メディアグランプリ

「なぜ、人は本へ書き込みをするのか?」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(ライティングゼミ平日コース)

 

本を読む人には2種類いる。
本に書き込みをするタイプと本に書き込みをしないタイプだ。
「う~ん、それは抵抗あるなぁ」
という人と
「え、いつもやってるよ?」
という人。
周りの人に聞いてみると明らかにこの2タイプにわかれる。あなたはどちらだろうか。
 
私は本に書き込みができないタイプだった。高校時代、本に書き込みをすることをすすめられた。あるときは先生に、有るときは友人に。ところが抵抗がある。どうしてもその心理的な抵抗が取れない。大学の授業に使う本でも直接書き込みができない。今思うと笑ってしまうけれど、本を全部コピーしてそのコピーの方に線を引くようなことまでしていた。
本に書き込みをしている友人をみると
「本に書き込みしちゃって」
という非難めいた気持ちがあった。今思えばそれは羨ましいとか憧れに似た気持ちと裏腹だったことがわかる。
 
子どもの頃、本がたくさん家にあった。
「本を大切にしなさい」
繰り返し繰り返し言われた言葉だ。
家にあるどの本にも書き込みがある本がなかった。本は大切なものだった。時折買ってもらえる児童書。お気に入りの本。何度も何度も読み返した本。開いたページの真っ白な行間、真っ白な余白へ、線を引いたり、私の個人的な意見を書き込むなんて滅相もない。そんな風に思っていた。
 
ところが今の私は、本に線も引くし、書き込みもする。
 
どうして私が変わったのか。私の本との向かい合い方を変えてくれたきっかけの体験があった。
 
それはある人の本の書き込みを調べた体験だ。1週間、ずっとある人の本の書き込みを調べ続けたのだ。
 
そのある人は南方熊楠。
あなたは南方熊楠という名前を聞いたことがあるだろうか? 1967年和歌山生まれの博物学者、生物学者、民俗学者。一時は大英帝国博物館でも働き、博学で様々な逸話を残した人だ。大量の蔵書をもち、その内容をくまなく覚えていたという記憶力の持ち主だと伝えられている。
 
私は民俗学専攻の学生だった。大学時代、南方熊楠に魅力を感じて、ゼミの先生と一緒に南方熊楠の著書の輪読会をやっていた。大学3年生のある日、そう、あれは初夏の頃だったろうか。輪読会の終わりがけに、そのゼミの先生がこんな話を切り出した。
 
「東大の研究室が、今度南方熊楠の蔵書調査をやるそうだ」
南方熊楠の蔵書? 
 
「バイト代はでないけれど、興味のある学生を募集しているらしい」
熊楠の蔵書を見れるんですか? その調査参加できるんですか?
 
「和歌山でちょっと遠いが、なかなかない機会だと思う。行ってみるか?」
 
南方熊楠の蔵書調査。条件は無償ボランティア、足代飯代もなし。要は自腹で参加のただ働きだ。それでも南方熊楠の蔵書を直接見る、しかもそれに触れる機会はめったにない。勢いでこの蔵書調査スタッフに手を挙げた私は、数週間後、現地に向かうための和歌山行き鈍行列車に乗っていた。
 
調査の現地は和歌山県の田辺。南方熊楠のかつて暮らしていた家だった。たどり着いたときには、もう東大のスタッフが来ていた。部屋をのぞき込むと、何本もある本棚、床からうずたかく積まれている本が見えた。
 
「何を調べたらいいんですか?」
東大の研究室のスタッフに指示された作業はこんな具合だ。熊楠が読んだであろう熊楠の蔵書を、1冊づつ1ページづつめくっていく。そして熊楠の書き込みを見つけたら、持ち込んだコピー機でコピーして記録をとる。山のようにある本から、熊楠の書いた書き込み、本へ引いた線を探してはコピーをとる仕事だ。
 
近所のユーススホステルに泊りこんでの1週間。来る日も来る日も蔵書調査をした。調査するうちに、熊楠の蔵書に引き込まれていくようになった。いや、蔵書に引き込まれたのではない。その蔵書にある熊楠の痕跡に引き込まれたのだ。昨日書き込まれたような生き生きした筆跡の書き込み。力強くフリーハンドで引かれた線。時に日本語で、時にラテン語で「言いたいことがわからん」「この話はなかなか良い」と感情むき出しに書かれた書き込み。その痕跡のあるページには確かに熊楠の気配がした。
 
そして気がついた。
 
熊楠が本と対話をしていたのだということを。
 
数ある蔵書にある、数ある南方熊楠の書き込み。それは熊楠がひとつひとつ本と対話した痕跡なのだ。
 
本と対話するとはどういうことだろうか。
 
本を書いた著書。そしてそれを読む読者。本は著者の主張だ。それを読んだ読者の私はどう思うのか。熊楠の書き込みは著者の主張への返答としての書き込みだった。
 
それからだ。私が本へ書き込みができるようになったのは。本へ書き込みをすることは、より深く本と対話する方法だったと知った。
古本屋で手に取る本に、書き込みを見つけることがある。つい嬉しくなる。そこには書き込んだ人の体温がある。書き込んだ人とほんとの対話のシーンがある。
これからも私は本に書き込みをしていく。本と対話していくために。いつか私の書き込みを見る人がいるだろうか。熊楠の書き込みを私がみたように。そのとき、その人に伝わるだろうか。私の本との対話の1シーンが。

 

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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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