プロフェッショナル・ゼミ

美人の幹事の引き立て役を卒業した私がなったもの《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
記事:中村美香(プロフェッショナル・ゼミ)
 
*この話はフィクションです。
 
「梨花、どうやってあんな素敵な人に出会えた?」
もうすぐ、結婚して3年経とうとしている私に、久しぶりに会った元同僚の佳代は、不思議そうにそう聞いてきた。
「ブスなのにってこと?」
私が、そう言うと、佳代は、え? と小さく言って怯んだ。
もしかすると、心の中で思っていたのがばれてびっくりしたのかもしれない。
まあいい。
「佳代ちゃんのおかげとも言えるし、佐々木さんのおかげとも言える」
「え? どういうこと?」
「そもそもは、泉のおかげかな」
「え?」
元同僚の名前がたくさん出てきて、佳代は混乱したらしく、黙った。
だけど、気になるのか、また口を開いた。
「泉に誘われた合コンで知り合ったの?」
「ううん、違うよ」
「だったら、なんで、泉のおかげ?」
よく見ると、佳代も美人だ。
美人に「どうやってあんなに素敵な人に出会えた?」と聞かれたら、気分は悪くない。
そっか、わからないか……。
「佳代ちゃん、このことは、覚えてる?」
私が、まっすぐ目を見てそう聞くと、佳代は、ゴクリと唾を飲んだ。
 
「いい加減、あの子と一緒にいるの、やめたら?」
一緒に働いていた頃、会社帰りに駅前の喫茶店で、お茶をしたとき、私は、佳代に、呆れたようにそう言われた。
「え? でも……」
「あの子のせいで、梨花、損させられてるよ。佐々木さん主催の会に声かけてもらえないのも、梨花も泉の仲間と思われているからだと、私は思う」
「ああ、やっぱ、そうなんだね……」
隣の課の先輩の佐々木さんは、よく友人を招いて、ホームパーティーをしているらしかった。
佳代も、時々呼ばれているのだと、さっき聞いて、私は全く声をかけてもらっていないなと、ちょっと寂しく思っていたところだった。
けれど、その理由が泉と聞いて、あ、と思い出したことがあった。
「あの時、ちょっと反論しちゃったからかもな」
私が、グラスに口をつけて、天井を見上げると、佳代が興味深そうに聞いてきた。
「あの時って?」
「3ヶ月くらい前かなあ……」
 
そうだ!
あの時、私は、佐々木さんと偶然、資料室で会ったのだ。
「お疲れさまです! 佐々木さん、良かったら資料を運ぶのお手伝いしましょうか?」
私自身は、資料室で確認すれば足りる用事だったので、ぎっしり資料の入った段ボール箱をふたつも運ぼうとしていた佐々木さんに声をかけた。
「え? いいの? もしそうしてくれると助かるわ」
佐々木さんは、目をまん丸にして驚いた後、笑顔でそう言った。
早速、持とうと思った時だった。
「梨花ちゃん、優しいわね。だからかしら、断れないの」
「え?」
断るも何も、自分から言いだしたことなのに、なんでそんなこと言うんだろうと、佐々木さんの顔を見ると、眉を下げて、少し哀れむような眼差しを私に向けられていて驚いた。
私、同情されてる?
なぜ、自分が今、同情されているのかわからなくて、呆然としていると
「泉さんのことよ。泉さんに利用されてない?」
佐々木さんはそう言った。
それは、佐々木さんの優しさから出た言葉だったのかもしれない。
だけど、私は「利用されている」という言葉に反発したくなった。
「利用ですか?」
荷物を持つのを手伝いますと、さっき申し出たとは思えないくらい、自分でもびっくりするほど尖った声で、私は聞き返した。
「え? だって、泉さんに振り回されているように、私には見えるわ」
私の尖った声に、明らかに驚いた様子の佐々木さんは、言い訳するようにそう言った。
「そうですか? 私は、利用されているとは思っていないですが……」
佐々木さんを驚かしてしまってまずいと思っているはずなのに、どういうわけか、私の声は、さらに尖った。
もしかすると、図星だったからこそ、反応したのかもしれない。
コントロールできない自分の態度に、戸惑いながらも、さすがに、先輩に対して、これ以上の反抗はまずいと思って、さっさと荷物を持ち上げようとしたのに
「このままだと、梨花ちゃんまで、悪く思われちゃうわよ」
佐々木さんは、最後の忠告のようにそう言ったのだ。
私は、佐々木さんのその言葉になぜか、カチンときた。
突然、泉のことを庇いたくなったのだ。
そして、言わなくていいことを、そして、言っては面倒になることを言ってしまったのだ。
「佐々木さん。ご忠告はありがたいです。確かに、泉は、自分勝手なところもありますが、いいところもあります。だから、私は、彼女のいいところを見て、付き合っていきたいのです」
気がついたら、私は、佐々木さんの目をまっすぐに見てそう言っていた。
佐々木さんは、口と目をまん丸にして、黙っていた。
あ、まずい事言っちゃった……。
「すみません。これ運んじゃいますね!」
もうこれ以上、その場にいることに耐えられず、私は、一つだけ持つはずが、ダンボールを二つとも持って、資料室を出た。
それからだった。佐々木さんに、少しずつ距離を取られたのは……。
 
