プロフェッショナル・ゼミ

もがき続けなければ楽なのだと、誰かに教えてほしかった。《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:永井聖司(ライティング・ゼミプロフェッショナルコース)

※このお話はフィクションです

後輩の姿を見た私は、懐かしいな、と思った。わかりやすくオロオロしていて、唇も声も震え、その瞳は潤んでさえいた。
「せ、先輩。お食事中にすいません。クレームの電話、みたいなんですけど」
後輩の様子を観察しながら、私はのんきに、『私にもこんな時代があったんだよな』なんて思っていた。クレームの電話を受ける度に、心を痛めていた時代が。そんな私は、一体どこに行ったのだろう?
「わかった、良いよ。変わる」
「ありがとうございます、すいません!」
深く頭を下げる後輩に、私は笑いながら、席に戻っていいよ、という意味も込めて、手を振った。恐れなど、まるでなかった。
担当が変わったことが更に油を注いだのだろう、後輩から引き継いだ電話の相手は、それはもう怒り狂っていた。周囲のデスクにまで聞こえるほどの大音量で怒鳴り散らし、こちらを責め立てる。
でも、私の心に相手の言葉が刺さることはまるでなかった。ああ、こういう手合いね、と、経験からジャッジをすれば、過去のクレーム対応のデータを頭の中から引っ張り出し、その通り、私は対応を開始した。まるで一種のプログラミングみたいに。要点だけをパソコンにメモして、不要な情報や感情的な言葉は切り捨てて、ただただ不満を聞いていく。後輩みたいに、心が動揺することなんて、あるはずもない。クレーム電話を、まるで自分へのクレームかのように受け止めて泣いていた時期があったなんて、自分でも信じられないぐらいだ。
チラリと後輩の方を見れば、電話口から漏れる声を聞いて、身体をビクつかせているのが見えた。あれでは、通常業務に復帰できるまでに、1時間近く掛かるんじゃないだろうか。そしてそんな後輩と、平然とクレーム対応をしてのける自分とを比べてみれば、私は少し、自分がイヤになった。
ずいぶんと、よけることがうまくなったもんだ。ああ、イヤだイヤだ、これが歳を取るってことなのかな。
そう思えば私は、メモを取っているウインドウを縮めて、食事中に見ていたページを眺め始めた。
『人生を変えるライティング・ゼミ』
このタイミングに、こんなページに出会うなんて、やっぱり何かの運命なのかもしれない、と思った。

その24時間前、紙を握りつぶす音が、やけに大きく部屋の中に響いていた。
その上で、私は紙を破いた。
握りつぶす前に破けばよかったと、一瞬そんな考えが頭をよぎるけれど、構わずに破いた。
こんな紙二度と見たくない、という思いをぶつけるように、細かくちぎれた紙が床に落ちることも気にせず、私は紙を破っていった。ビリッ! ビリリっ! ビリッ!! と、部屋の中に、紙が歪に切断されていく音が響く。そして、シュレッダーに負けないぐらいまで細かくなった紙を見れば、わざわざゴミ箱まで捨てに行くのも億劫で、机の上に適当に紙の固まりを置いて、私はベッドに倒れ込んだ。
「はぁ……」
男性のものかと勘違いされそうな、重くて低くて暗いため息が、1人の部屋に響く。

『この度は、厳正なる審査の結果、誠に残念ではございますが、ご希望に添いかねる形となり……』

認識するのも困難なほどに破いたはずの文書に書かれた文言が蘇ってくれば、私はその残像を消したくて、枕に顔を埋めた。
「ダメだったか。そうだよな、そうだよね……」
一人きりの部屋に応答してくれる人がいるはずもなく、私の放った言葉は、誰にも同意してもらえることなく、枕の中に沈んでいった。
「正直、受かると思ってたんだけどな……」
自分の呟く言葉が、まるで自分のものではないようだった。
その通りだ。私はこのオーディションに、受かると思っていた。

