メディアグランプリ

青春はその日、二度よみがえる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中原優香(ライティングゼミ平日コース)

 

 

「久しぶり……でもないか」

 

かつての恋人は、そう言って懐かしい顔で笑った。

それぞれの楽器を手に、あの頃と同じように隣を歩く。他愛もない話をするうち練習室に着き、扉を開けると、そこには懐かしい光景が広がっていた。

 

 

その日は、地元の吹奏楽団の練習見学日だった。

最近できたばかりの楽団で、指揮者にはなんと中学時代の恩師が就任したのだという。ぜひ入りたい旨をメールで伝えると、入団を前提として練習に参加できることになったのだ。

 

中学時代の同期をはじめ、知り合いもすでに何人か入団していて、そのうちの一人が高校時代につきあっていた人だった。

20人近くが思い思いに音出しをする中で楽器を準備しながら、そういえばこの人と一緒に楽器を吹くのは本当にひさしぶりなのだと気づく。

当時は毎日のように顔を合わせ、同じ部屋で音出しをして合奏をして、時に河川敷でも楽器を吹いていたのだ。あれから数年を経て、またこうして隣の席に座っているのは、なにやら感慨深いものがあった。

 

右隣にすこしだけ緊張しながら、そうっと楽器に息を入れる。

最後、本格的に練習したのはもう半年以上も前だ。スポーツと同じで、楽器も勿論ブランクは禁物。練習の厳しかった中学時代は、1日休むと取り戻すのに3日かかると言われていた。

やはり、思うように音が響かない。息が十分に入らず、楽器が隅々まで鳴っていない感じがするのだ。肺活量の衰えもすさまじく、吹き続けているとすぐにクラっとしてしまう。

 

情けないなあ、と思いながら基礎練習をくり返す。

午後720分。練習室に入ってから、もう20分ほどが過ぎていた。あと10分で合奏がはじまる。

 

たくさんの音が飛び交う中、おはようございます、という声がして顔を上げると、そこには先生が立っていた。

目が合うと、ああ、と笑って手を振ってくださった。お久しぶりです、とわたしも慌てて頭を下げる。

懐かしさがいちどきに込み上げてくる。今と同じこの位置に座り、指導を受けていた日々の記憶が立ち上がってくるかのようだった。

 

「じゃあ、まずは音を合わせましょうか」

 

大学生や社会人相手だから当たり前とはいえ、中学時代とはまったく違うやわらかい声。

それなのに先生の手が上がった瞬間、無意識に背筋がぐっと伸びた。

大勢で音を合わせると、いつだって一瞬で感覚が戻ってくるから本当にふしぎだ。技術の方はさすがにそうもいかないが、息を吸うタイミングや腹筋の使い方は、体が覚えているとしかいいようがない。

 

「伸ばすだけの音楽というのは絶対にありません」

ロングトーンという基礎練習を全員でしているとき、先生がそう言った。

「音楽は、常に進むものです」

 

はっとした。

 

『それでも、音楽は進む』

それは、右隣に座る人が、自分の作品の中で常に言い続けていることだった。

 

メロディーではない、たとえ音階をたどるだけの基礎練習であっても、決して停滞してはいけないのだ。

ただのんべんだらりと音を伸ばすのではなく、次の音へ繋げるように。常に先へと向かうように。

 

3年間毎日言われ続けていたことが、体の内から次々と息を吹き返す。

 

音を前に押し出すのではなく、後ろに向かっても飛ばすように。

フレーズを大きく捉えて、きちんと最後まで言い切るように。

付点のリズムは小気味よく。そのあとのアクセントをピリッと効かせて。

 

気が付くと夢中だった。

そうだそうだ、そうだったと心のうちでひとり何度も頷きながら、音の羅列を「音楽」にしようと試行錯誤をくり返す。

その日はじめて配られた楽譜を見ながら必死で音を読み、それを楽器に乗せてゆく。

 

音が重なる。個々の楽器の異なるリズムが噛み合って、和音が響くこの快感。音程も技術も完璧とは程遠いものであったけれど、それは間違いなく調和だった。

 

自分の中にこんなにもあざやかな感覚が未だ残っていたことに、何度でも飽きずに驚いてしまう。

中学高校と続けた部活を引退して、もう3年以上が経つ。それなのに、まるで反射のように体が動くのだ。

楽しい。楽しくてたまらない。

いつのまにか、懐かしさは「今ここ」の楽しさに変わっていた。

 

 

「お疲れさまでしたー!」

 

練習を終え、右隣の人と並んで外に出る。

楽しかったねー、そうだねえと言い合いながら隣を歩く。あの頃と同じように、ビターのDARSを食べながら。

変わったこと、変わらないことをぽつぽつと話す。大学や音楽のこと、家族のこと、そして、お互いの夢の話。

 

吹奏楽を漫画で表現する、という彼の夢は、もうすぐ手が届きそうなところまで来ていた。

がんばってがんばって、身を削るようにしながら時に折れそうになりながら、それでも一度も諦めずに目指していたことだった。

それが、今やっと叶いそうなのだ。彼の、10年超の夢である。

 

その姿はとても、まぶしかった。

交わす言葉も夢への姿勢も笑顔も全部、いつしか思い出ではなく目の前の憧れへと変わっていた。

常に「今ここ」と、ぶれない夢をまっすぐに見据えたその人は、きっとこの先もわたしの目標であり、原動力であり続けるのだろうと、確信に近い強さでそう思う。

 

「じゃあ、また」「気をつけてね」

駐輪場に着くと、軽く手を振り合って背を向けた。

もう、懐かしくなんかない。

 

***

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2017-11-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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