メディアグランプリ

見えなかった富士山


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記事:小川栞璃(ライティング・ゼミ平日コース)

 

それは、母が30年越しに初めて見る富士山の姿だった。

 

「全然変わっちゃって面影もないねえ……」

その日、電車を降りて改札を出た母の第一声だ。30数年も経てば、すっかり様変わりしていて当然だろう。目の前に広がるのは、ファーストフード店や居酒屋、インターネットネットカフェの看板が目に付く、日本のどこにでもあるような、地方の駅前の風景だ。

 

JR東海道線沼津駅。

沼津市は、県立学校の教員をしていた父の転勤に伴って、私が生後数か月から4歳までになるまでの数年間を家族と暮らした街である。近くで用事ができたついでに、当時住んでいた場所を久しぶりに訪ねてみようというのが、この日の私たちの目的だった。

 

実家のある静岡県西部から沼津までは、在来線と新幹線とを乗り継いで約1時間半はかかる。県庁所在地である静岡市のある中部エリアを間に挟んで、愛知寄りの西部エリアと神奈川・東京寄りの東部エリアとでは通勤圏や経済圏も異なっていて、日ごろ訪れる機会はほとんどない

母と一緒に沼津を訪ねるのは、私の幼稚園入園直前に再び父の転勤が決まり、今の実家のある場所に一家で引っ越してから初めてのことだ。

こだま号の車内で合流し、東へと向かいながら、私も母もちょっとした探検気分だった。

 

沼津市住吉町というのが、当時住んでいた自宅のあった町の名前である。母は、幼かった私が迷子になったときに備えて自宅の住所を暗唱させていたらしい。

「ぬまぢゅししゅみよっちょ」

今でも沼津に住んでいたころの話が出るたびに、母は、まだ口の回らない私の口調を真似ては懐かしがる。

スマートフォンの地図アプリを頼りに、私たちは住吉町方面へ向かった。

 

駅からの道すがら、母の思い出話に花が咲く。

最初に仮住まいしていたアパート、自宅の裏から見えた香貫山、私を乳母車に乗せて行ったという映画館やスーパーマーケット。目に映る風景は一変したはずなのに、場所が鍵となって、母の中の記憶の蓋が次々に開かれて行くようだ。

 

15分ほど歩いてたどり着いた住吉町の様子も、駅前と同様に当時とはずいぶん変わっているようだった。区画整理までが行われた様子はないものの、見るからに新しそうな家が多い。

「全然わかんないなあ」

母は極度の方向音痴でもある。

 

住宅地の中をうろうろと、怪しげなふたりが歩く。すべては母の記憶頼みだ。

そのうち、立派な幼稚園の建物が目に入った。

「あ、マリア幼稚園」

母の思い出話に度々登場したことのある聖マリア幼稚園は、父の転勤がなければ、4歳の春から通う予定になっていた幼稚園だという。おお、これが! 何度も聞かされていたせいか、一度も通ったことはないはずなのにどこか懐かしいような気がしてくる。

「そうそう、幼稚園の向こうに、Eちゃんのお家があって……」

母の記憶が徐々にくっきりしてきたらしい。

「双子ちゃんのいるお母さんが、毎日朝から遊びに来てねえ」

物心つく前だった私に当時の記憶はほとんどない。けれど、若かりし日の母と小さな私も、こうして同じ場所を二人で歩いていたのだと思うと、その姿がぼんやりと重なり合って見えてくるような、なんだか不思議な気分だ。

 

「H医院だ」

夏に庭でセミ捕りをしたというH医院は、誰かが跡を継いだのだろう、今も同じ名前で診療を続けていた。「H醫院」と旧字体で書かれた古めかしい門扉や診療所脇の自宅建物は当時から変わらない様子に見える。ここでセミ捕りなんて、他人の家の庭に忍び込んだようにしか思えないのだが、今よりプライバシーというものに世の中が寛容だったに違いない。大きく伸びた槇の木は、優に樹齢半世紀を超えるだろう。

――ご無沙汰しています、おかげさまで元気にやってます。

二階建ての屋根まで届きそうな高さに育った木に心の中であいさつする。

 

H医院から記憶をたどって、母がようやく自宅のあった場所を探し当てた。

Sさんという一家が住んでいたと聞いていた隣家の表札に、今も「S」とあるからここで間違いなさそうだ。社宅だった自宅の建物は既に建て替えられて久しいようだ。品のいい和風家屋は、今は空き家になっていた。

「お隣のSさんちのお姉ちゃんがいつも遊んでくれたんだよ」

「そこの借家に住んでいた子供のいないご夫婦の奥さんがあなたをとてもかわいがってくれて」

あのころからずっとここで暮らしを営んできた人、今はこの場所を離れて暮らしている人、おそらく今はもうこの世にいない人、この場所で交錯したいくつもの人生があったこと。

 

最後にたどり着いたのは、公園代わりによく子供たちが遊んでいたという小さな神社。今は人気もなくひっそりとした名もない神社の祠に母と二人で手を合わせた。

「よし、帰ろっか」

 

夕暮れの中、並んで駅までの道を歩く。ふと正面に目をやると、愛鷹山越しに雪化粧をした大きな富士山が見えた。

「お母さん、富士山」

「わあ、みえるんだ」

母が歓声をあげる。3年も住んでいたのに、ここから富士山が見えることに全く気付いていなかったという。幼い私と弟を抱えて、父のほかに子育てを頼れる親族が身近にいたわけでもなく、きっといつも必死だったんだろう。富士山の姿が目に入るほど、目線をあげている余裕なんてなかったに違いない。

 

「ねえ、そこに立って」

今では母のほうがが私を見上げる身長差だ。

ささやかな探検の終わりに、富士山と母のツーショットをスマートフォンのカメラに収めた。

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2018-02-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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