年に1回、市が有名な演出家と組んで舞台を作り上げる。そんな取り組みが、この街にはあった。2年前に観劇し、クオリティの高さに驚いた私は、今年の初夏、その舞台のオーディションに応募した。
1年様子を見たのは、仕事のせいだ。当時入社5年目で、内勤とは言え任される仕事の量や責任も増えてきたせいで舞台に割ける時間はない、と思ったのだ。しかしそれから1年経ってみて、仕事も安定し、自分で仕事をコントロール出来る術も覚えた結果、今年は受けよう、と思ったのだった。
中学校から大学まで、13年間演劇の世界に身を投じた私だったけれど、社会人になると同時に、足を洗った。ただし、13年間の中で繋がった演劇仲間たちの多くがそれぞれの方法で演劇を続けているせいで、私のフェイスブックのタイムラインに流れる情報の7割は、演劇関連の情報だったのだ。少しずつ毒を盛られるかのように、演劇の情報が長年私を刺激し続けるのだから、我慢できるわけもなかった。

オーディション会場に行ってみると、100人以上の応募者がいた。市が運営する公演なのでライバルは2、30人ぐらいかな、と思っていた私はもちろん驚いたけれど、それでも怯むことはなかった。多分、受かるだろうと思った。なぜなら、13年間も演劇の世界にいたのだから。7年のブランクがあるとは言え、13年の経験は消えないはずだ。
しかし、結果はそうそう甘くなかったわけだ。

私は、私の想像以上に落ち込んでいる自分に、びっくりしていた。
『ブランクもあるんだから仕方ないよね』
そうやって気持ちをごまかしたい。ごまかせるはずだと思っても、まるで身体が動かない。不合格通知という特大パンチを、よけることも出来ずに正面から食らってしまったかのように、ベッドに沈む身体はびっくりするほど重くて、動かすことができなかった。
枕に顔を埋めていても、徐々に周りが暗くなっていくのを感じる。夕焼けが差し込み、赤く燃えていた部屋に、闇が侵入してくる。色も温度も奪って、部屋を暗くしていってしまう。
私の未来もそうなのかな、なんて思ってしまう。

演劇を始めれば、何か人生も変わるはずだ、と思ったんだ。
今の仕事に、大きな不満があるわけではない。給料がとびきり多いわけではないけれど、生きていくのに支障はない。若手から、中堅と呼ばれる社歴になり、社内での信頼度も上がった。それほど人間関係で苦労があるわけでもない。安定している。
でも、その安定を、よけることもうまくなって来た自分を、時折気持ち悪く感じることが、ここ1年ぐらい、増えてきたのだ。
30歳という年齢が、間近に迫ってきたせいもあるだろう。日々の仕事を着実にこなすと同時に、頭の何処かで、私はいつも焦っていた。
このままで良いのだろうか。何か変えなきゃいけないんじゃないだろうか。
そう思って見つけたがのがオーディションだったのだ。それなのに。
そんなことを延々と考えている内に、いつの間にか私は、眠りに落ちていたらしい。

