プロフェッショナル・ゼミ

E判定から、耳をすませば《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「コシバさん、絶対そうした方がいいと思う」
「うーん、そうかなあ……」
カバの遊具に座って渋る私に、シカの遊具に座る友人のレイが言う。
「うん、そうだって! 絶対そうした方がいいって!」
レイは引かない。
「うーん、どうかなあ……」
「本当に合うと思うんだよね!!」
うーん、どうもピンとこなかった。
レイはとても仲のいい友人だ。なぜか私を名字にさんづけで呼ぶのだが、親友、と呼んでも多分、レイは怒らないだろう。それだけ私はレイを信用しているし、これまでだって何かあればレイの言葉を信じてきた。

しかし今、レイが私に勧めているものは、また話が別だった。
それは、この間、一緒に買い物に行った時に見つけたおしゃれなリュックのことでもないし、かわいい文房具のことでもない。好きな先輩のことや、ほかの女友達の相談なんかにのってもらっているわけでもなかった。

高校三年の冬。私は人生に軽く絶望していた。

「文章を書く勉強がしたい」
「言語学に興味がある」
「国語の先生になりたい」
もちろん、わかっては、いた。
思い描く進路はあったけれど、どれもぼんやりしたものだったかもしれない。大学進学を志望しておきながらも、塾にも通っていなかったし、かといって、高校のテストでもそこそこの成績しかとっていなかった。実際、私は受験生でありながら、ほとんど勉強していなかったのだ。

そのまま迎えた1月のセンター試験。
試験後の自己採点を裏切らず、私の手元に届いたのは、無残な通知だった。

センター試験「E」判定。

「浪人か。予備校いっぱいあるし、大丈夫かな」
わかっては、いた。
わかってはいたけれど、こうしてちゃんとだめな結果が見えると、さらに落ち込みが増すものだ。それでも現実には、落ち込んでいる暇はない。すぐに私立大、国公立大の試験が控えている。
けれどE判定を突きつけられた私には、受験自体が他人事のように思えてしまって、すっかりやる気を失っていた。
見かねたレイが、ある寒い日の放課後、私を学校の裏山にある公園に連れ出してくれたのだった。

「B判定から合格より、E判定から逆転合格の方が断然カッコいい!」
だとか、
「いつもテストでヤマ張って当ててきたじゃん、気を取り直してがんばろ!!」
だとか、でなかったら、たぶん
「浪人するつもりで力抜いて受ければ、意外と受かったりして」
だとか、私はレイから、そんな感じのなぐさめを聞けるもんだと思っていた。

しかし、違った。
公園にある、耳の塗装がはげかかっているシカの遊具に座ったレイが私に勧めているのは、レイ自身が受験する、隣の県にある美術大学だった。

「ね? ね? そうしようよ、試験受けた方がいいって!」
「えーと、じゃあ、仮に、仮にね、受験するとしてもさ、まず、間に合わないよね?」
私は一番の疑問をぶつけてみる。
「それは実技試験が、ってこと?」
「あたりまえじゃん、ただの大学じゃないんだよ、美術大学なんだよ? 私の志望学科、知ってるよね、国文だって、国語なんだって。今さら美大受けられるわけないじゃん?」
私はレイが、高校一年の時から美大受験を目指して美術予備校に通っているのを知っていた。レイだけじゃない。隣のクラスのサトミちゃんも、三年になってから予備校に通って猛烈にデッサンやデザインの勉強をしていると聞いている。
そして私は、私立も国公立も国文科の受験を決めていた。

「わかってるよ。だからもちろん、コシバさんに今さら実技で受けろなんて言わないよ。けど私が受けるのは『美大』って言ってもデザイン科で、デッサンはあるけど、いかにも『美大』って感じの絵の具で絵描いたり、彫刻作ったりはしないんだ」
「デザインはわかるけどさ、デッサンとか、実技に変わりはないじゃない?」
「そこなの、コシバさん! デザイン科にはね、『論述』という手があるの!」
「ロンジュツ? なにそれ?」
小論文ならまだしも、作文でもない、「論述」。初めて聞く言葉だった。どうやらレイが私に勧めているそのデザイン科とやらは、デッサンやデザイン画を描く実技のほかにも、「論述」というもので受験することも可能らしい。
「何かは私もよくわかんないけど、過去の問題がさ、結構おもしろいんだっけ」
「へえ、どんな?」
「例えばね、『石けんと消しゴムと軽石の共通点を述べなさい』なんていう問題。なんでも思ったことを自由に文章にするんだって。色鉛筆とかで補足的に絵を描いてもいいらしいよ」
「へ、へえ〜。それなら……例えば……『人の欲望のためにその身をすり減らすモノ』だとか?」
「そう! そういうこと!! すげー! コシバさん!!」
「え、本当に? 大丈夫?」
レイがあまりに喜んでくれるので、私もまんざらでもない気持ちになる。
「あとね、その前の年は確か……『ビデオテープとカセットテープと写真のフィルムの違いを述べなさい』だったかな」
「……うーんそうだなあ……『どれも人の記憶を外部に取り出したモノではあるけれど、動画、音声、静止画と役割が違う。それには優劣はなくて、次元が違うように存在している』とかかなあ」
「そういうこと! そういうこと!! やっぱりコシバさんならいける!」
レイはただでさえ大きな目をさらに大きくさせて、シカから立ち上がると、私の肩をバンバンたたいた。
「痛い! 痛い! こんなんで大丈夫?」
「私の思った通りだ!! 受験しよう! 絶対ゼッタイ受験した方がいい!!」
「うん、わかった、わかった! 痛い痛いって!」
レイはとてもうれしそうだった。そして私もなんだかうれしくなった。