そんなことがあったんだ。
それで、佐々木さん、梨花のこと呼ばないんだ。
 
薄々わかってはいたものの佳代に改めてそう言われて、ガックリした。
濃い人間関係ではないとしても、やはり、なんらかの引っ掛かりがあって、仲間だと思っている人たちの集まりに声をかけてもらえないのを知るのはつらいものだ。
どうせなら、知らないでおきたかった。
 
泉との付き合いを考え直すように言われたのは、何も、佐々木さんや佳代からだけではなかった。
何人もの同僚から
「泉と一緒にいるの、やめたら?」
と、言われた。
異口同音に、そう言われていたというのは、客観的におかしな人間関係だったんだろう。
 
だけど、私が、泉の誘いを断らなかったのは、単純に楽しかったからだった。
対等な人間関係ではないと、自分でも分かってはいたけれど、それでも、行ってみたかった合コンに初めて誘ってくれたのは、泉だったし、ゴルフだって、カラオケだって、私が行きたいところにばかり誘い出してくれた。
それが、誰かがキャンセルした穴埋めだったと知って、ほんの少しだけ心が痛んだけれど、声をかけてくれたのは事実だったのだから、ありがたいと思うことにしていた。
 
泉は、綺麗な顔立ちをしていた。
世の中の半分くらいの男性は、どんな性格だって好きになっちゃうんじゃないかと思うくらい美人だった。
どこに行っても、男性に声をかけられていた。
しかし、泉は興味がある人にしかいい顔はしなくて、しかも「いい顔しない」どころか、失礼な態度をとったものだから、傷ついた人はたくさんいたと思う。
側で見ていた私は、その対応をいいとは思わなかったけれど、美人というのはそれでも許されるものなんだと思っていた。
 
泉に利用されているのかもしれない。
それは、人に言われなくたって、心の奥で分かってはいた。
けれど、それに気がつかないふりをしていたかった。
だけど、本当は、私は、その事実にしっかり傷ついて、ちゃんと自分の足で歩かないといけないことも分かっていた。
そんな時期に、言われたんだ。佳代に、あの言葉を……。
 
「こんなこと言いたくないけど、私、聞いちゃったんだよね。『ブスと一緒にいると可愛さが目立つから、合コンに連れて行くんだって』泉が言ってたの……」
そうか……。
なんだろう。分かってはいたはずなのに、人づてに、言葉として、しかも本人が言っていたセリフとして聞くと、ダメージが大きいんだって知った。
「そう」
その場では、そう言うのが精一杯だった。
家で泣いた。悔しくて、泣いた。
そのことで泣いたのは、それが初めてだった。
 