「うるせえ、このブス!!」
中学校の教室に響き渡るような清水の声を聞いて、私は、あ、これは夢だと思った。だって、何度も思い出している光景だから。
私が振り返ったときには、清水の顔が目の前にあって、私は清水に組み付かれたまま、後ろへと倒れた。
机と椅子と、私と清水との身体が絡まり合って、派手な音を立てながら、私たちは教室の床に倒れ込んだ。
何が原因だったのかは忘れたけれど、私に激怒した清水と取っ組み合いになった、あの時の記憶。
教室中が騒然として、女子の悲鳴が上がり、男子のどよめく声が響く。
気づけば私は、清水に馬乗りされていた。
「うっせぇブス! ボコボコにしてやるからな!!」
血走った目で私を睨みつける清水が、片手を振りかぶる。
殴られると思った私は、拳が迫る直前に、顔を逸らす。
チッ、と、拳が頬を掠める感触がして、その後、耳のすぐ横で、ドンッと鈍い音がする。
「イッてぇ……」
見れば、床に拳を叩きつけてしまった清水の、涙目の顔が見えた。そして私と目が合った清水は、マズイ所を見られたと思ったのだろう、再び私を睨みつけた。
「よけてんじゃねぇよブス!」
「うっさい! ハーゲ!」
私の言葉に、まるでマンガみたいにこめかみをピクリと反応させた清水は、私の首に手を伸ばしてきた。熱く、汗ばんだ掌が絡みついて、一気に絞め上げてきたのだ。
「黙れよ、ブス!」
なんでこんなに怒ってるのか、わけわからないし!
内心でそんな風に思いつつ、私は、首を圧迫されて狭まる気道からどうにか呼吸をしつつ、清水を見た。
怒り狂った清水は顔を真っ赤にして、ゆでダコのようになって、我を忘れているのが見えた。
どうにか反撃しないと、このままじゃ、殺される!
私は、必死になって、首を絞める清水の手を引き剥がそうと、手を掴み、爪を立てる。
「イッテぇだろうが、ブス!」
それでも、清水の手が離れることはなかったので、私は脚をばたつかせて、もがいてみせた。
「ぐっ……この、あばれてんじゃねぇ、ブス!」
脚を動かされるのを煩わしく思ったのか、清水が更に力を入れて首を絞めて私を落としにかかった、その瞬間。
ここだ! と思った私は、少し浮いた清水の腰を見て、その股間を、思い切り膝で蹴り上げてやった。
「あぐっ!」
情けない清水の声が漏れて、首を絞める力が弱まる。そして、力をなくして落ちてきた清水の坊主頭を掴めば、私は頭突きを叩き込んだ。
「あぎゃっ!!」
踏み潰されたカエルのような声を上げた清水は馬乗りを解き、私の横で、頭を抑えてうずくまってしまった。
頭突きした額も、拳がかすめた頬も、ヒリヒリと痛い。それでも、どうにか勝ち取った勝利に、私は笑みを浮かべた。
「フン……だてに、兄貴達と毎日ケンカしてるのを舐めるなって……」

そしてお話がフィナーレを迎えたところで、私は都合よく目を覚ました。
そこでビックリしたのは、あんなにも爽快な夢を見たと言うのに、身体の重さがまるで抜けていないことだった。舞台に落ちたショックぐらい、寝れば治るだろうと思っていたけれど、どうやらこの読みも甘かったらしい。
重い体をどうにか動かして、スマホを取る。頭を覚ましていく意味も込めて、インスタ、ツイッター、フェイスブックと眺めていく。そこで、そのページが刺さったのだった。
『人生を変えるライティング・ゼミ』
アカウントの名前は、天狼院書店。確か以前、何かの記事を見て、フェイスブックページのいいね、を押していたはずだ。この広告も、これまで何度か、見たことある気がするな、そんな風に思いつつ、私は、今まで開いたことのなかったページをクリックして、説明を読んだ。そして一通り内容を眺めれば、重くなっていた身体は段々と軽くなり、私は出社の準備を始めていた。シャワーをあびている時も通勤中も、そしてクレーム対応中もと、あの、『人生を変えるライティング・ゼミ』という文言と、天狼院書店という言葉が浮かんでくれば、私は昼休み中に、もう一度アクセスをしていた。
そして、何も感じることのなかったクレーム対応を終えた後、私は同僚から隠れてコソコソと、決済ボタンを押した。

それから少し時間が経って、講義は始まった。内容は主に2週間に1度の講義と、毎週2000字程度の文章を提出すること、だった。
しかし、
『う〜ん、コンテンツになりきれていないですかね』
『もっとサービスを意識しましょう』
『ちょっと読みにくいですかね』
私の投稿した文章は、よけようのない、的確な指摘とともに、落とされ続けた。そしてまた書いて、落とされて、書いて、落とされて、書いて……。そんな繰り返しが続いたある時、また落とされて悔しいはずなのに、笑っている自分に、私は気づいた。
「そうですよね、そうですよね〜……」
オーディションを落ちた時ほどではないけれど、確かに痛い。そして、悔しい。でも、その感覚を味わえたことが、とても幸せだと思った。ここ数年、『安定』を感じ始めた仕事の中で、そんな感情を覚えることは、なかったのだから。
正論なのだから、どうやったって、よけようはない。だからこそ、痛いし、悔しい。でも、そんな気持ちがあるからこそ、もがけるんだと思う。清水に馬乗りにされた時に反撃できたように。だからこそ、成長できるんだ、そして勝利を掴めるのだ、と思う。

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