袋に包んだら言えた言葉
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:小高理子(ライティング・ゼミ平日コース)
スマホが光った。メッセージが浮かび上がる。
「사랑해요」
え。
一瞬、手が止まった。
この言葉は韓国語で、愛してるよ、という意味。誰からだろう。
スマホを手に取り、メッセージを確認する。送り主は韓国の友達だった。
この友達は、韓国に留学している私を気にかけ、こうしてメッセージをくれる。メッセージをくれることはもちろん嬉しい。でも困った。
愛してるよ、ってなんだ?
おかしなことを言ったかな。自分の送ったメッセージを見てみても、特におかしなところはない。
愛してるよときたら、なんて返したらいいんだろう。「ありがとう」かな。これだとそっけないか。せめて「好きだよ」くらいは。うーん。でもやっぱり、「愛してるよ」?
いやいやいやいや。愛してるよなんて、そもそも生まれてから使った覚えがない。無理無理。頭の上で言葉がぐるぐる。ありがとう? 好きだよ? 愛してるよ?
そもそも사랑해요って、本当に愛してるよ、って意味なのか?
もしかしたら、勝手に勘違いして困っているだけ、という可能性もある。
そこで私は、사랑해요を検索してみた。
사랑해요
読み方: サランヘヨ
日本語訳: 愛してるよ
結局この文字が、サランヘヨと読むこと。愛してるよ、という意味であることは、紛れもない事実のようだ。
頭の上でぐるぐる回る言葉を選ぶことができず、最終的に私は、「♡」を送った。愛してるよ、とは言えなかった。
次の日、普段通り学校に行き、普段通り家に向かって歩いていた。
外国に1週間もいると、その国の言葉に慣れていく。慣れると、周りの声が耳に入ってくる。
「また明日ね。愛してるよ」なかなか別れようとしない恋人たちの声。
「ほんとに愛してる~」真ん中の子に抱きつく、男の子たちの声。
「お母さん、愛してるよ~」お菓子を貰って喜ぶ、子供の声。
愛してるよ、ってなんだ?
私の耳に、何回も何回も入ってくる。
耳を塞ぎたい。怖い。早く家に帰りたい。歩く速度が速くなる。
早く早く。家の鍵を開け、勢いよくドアを閉めた。
ふーっと息を吸い込む。落ち着こうとスマホを手に取ったその時、
「사랑해요」という文字が見えた。
私は、この言葉に恐怖を感じ始めていた。愛してるよ、という言葉を聞くことも見ることも、怖くなっていた。
でもここにいる以上、耳も目も塞げない。よし、正面から向き合ってみるか。
改めて考えてみると、日本人は愛してるよ、という言葉を使わない。恋人であってもここぞ、という時だけ。頻繁に使うとチャラ男呼ばわりで、むしろ逆効果。夫婦であればもっとひどく、気持ち悪がられる可能性だってある。つまりリスクが高い。リスクが高いから、日常的には使わない。だから日本人は、愛してるよ、に対する免疫がない。
私も、その日本人の中の1人。
愛してるよを聞くことも見ることも怖く、重く感じた。
それから1か月。不思議とあの頃の怖さは消えていた。友達からの愛してるよのメッセージを見ることも、少しづつ慣れてきた。
あれ? 今日は愛してるよがない……
何かあったのかな。いや私が悪いことをしたかな。不安になる。
友達が遠くに行ってしまう。今すぐ何か伝えなければいけない気がした。何を伝えたら……。大好きだよ? ありがとう? 伝えたい言葉はたくさんある。でもどうやって伝えよう……。
人は、好きだという気持ちや感謝の気持ちを伝える時、プレゼントをする。手作りで何かをつくったり、高価なものを買ったり。最後に手紙を添えたりもする。伝えたい気持ちをものや手紙にして、1つの袋に包む。プレゼントは、渡す人ももらう人も、何だか幸せになる。
今伝えたい気持ちを、1つにして渡せたらどんなにいいだろう。
そんなことを思いながら、私は夢中で手を動かしていた。
「愛してるよ」
初めて言えた。
すぐに既読が付く。返事は、
「愛してるよ」
友達には、特に深い意味はなく、たまたま送らなかっただけかもしれない。私の考えすぎだったのかもしれない。でも愛してるよを伝えた時、今まで感じたことがない程幸せを感じた。隣で友人が微笑んでくれた気がした。
好きという気持ち。ありがとうという気持ち。たくさんの気持ちを1つにしたら、愛してるよ、になる。韓国人にとっての愛してるよにはたぶん、検索しても出てこない、日本語に訳せない意味があるのだと思う。
私は今日本にいる。愛してるよを聞くことや見ることは少なくなった。少し寂しい。
それでも大事な人に伝えたい気持ちは、毎日溢れてくる。毎日プレゼントを渡したいくらい。
プレゼントは毎日送れない。
ただ、この言葉は毎日送れる。
好き。ありがとう。たくさんの気持ちを1つの袋に包んで。
愛してるよ。
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