利用されている。
そう分かってはいたけれど、私だって、行きたい場所に、泉のおかげで行けるんだもの、利用しているのは、お互い様だと思っていたかった。
だけど、やっぱり、そう思うだけでは、バランスが取れないほど、知らず知らず心は傷ついていたのかもしれない。
その傷は、泉にだけつけられたものではなく、親切に忠告してくれた人たちにも、そして、おそらく、自分自身にも、つけられた傷だったと思う。
 
もっと自分を大事にしなきゃ……。
その時は、なぜが素直にそう思えた。
ひとしきり泣くと、冷静に考え始めることができた。
 
多くの仲間に言われる「利用されている」という見立ては、どこからくるんだろうと思ってみると、合コンのことかな? と思い当たった。
 
「合コンの幹事は、ブスしか呼ばない」とは、よく聞く。
それが、本当かどうかはわからないけれど、確かに、私は、泉によく合コンに誘われて、喜んで参加していた。
それが、周りの人にとっては「利用されている」と映ったのかもしれない。
でも、考えてみると、
「あなた利用されているわね?」
そう私に言った人は
「あなたブスね」
と言ったのと同じことになる気もする。
だからそう言われる度に苦しかったのだと気がついた。
 
利用されていたとしても、私は、泉のおかげで合コンに参加できた。
まあ、明らかにがっかりした顔を見るのは、正直つらい時もあったけれど、楽しく感じる瞬間もあった。
自分は、見た目で勝負はできないけれど、恋愛対象に見られないにしても、それなりに、話や歌ではコミュニケーション取れると自信もついた。
それは、プラスに考えよう。
 
「合コンの幹事は、ブスしか呼ばない」
「ブスと一緒にいると、可愛さが目立つ」
これらは、おそらく、泉だけじゃなく、結構、美人な幹事は思っていることじゃないだろうか?
私だって、もしかすると、美人だったらそう思うかもしれない。いや、どうだろう……。考えてみても、やはり、ブスには、わからない心境だ。無駄だ。考えるのはよそう。
 
しかし、その手は、本当に、通用するのだろうか?
自分の他に、ブスばかり集めて、合コンは成功するのだろうか?
泉は、確かに、毎回、合コンで、誰かしらと出会って、暫くの間付き合うけれど、すぐに別れている気がする。
もちろん、単なる相性だったのかもしれないし、たくさん合コンに行ったって、一回も付き合ったことがない私が言うことではないかもしれないけれど、自分ばかり、得をしようとする美人の心理に気がついた男性たちには、もしかすると、通用しないのかもしれない。
 
そんなことを考えながら、インターネットを検索すると、“ブスしか連れてこない美人が幹事の合コンよりも、美人を連れてこられるブスが幹事の合コンの方がマル!」という記事を見つけた。
そりゃそうだ! 全く、ここでも、ブスをバカにして! と、少々、憤りながら、記事を読み進めると、意外にも、「美人を連れてこられるブスがモテる場合もある“と書いてあった。
 
これだ!
合コンを企画してみよう!
 
