プロフェッショナル・ゼミ

部長の奥さまのお手間入り《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:あやっぺ(プロフェッショナル・ゼミ)

※ 実話を基にしていますが、登場人物の名前は全て架空の名称です。

「これ、本田部長からの差し入れの、いなり寿司」

先輩社員の松川さんは、そう言って部署のメンバーの席を回って、いなり寿司を配られた。

「ありがとうございます。奥様の手作りですか?」

「そうみたい」

「それは、お手間入りですね」

私はそう答えながら、松川さんが用意してくださったラップを1枚手に取り、いなり寿司をひとつ頂いた。
すると、隣の席の高木さんがびっくりした顔をして、

「えっ?? お、て、まいり? オテマイリってなんですか?」

と訊いてこられた。

「お手間入りって、聞いたことないですか?」

「聞いたことない。どういう意味?」

「手作りの食べ物をいただいた時、味の感想は食べてからしか言えないじゃないですか。手間暇をかけて作られたことに敬意を表して、受け取ったその場で、食べる前に褒めながらお礼を言うのに便利な言葉として、よく使いますよ」

「へー、初めて聞いた」

主婦歴の長い高木さんに、未婚の私が解説しているのは何だか不思議な気分だが、最近は若い世代だけでなく、私より年上の人でも、こういう言葉を知らない人が増えてきているようだ。

私が小さい頃は、家でお赤飯やちらし寿司、おはぎ等を作った時には、隣近所におすそ分けし合うことが珍しくなかった。
隣近所のお宅に持って行く役目を、私は母や祖母からよく頼まれた。
受け取ったお宅の大人たちが、

「えらいまぁ、お手間入りを」

と言っているのをしょっちゅう聞いていたし、我が家がいただく側になった時も、同じやり取りを耳にしていた。
だからこそ、こういう場面で使う「大人の言葉」として自然に身についていたのだと思う。

本田部長の奥さまは料理好きだそうで、その後も部長は何度か手作りの差し入れを持ってこられた。
部署の皆を労う気持ち半分、奥さまの自慢をしたい気持ち半分なのかもしれないが、同世代で料理好きな私としては、特に悪い感情を持つことはない。
よほど嫌いなものや食べきれないほどの量でない限り、基本的にはありがたくいただいている。

先日、本田部長がスイートポテトを持ってこられた。
おそらく、家庭菜園で栽培されているサツマイモを使って作られたのだろう。
カラフルなカップケースに丁寧に入れられていて、甘さ控えめのあっさりとした優しい味だった。
私は正直なところ、サツマイモ自体はあまり好きではなく、特に焼き芋はあのポソポソしていて水分のない食感が苦手なのだが、スイートポテトならしっとりしているので、美味しくいただいた。

しかし、その日の夕方、女子社員2名のこんな会話が聞こえてきた。

「あのスイートポテトの残り、どうします?」

「食べないですよね」

「もうすぐ男子2名が帰ってくるし、全部食べてもらいましょうか」

「それでいいと思います」

「私、他人の手作りって食べられないんですよねー」

「私も苦手なんです」

帰り支度をしながらその会話を聞くことになってしまった私は、衝撃を受けた。
無言でいるのも不自然なので、

「物とタイミングによっては、リアクションに困ることもありますね」

と、さりげなく会話に加わってみた。

「今日は、私の休憩時間と入れ違いだったみたいで、気づいたら本田部長はもう帰られていて、お礼を言いそびれてしまいました」

と私が続けると、女子社員のひとりが

「他人の手作りは苦手なんですって、私、ハッキリ言っていいと思うんですよね」

そう言って、さらにエキサイトし始めた。
同調する気になれない私は困惑して、苦笑するしかなかった。

食べたくなければ食べなくても良いけれど、一応、社会人なんだし、ここはたとえ形だけであっても、「お手間入りをありがとうございます」って、サラッと言えんのか?
そう心の中で呟きながら、私は残念な気持ちになった。

かく言う私も、若かりし頃は、職場でお局様から配られる様々な食べ物が、ありがた迷惑で嫌だと感じたことは多かった。
学生時代のとあるバイト先では、毎日がまるで遠足かお花見かのように、おにぎり、巻き寿司、サンドイッチ等がぎっしり詰まったタッパーを、何段も積み上げて風呂敷で包んで持参するマダム達がたくさんいたのだ。
一緒にモリモリ食べることを強要される休憩時間は、確かに苦痛だった。

