付いて私は声をあげた。
隣の台所で夕飯の食器を洗っていた母が、びっくりして、座敷に顔を覗かせた。
私は背中を丸めて長い時間本を読んでいたので、背中が固まっていたのだ。本を読んだら背中が痛いなんて初めてだ。頭もずきずきと痛む。本を読んで頭痛になるということも初めてだった。
 
こんなになるまで没頭したのは久しぶりだ。私もまた痛みに気づかないほど没頭することができるんだ。そう気づかせてくれたのは黒くて赤い一冊だった。

 
 
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2017-10-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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