これは、泉との決別を決めた瞬間でもあった。
 
幸い、大学時代の仲間とは繋がっていたので、見た目はイマイチだけれど、性格のいい、高学歴で高収入な男友達は多かった。
男友達に、可愛い子を紹介できるかもしれないと、合コンを打診すると、二つ返事で、メンバーを集めてくれると約束してくれた。
一方で、
「官僚キャリアとの合コンあったら行く?」
「今度は、銀行員だけど……」
そう、なるべく可愛い子に声をかけた。
私は、あくまでもホストに徹して、どうしたら、その場が盛り上がるかを考えた。
「楽しかった!」
「昨日隣だった人と、今度デートすることになったよ! ありがとう!」
参加したメンバーに感謝されることが増えた。
前に参加した人が、その友達を連れて来てくれて、男女とも、スペックや可愛さのレベルがどんどん上がっていった。
時々、人の幸せばかり応援していることが切なくなったけれど、恋愛関係にならなかったとしても、素敵な知り合いが増えて、自分の生活にもハリが出てきた。
そんな時だった、のちに旦那になる智樹と出会ったのは。
智樹は、確か、人数合わせで、無理矢理連れてこられた大手のメーカーの研究職の社員で無口な男性だった。
なかなか輪に入れない智樹をさりげなく気遣い、私なりに居場所を作ったあげた次の日、幹事の男性から、智樹が、私の連絡先を知りたがっているけれど教えていいかと聞かれたのだ。
「あいつが、女性の連絡先を知りたがるなんて、本当に珍しいんだ」
そんな風にも言われ、ドキドキした。
 
一方、泉とは、徐々に距離を取っていった。
恋人と違って友人というのは、「付き合って」の言葉もなければ、「別れよう」という言葉もない。
ただ、少しずつ、いろいろなものが、合わなくなっていった。
泉の誘ってくれる合コンを最初に断るときは、緊張した。
まさか断るなんて思っていなかったようで、びっくりはしていたけれど、
「そう」
一言だけ言って、別に深追いする事もなかった。
そのことにホッとしながらも、少し寂しく感じた自分の気持ちに戸惑った。
私が幹事の合コンに、泉を誘おうかと迷ったけれど、それでは意味がないと思ってやめておいた。
もしも、泉の方から、行きたいと言ってくれたら、いいよと言う心の準備はできていたのだけれど、プライドの高い泉が言ってくることはなかった。
 
智樹とは何回か会って話しているうちに、気持ちが通い合い、付き合うようになった。智樹の存在の影響はとても大きいけれど、その頃から、私は、もう、自分のことを、ブスだからと卑下することが減っていった。
 
顔だって、スタイルだって、やっぱり美しい人に、人が惹かれるのは自然なことだと思う。
でも、だからといって、自分はブスだからと諦めていては何も変わらない。
まずは、自ら、人にとって必要な人になろう!
これが、遠回りなようで、私にできる自分を大切にする方法だった。
 
「そうだったんだ……」
泉の手前、会社の他の子たちのことも、合コンに呼ばなかった。
だから、佳代もこのことを知らなかったんだと、今更ながら気がついた。
「で、その合コンの幹事は、まだ続けているの?」
佳代が、上目遣いで聞いてきた。
「あれ? 佳代ちゃん、彼氏いるんじゃなかった?」
「実は、先月、別れちゃったの」
佳代が、泣き真似をしながら言った。
「そうか。幹事やってもいいけど、佳代ちゃん、他の誰かの引き立て役になる可能性があるけど、大丈夫?」
「え?」
「佳代ちゃんは、美人だけど、年齢という避けがたい合コンでの壁があるんだよね、私たちには……」
私がそう言うと、佳代は、ガックリと肩を落とした。
「だけど、佳代ちゃんには、お世話になったから、特別に、少人数の食事会でサポートするよ」
「え? 本当?」
佳代の顔がポッと赤くなった。
 
そうだ!
佳代は無自覚かもしれないが、私は、実は、泉よりも佳代につけられた傷の方が深いと感じている。
だけど、傷つけられたからこそ、私は生まれ変われたんだ。
そのお礼は、たっぷりさせてもらおうと思う。
そんな、直接、傷つけることなんてしない。
最大限にサポートするつもりだ。
だけど、戦場に出たら、助けてあげられないんだ。
もし、傷ついたら、自分で立ち上がってもらうしかない。
「どんな人が好み?」
「そうね。年は、私よりも若くてもいいな。背が高くてね……」
佳代は、夢見がちな少女のように語り出した。
「了解。企画してみる」
「ありがとう! 楽しみ!」
私が、この食事会を企画する前に、誰か、佳代に忠告してくれないだろうか?
「梨花とは一緒にいない方がいいよ」って。
 
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