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人見知りの人がこっそり隠しているヒミツ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:遠山 涼(ライティング・ゼミ書塾)
 
 
普段、人にあまり言わないようにしていることがある。
休日は誰にも会わず一人で行動し、なるべくなら人に接しないでいる方が楽。そんな私の性格を知っている知人たちには、それを言っても、きっと信じてもらえないだろう。
それに、そのことをそのまま言葉にすれば、きっと気味悪がられるから秘密にしている。
ふだん思っていたとしても、それを口に出してはっきり言う人はめったにいない。
しかし私は、そのヒミツのせいで、根っからの人見知りになってしまった。
 
初対面の人と話すとき、私は普段の私ではなくなる。
まず声がいつもと違う。どこか詰まったような声音になり、少し不明瞭で、聞き取りづらくなる。
何を話せばいいか分からなくもなり、必死に頭で考えて絞り出した話題にも自信が無いので、のどが声を発するのを躊躇する。それがはっきりと自覚できてしまうと、さらに私は追い詰められるような気持ちになって焦る。緊張感はますます高まり、やがて私は何も話せなくなり、黙ってしまう。会話は途切れ、話題は何も出てこず、嫌な空気だけが残される。
 
そのような窮地は、これまで何度も味わってきた。
少しずつではあるが、初対面の人との会話にも慣れてはきたが、精神的な負担というか、そこで感じるストレスはやはり変わらない。正直言って、つらい。なるべくなら、そういう機会は回避して、初対面の人と話さなくて済むのならそうしたい。
 
そんな私とは対照的に、初対面でもすぐに打ち解けられる人もいる。
関西出身の同僚は、誰とでもすぐに距離を縮められるので、私はいつも感心させられる。
彼は言葉に詰まったり、声音が変わったりすることはない。むしろいつもよりも口数多く、なめらかに次々と言葉が出てくる。ほどよいペースで話題が途切れず、お互いのことを知ることができる。
 
そういう時の彼の会話を聞いてると、たまにドキッとすることがある。
彼がいつものように初対面の相手と会話をしていると、たまに相手にとって失礼にあたりそうな質問をすることがある。
女性に対して面と向かってはっきりと年齢を聞いたり、髪の薄い男性にどうやって髪を切っているか尋ねたりする。そんな彼の質問を傍で聞いていると、私はとても居心地の悪い気分になり、彼の代わりに謝りたいという思いにすらなるのだが、意外にも相手が起こったり嫌な顔をすることは、今までに一度も無い。
 
そんな質問を聞いた後、彼に言ってみた。
「お前、よくあんな直球の質問できるな」
彼は平然とした顔で返事をする。
「そうかな? 別にあれくらい、何とも思わんやろ」
あまりにも当然のことのように彼は言ったのだが、私にはどうしてもそうは思えなかった。
「でもさ、結構際どい質問だったし、もしかしたらちょっと怒ってたかもよ」
「別にええやん。そんなん気にしとったら、会話なんてできひん」
私が初対面の人とうまく会話できないのは、そのせいなのかもしれない。
 
彼の言葉を全面的に信じるなら、私は必要以上に気にし過ぎているのかもしれない。
こんなことを言ったら失礼かな……とか、こんな話題、興味ないだろうな……など、私はそんな不安で頭がいっぱいになり、そもそも会話に集中できていなかったような気がする。
相手のことを思うからこそ、そういった不安は生まれるのだが、その不安に囚われてしまってはいけないということなのだろう。
私は相手への失礼や気遣いを気にし過ぎてしまい、自分自身を縛っているようなものだった。
 
でも、私は何故そこまで気にし過ぎてしまうのか?
その理由は、はっきりとしない。
少し考えれば色んな説を立てることはできるが、コレだ! と言い切れるような確信のある答えは出すことができない。
しかし、その色々な説の中で、私はもしかたらコレじゃないかな……と思える説がある。
もしかすると私は、あらゆる人間のことが、好き過ぎるんじゃないだろうか?
私はひとまず、その説を信じることに決めた。
 
誰にでもきっと覚えがあるはずだ。
片思いの相手の前で緊張してしまって、うまく話せなかったこと。
目上の人に礼儀正しく振舞おうとするあまり、逆に粗相をしてしまったこと。
本当は大切にしたいと強く強く思っているのに、何故か深く傷つけてしまったこと。
少し残念ではあるが、何かを好き過ぎるということは、その何かを大切にできない可能性を秘めているように思う。
 
私のような人見知りをする人間は、他人との接触を避けるように行動してしまう。
すると、その様子を見た人は、私が他人との接触を嫌っているように思うはずだ。
しかし、そうではないのだ。好き過ぎて嫌いなのだ。ややこしいけど、それが真実であるように私には思える。
 
それなら、人見知りを克服するには、相手のことを少しだけ嫌いにならないといけないのだろうか?
それも一つの手段だとは思うが、せっかくなら、もっと前向きに考えたい。
本当に人間が好きだというのなら、相手の立場に立って、相手のためになる会話をすればいい。
当然それも簡単なことではないので、また気にし過ぎてしまって、うまく会話ができないかもしれない。
でも、その理由に気付いていさえすれば、もう避けることはやめようと思えるはずだ。うまくいかない会話も、乗り越えようという勇気が湧いてくる。
 
あえて普段は言わないようにしているが、心の中で私は思っている。
私は人間を好き過ぎる。
 
 
***

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2018-02-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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