ただ、その理由は、手作りか否かではなく、

・ダイエットしている時や、お腹が空いてない時に
・その場で食べるしかない(個別包装されていなくて持ち帰れない)ものや、単純に自分の好みではない食べ物をたくさん

配られるから嫌だったというだけだ。
手作りの食べ物をいただいたら、「お手間入りをありがとうございます」と言うのが、大人のマナーだと信じて生きてきた。

「本心ではありがた迷惑だと思っているのに、ここで下手にお世辞を言えば、喜んでいると思われてしまう。今後もまた手作りの差し入れを持ってこられたら困るから、ストレートに断ったほうが良い」

そんな風に思う人が増えてきているのは、何とも寂しく、味気なく感じる。

「他人が素手で握ったおにぎりが食べられない」

テレビのバラエティー番組で、他人が握ったおにぎりを食べられないと公言していた芸能人がいたが、芸能人に限らず一般人でも抵抗を感じる人が増えてきているそうだ。
そういう話はよく聞くし、私も全く食べられないわけではないが、「相手による」と思う。
大して親しくもない、ましてやよく知らない誰かが素手で握ったおにぎりを食べるのに抵抗があるというのは、共感できる。

しかし、たとえばスイートポテトのように、加熱調理しているものであっても、衛生面の理由で抵抗があるというのは、過剰反応に思うのは私だけだろうか?
団塊ジュニア世代の私は、他人の作った手作りの食べ物をいただくことに、そこまで抵抗はない方だと思う。
小さい頃から、そういった経験をしていることが大きいのかもしれない。
ただ、若い世代になればだいぶ事情は違うようで、コンビニで売られている、人の手ではなく機械が握ったおにぎりは平気でも、人が握ったものには抵抗を感じてしまう人が多いようだ。

昔の子供たちは、電車の中でたまたま近くの席にいただけの、見知らぬおじさんやおばさんから、ちょっとしたお菓子をもらうことが珍しくなかったと思う。
もらった子供の親も、たとえ上辺だけであったとしても、お礼を言っていた記憶がある。
しかし、近年ではそういう光景があまり見られなくなった。
お礼を言うどころか、ものすごい剣幕で怒りをぶつけてくる親もいる。

数年前、私が婦人雑貨店のショップオーナーだった頃、大人の買い物に付き合わされている子供たちが機嫌良くいてくれるために、レジのカウンターには常に飴玉を用意していた。
良かれと思って、

「はい、飴ちゃんどうぞ」

と子供に差し出すと、時々、親から絡まれることがあった。

「うちの子には、甘いもの食べさせないようにしてるんで。ほら、そんなもん早く返しなさい」

嬉しそうに受け取った子供を叱りつけ、ニコリともせずに、迷惑そうに突き返された経験が何度かあった。
もちろん、そういった場合は、

「そうでしたか、失礼いたしました」

と笑顔で流していたが、私は複雑な気持ちだった。
確かに、教育方針は各家庭によってそれぞれだし、アレルギーなどの体質もあるだろう。
毒入り菓子をばらまくと脅迫する事件が起きたこともあるし、知らない人から差し出されたお菓子を口に入れさせたくない親の気持ちもわからないわけではない。
ただ、それでも親の断り方を子供は見ているわけなのだから、もうちょっと上手に断ったらいいのになーと、いつも思っていた。

児童館の介助ボランティアをしている母から聞いた話では、おやつの時間に、限られた予算内で用意された市販のお菓子を配ると、

「このお菓子は毒が入っているから食べたらアカンって、ママが言ってた」

と言い出す子がいて、職員もボランティアスタッフも対処に苦慮しているそうだ。
市販のお菓子の良し悪しについての考え方は人それぞれだし、家庭内では好きにしてもらったら良いと思う。
しかし、こういった言動のひとつひとつが、いじめに繋がることもあるのではないかと、心配になる。
まぁ、未婚で子供のいない私に言われたくないかもしれないけれど。

京都は、客人には手料理ではなく、仕出し屋さんでとったお料理でもてなすという慣習がある。
どんなに心を込めて作っても、所詮は素人の味。大切なお客様には、プロのお料理をお出しするのが礼儀であり、おもてなしだという考え方だ。
出された客の側も、プロが作ったものだとわかっているから、何か嫌いなものがあっても遠慮なく残すことができる。
そこには、「手料理を出して口に合わなかったら、客人に気を遣わせるから」という配慮があるのだ。

若手社員から「差し入れハラスメント」だと思われず、職場の士気を高めるためには、差し入れにもこの考え方を応用すると、互いにストレスを感じなくて済むのかもしれないと、ふと思った。
もっとも、「ええもん(上等なもの)」を大人数に差し入れするのは、お財布が大変なので、そう度々はできないけれど。

手作りであってもそうでなくても。
差し出す側は「ほんのお口汚しですが」と、ひと言を添えて相手に手渡す。
そんな、美しい日本語を自然に使いこなせる、さりげない「言葉のご馳走」ができる大人でありたいと私は思う。

***

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