「コシバさん、これ」
次の日、現れたレイに渡されたのは、どこで手に入れてきたのだろう、美術大学の願書だった。自分のはとっくに出しているだろうし、近くの大学とは違って、取り寄せないと手に入らないものなのではないだろうか。
「えっ!? あ、ありがとう!」
けれど私は、私のためにそこまで、という感謝の気持ちよりも、本当に本当に本気なんだなこの人、そういう驚きの方が大きかったのを覚えている。

「先生は反対。これまでの希望と全然違う道だし、専門性が高いよ。コシバさん自身が苦労すると思う」
担任の先生、ジュンコちゃんは猛反対。はい、もっともだと思います。
「どうやって通うの?」
両親の心配は、進路そのものより、隣の県にある大学ということだった。私もまだ、何も考えていないのです。
「えー! 今から受けるの? 本気? 大丈夫?」
うん、おそらく、大丈夫じゃない。クラスメイトは一様に驚くけれど、一番驚いているのは、きっと私です。
「うーん、とにかく受けるだけ受けてみる!」
周りのごちゃごちゃを押し切って、私はなんとか締切ギリギリで願書を提出した。

そこからが大変だった。
もともと余裕がない私に、さらに受験する大学が一つ増え、もう1日も、1時間も無駄にはできない。本来の受験勉強はもちろんだが、なにより美術大学のために、「小論文」でも「作文」でもない、「論述」という科目の準備をしなければならないのだ。

「うーん『小論文』だったら教えられるんだけどね。多分……こんな感じでいいんじゃないのかな」
現代文の先生に頼んで、張り切って過去の問題に答えた自分なりの「論述」を見てもらったけれど、「小論文」とは勝手が違うのと、美術大学だからだろう、なによりも問題が個性的すぎる。先生のアドバイスは、いつもはっきりしたものではなかった。

それでもレイは毎日こう言った。

「絶対いける!」

その言葉に導かれて、私はとうとう、美術大学の受験当日を迎えることになった。

[メガネとカメラと裸眼の違いを書きなさい]

電車で1時間半かけて、それからバスに乗って、やっとついた小高い山の上にある大学。高校とは違った、コンクリート打ちっ放しの大きな建物。高い天井に、広い廊下。階段状に長い机が並ぶ大きな講義室。
「はじめ!」
試験官の声でめくった用紙に出てきたのは、確か、そんな問題だった。

「おもしろい」
私は思った。その思いで、120分間、自分なりに書いた。説明するのに簡単な絵も描いたけれど、そこには何の気負いもなかった。
実技ができなかった私には、もう「書く」しか、なかったのだから。
そして私は、レイが言うように、「絶対いける!」んだから。

「コシバさん、どうだった?」
試験が終わると、違う教室で受験していたレイが聞いてきた。
「うん。なんか不思議なんだけど、落ちた気、しないんだ」
「うわ、すげー! 自信満々?」
「そうじゃない。まあ、受かった気もしないんだけど、すごくうれしいというか、やってよかったというか」
私はこれ以上も、これ以下もない。すべてやりきって、深く満足していた。

帰りの電車では、疲れたみたいで、レイも私もぐっすり眠った。
それから、もともと志望していた私立大学、国立大学は前期、後期試験まで、私の受験は続いた。

そうして四月。

E判定だった私は、大学生になっていた。

もともと志望していた国文科は、私立も国公立も全滅だった。まあ、当たり前か。
けれど、好きだった国語の力が、思いもよらない美術大学の試験に生かされることになった。

それから「絵の描けない」美大生になった私は、レイをはじめとした「絵の描ける」同級生に劣等感を抱くことになって、悩みが絶えない大学生活を送るのだった。そして悩むたびに、あの時、国文科に進学できていたら、今ごろどうなっていたのだろうかと、くよくよ、くよくよ考えるのだ。担任のジュンコちゃんが言っていた通り、「希望と全然違う道」に進んだ私は、とてもとても苦労するのだ。

けれど、振り返ると、何もかもが愛おしい。

それは、確実に、この時から、私のそれまでとはぜんぜん違う、新しい道がひらけたからだ。新しい世界が広がったからだ。新しい時間が動き出したからだ。新しい視点ができて、新しい価値を知って、新しい自分が生まれたからだ。

「そっちもいいけど、こっちもいいかもよ」

ずっとずっと後になってから気づく。
人生のわかれ道には、そんな声をかけてくれる神さまがいる。

私はそんな声に導かれて、分かれた道を選び、曲がり角を曲がってきたように思う。一つの夢を貫くようなまっすぐな道を歩いてはこなかったけれど、聞こえる声に導かれるまま、歩く人生も悪くないと今は思える。
それは私にとって、ある意味、「E判定からの逆転」だった、と言ってもいいかもしれない。

だからつまずいたなら、まわりをよく見よう。耳をすまそう。

新しい道をひらいてくれる声の主は、公園のシカの背中に乗った、友人の姿をして現れる、こともあるのだから。

***

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