メディアグランプリ

75歳のボクシング


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 
 
記事:中島宏(ライティングゼミ平日コース)
 
「あ、先生、私退院したらまたボクシング出来るようになりますやろか?」
75歳の母が、病室へ問診に入ってきた担当の先生さんにいう。
隣のベッドで寝ている母と同じ歳ぐらいのおばあさん(山本さん・仮名)が、待ってましたとばかりに、あははと手を叩いて笑う。
 
母はこの春、白内障の手術で市民病院の眼科に入院していた。
私はここ最近の仕事のトラブル続きで、なかなかお見舞いに行けなかったのだが、手術も終わり、あと数日で退院というタイミングでやっと病室に顔を出すことができた。
 
満開だった桜もほとんど散った4月中旬の暖かな平日な午後で、
「あら、来てくれたんか。別に短い入院やから、わざわざ来てくれんでもよかったんやで」
ベッドの上で、いつもと変わらぬ明るい笑顔で母はそういった。
「窓際のベッドが空いててよかったで。この間まで隣の公園の桜もきれいに見れたしな。みんな私のベッドのまわりに集まって、連日花見やで」
すると隣のベッドの山本さんが、
「息子さんか? お世話になってます。お母さんの隣でもう毎日めちゃくちゃ楽しいですわぁ。ほんとに面白いお母さんですね。もう退院するのがいやなくらいです」
と割り込んでくる。
母はとにかく明るい。いわゆるよくしゃべる大阪のおばちゃんタイプ。
人を笑かせるのが大好きで、その場所を明るくするので、いつもどこに行ってもその場の人気ものになる。
この短い入院でも、病室で笑いを振りまき、人気ものになっているようだ。
 
私は小さな繊維関係の販売会社を経営している。そしてその頃、2つのトラブルを抱えていた。
ひとつは、月末までに必要なお金が用意出来ないという金銭問題で、もうひとつはリーダー格であるスタッフが2名同時に辞職したいと申し出てきているという人の問題。
こうやって問題がふたつ以上同時に起きるときというのは、その問題自体は単なる現象にすぎない。本当は何か原因となる根本的な問題があるのだ。
そしてその根本原因もはっきりとわかっている。業績アップを見込んで昨年立ち上げた大型の新店舗が、とんだ見込み違いで、資金繰りを悪化させ、スタッフを疲弊させているのだ。
そもそもこの新店舗計画は、周りに止められているなかで、私が半ば強引に決行した。その裏には、小さな会社のままじゃだめだ、博打を打ってでも会社を大きくしてやろうという私の見栄、虚栄心のようなものがあった。でも、見込みとは違い、この1年間売上は目標に達する月はなく、在庫ばかりが増えていき苦しい状況が続いていた。
小さくても毎日冗談を言いながらあったかいムードであった社内のムードは、この店を出してからの1年の間に一変した。スタッフの移動が続き、私も外出ばかり。決めなければならないことは連日山積みで、仕事に追われるスタッフ同士の会話も減り、いつしか社内の笑顔も消えていった。
 
「ボクシング? 誰が?」
母に聞かれた担当の先生はキョトンとしている。
「せやから、私ですがな」
とぼけた口調で母が答える。
問診に一緒に着いてきた看護婦さんも、笑いを噛み殺してにやついている。看護婦さんも山本さんと同じく、このやりとりは以前に経験済みのようだ。
先生は困惑気味に尋ねる。
「ボクシングて、あのどつきあうやつか?」
「そうです。でも、私はどつかれませんねん。どつくふりだけですわ」
「ど、どこでやってるんや?」
「そら、ボクシングって言えば、ジムですわ」
「ジ、ジム!!」
先生が、先生らしからぬ大きな声をあげると同時に、母は軽くシャドーボクシングをしてみせた。
その瞬間、となりの山本さんと看護婦さんは大爆笑した。
 
実はこういうことだ。
母は普段、スポーツジムに通っている。そこでボクシングのシャドーボクシングとエアロビクスを足したようなエクセサイズを受けているらしい。もちろん実際にグローブをつけて戦うようなものではなくダンスなので75歳の母でもレッスンを受けることが出来る。正式名称はボクササイズというようだが、母はそんな名前を覚えられるはずもなく、単純にそのことをボクシングと言っているのだ。
ここに入院してから、ボクサイズのことをボクシングと言うことで何度も、同室のみんなや看護婦さんを笑わせたのだろう。もう母にとっては鉄板のお笑いネタとなっていて、やっとお見舞いにやって来た愚息を一発笑わせたろうと、担当の先生相手にネタを披露したわけだ。
大爆笑をとった後、「どや、おもろいやろ?」、という誇らしげな表情を私に向ける母に、相変わらずだなぁ、と思いながら胸の中が少しあたかかくなった。
 
私も母譲りの性格で、基本的に人を笑わせるのが大好きだ。そこは自分の数少ない長所のひとつであると思う。でも、ここ1年ほどは、不安定な未来のことと、肩に乗った重圧とで笑いを忘れていたような気がする。
笑いというのは今このときにフォーカスすることでしか生まれない。未来や過去に縛られていれば、なかなか笑うことができない。ここ数日のトラブルもこの「今」をないがしろにして、虚栄心からくる未来や、過去の決定の後悔ばかりに執着していることから来ているんだと改めて気付いた。
 
どんな状況でも、笑える「今」を作る。それがなによりも大事。そんなことをどんな状況でも笑いをとることを忘れないを母に改めて教えてもらった気がする。
 
病室を出たら、会社に戻ってこの母のボクシングの話をみんなにしよう。とにかく、もう一度笑いに溢れた職場を作ることからやり直そう。窓から見える葉桜をみながら、そう思った。
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

http://tenro-in.com/zemi/42175

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2017-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事