メディアグランプリ

上まぶたの母、下まぶたの子ども


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:廣升敦子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「うゲッ、ものすごくブサイク!!」
朝8時50分、鏡に写る私は、形の崩れた仁王像だ。目を見開き、口はへの字。ぐいっと歯を食いしばって、肩まで力んでる。
 
一方、リビングでは、息子が「ドラえもん」のアニメを凝視している。20分前に用意したトーストは、すっかり冷えてカチコチだ。
 
あと10分。あと9分、あと8分……。
息子を保育園に預けないと、仕事に間に合わない。
 
「早くしてよ」
「ちゃんとしてよっ」
「いつも、いい加減にしてよ!!」
 
挙げ句の果てには、
「おばけに連れてってもらうわ」
タブレットの電源をブチっとオフ。
力を込めて、ドアをバタン!
 
ご飯を食べる手が止まったままの息子に、どぎつい言葉を浴びせ終わると、いつも自己嫌悪に陥る。そして、鏡に映ったやるせない表情に、愕然とする。
 
毎朝、後悔するのだ。
「優しい母親でいたいのに……」
 
ぎゅっと目をつむり、3年前を思う。
息子を産むまでは、私もバカボンのママみたいになれると思っていた。
 
良妻賢母でいつも温和。キラキラした瞳でエプロン姿がよく似合う。そんな穏やかな母親のもとで、バカボンとバカボンのパパはいつも上機嫌だ。そして、家族全員が全員、自己肯定感が高い。そのことは、バカボンのパパの名ゼリフに、よく表れている。
「これでいいのだ!」
 
一方、我が家は、というと……。日々、レベルの低い闘争が繰り広げられ、そして、息子のギャン泣きで試合終了。
 
トラブルのもとは、いつも本当にささいなことなのだ。
「上の歯をみがくから、イーってして」
「手を洗いなさい」
「いつまでもアニメを見てるんじゃない」
 
思い描いていた子育てができてない。
 
そんななか、行き詰まりを感じて「ポジティブ・ディシプリンのすすめ」(ジョーン・E・デュラント)を読んだ。
ディシプリンとは、「しつけ」のこと。
ポジティブなしつけについて、自分なりの解を見つけるというのが、この本の目的だ。
 
ページを開くと、こんな一文があった。
「長期目標を決めることが大事」と。
 
息子が20歳になった時、どんな人になっていてほしいか。
親である私との関係はどうあってほしいか。
 
えっと……。成人になった息子を想像した。
そうそう。
自分の心に聞いて、ペンを走らせた。
 
「心身ともに健康で、自分の気持ちをきちんと伝えられる人」
 
そして、
「私と会うのを楽しみにしてくれる人」
 
自分で掲げたその計画を見て、頭をもたげた。
その目標を実現するために、私は毎日毎日、仁王像のようにギラリと睨みつけ、息子を叱っているのか。「ちゃんと」「早く」という言葉は、きちんと息子に伝わってるのか。
 
残念ながら、長期目標とは真逆の方向にエネルギーを費やしている。
私は、日々、息子の気持ちを聞かず、私と会うのをためらうような言動ばかり浴びせていたのだ。
これって、好きな人に「キライ、キライ」と言うことと一緒。
本当は、自分のことを好きになってほしいのに。
 
一呼吸置くと、息子から離れてみた。
30センチ、1メートル、2メートルと。
その姿を遠目に見てみた。
 
小さな背中は、リビングで、声をあげて笑ってる。
ケラケラ、ケラケラ。ふふふ。
そして、台所から息子にこう尋ねた。
「なんで、ドラえもん観たいの?」
 
「だって、おもしろいでしょ」
息子が、満面の笑みでこちらを振り返る。
 
あ、この顔、見たことある!
えーっと、誰だっけ、誰だっけ?
 
そうだ、目の前で笑っている息子は、30年前の私そのものだ。
 
親の言うことそっちのけ。漫画に夢中だった。
ドラえもんやパーマン、あさりちゃん……。
それらは、かつての私に、楽しみと希望を与えてくれた。
それなのに、今の私ときたら。息子の楽しみを怒鳴り声で奪ってしまってるのだ。忙しさを理由に、ちんと説明もせずに。
 
言葉足らずで、ごめん……。
息子に、懺悔する気持ちが芽生えた。
 
そんなときに限ってだ。
 
プルル、プルル……。
電話の着信音が鳴る。
 
「いま、何してるの?」
「仕事はどうなの?」
東北の田舎に住む母からだ。
 
「ウンウン、いま忙しいから」
「仕事は、まあ、頑張ってる」
なんとなく気持ちが忙しく、いつも返事はそっけない。
適当に返して、ゆっくり会話することをためらっていた。
そして、今の自分の姿に自信がないということもあってか、
今年の正月は、実家に帰らなかった……。
 
30年前。
母も私に願っていただろう。
「ずっと、私に会うことを楽しみにしてほしい」と。
 
そうだ。
母を喜ばせたくて、たくさんの本を読み、大学に進学するために上京した。そして、孫の顔を時々見せに帰郷しつづけていた。
 
それなのに、今や、自分のせわしなさを最優先に、息子も母もコントロールしようとしていたのだ。
 
そのことに気づいた瞬間、床にへたり込んだ。
ふぅー。
まるで、風船がしぼむように。
シュルシュルと。
 
そして、廊下の片隅で目をつむった。
 
母は、上のまぶた。
子は、下のまぶた。
 
くっつくと、前が見えなくなる。
そして、離れると遠くまでよく見える。
 
迷ったときこそ、少し子どもから離れてみよう。
そうしたら、未来が見えてくる。
子どもと私にとって一番大事なことが見えてくる。
 
「今度、3人で宮城に帰るね」
母にメールを返信すると、息子の隣に座った。
 
「ねぇ、何見てるの?」
「ドラえもん!」
「そっかぁ。面白いよねぇ。ね、ママはさ、いま、どこでもドアがほしいんだ!」

 
***

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2018-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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