メディアグランプリ

母親、2歳になる


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:よめぞう(ライティング・ゼミ特講)

 
 
「はい、これあげる。少し早いけど、チビの誕生日プレゼントね」
 
実家に帰ると、母が綺麗に包装された箱をくれた。
 
「わ! ありがとう。今、開けても良い?」
 
母は笑顔でウン、ウンと頷いた。早く中身が見たくて、私は包装紙を剥がした。
ビリビリと音がすると、娘が駆け寄って来た。家で、いらなくなったチラシをビリビリと破るので、きっと自分もビリビリさせてもらえると思ったんだろう。
 
「今日はビリビリじゃなくて、こっちでーす」
 
娘の前に、包装が剥がれた箱を差し出した。娘は見慣れない箱を眼の前にして、不思議そうに首を傾げた。
 
「ママ、これミーする?」
 
「うん、ミーしていいよ。自分でやってごらん」
 
2才になろうとしている娘は、なんでも自分でやってみたいお年頃。どこで覚えたのか、自分でしたいという意思表示の時は「ミーする」と言うようになった。
ビビリの娘は、恐る恐る箱に手をやった。それからゆっくりと箱のフタを上に持ち上げた。
 
「わあ、よかねぇ! かわいい洋服がいっぱいやん」
 
「お誕生日、おめでとうねー!」
娘は、照れ臭そうにモジモジしていた。小さいながらも、自分へのプレゼントだということを理解しているらしい。まだ、生まれて2年しかたってないのにすごいや。つい、この間産んだような気がしたのに……もう2年。時間が経つのは本当に早い。出産予定日の1日後、夜中にジワジワと陣痛が始まった。腰を無理やり左右に引き裂かれそうな痛みに苦しくなって、夜中に病院に駆け込んだ。けれども、子宮口は全く開いていないし、陣痛の間隔もまちまちだった。5分間隔にならないとどうしようもないとのことで、泣く泣く帰宅した。隣で寝ている旦那の手をぎゅっと握りしめながら、不定期に訪れる激痛と、本当に私に子供が産めるんだろうかという恐怖で一睡もできないまま朝を迎えた。検診の予定もあり、病院へ朝早く向かう頃になってようやく「本当の陣痛」がやって来た。夜中のそれは、本格的にやってくる陣痛に向けてのデモンストレーションでしかなかっった。鼻からスイカを出したほうがずっと楽だよ、バカヤロウ! 上半身と下半身を引き千切られそうな激痛に何度も苦しめられた。微弱陣痛でなかなか子宮口が開いてくれず、結局分娩台で「踏ん張って!」と言われる頃には外はすっかり暗くなっていた。一睡もできないまま長時間の陣痛で、身体も心もボロボロになりながらも、なんとか21時ジャスト、元気な産声が分娩室に広がった。
 
あれから2年、よくわからないなりに子育てよくやって来たと本当に思う。特に1歳になってからの1年は本当にあっという間だった。職場に復帰する。業務内容が変わったので、言ってしまえば初めての仕事、初めての異動だった。娘にしてみれば、24時間「当たり前」に一緒にいた「おっぱいをくれる人」が突然長時間いなくなる。初めての保育園、初めてのお友達、1歳にして初めての集団生活をすることになったのだ。初めこそ不安はあったけれど、娘と私、お互いにとっては良い1年だった。風邪はひいても、それ以外に大きい病気にかかることがなかったので、私は安心して仕事に専念できた。覚悟していた「子供の病気で休む」回数も、思っていたよりはずっとずっと少ない頻度だったのでとても助かった。おまけに割と意思疎通が取れていたので、話せばこちらのことをよく理解してくれた。もちろん、子育ては楽なものでは決してないけれど、少しずつ「余裕」が出て来たような手応えも感じて来ていた。
 
「1歳の時と比べてだいぶ楽になって来たんやないと?」
 
母が私の方を見て言った。多くは語らないけれど、母はずっと私のことを心配してくれていた。私が元々そんなに子供が好きではない方だったし、仕事は続けたかったから、子供を作ることに消極的だった。子供を育てることに、全く自信がなかったし、不安しかなかった。「なんかあったらママたちもおるんやから、大丈夫やけん」と母は常に助けてくれた。正直、親の助けがあったからなんとか頑張れたようなもんだ。
 
「あ、うん……確かにだいぶ楽やね。大変やけど、楽しいかな」
 
私がそう言い終わるか否や、母が私をいきなりぎゅうっと抱きしめた。
 
「え? え?」
 
「1年間、よく頑張りました」
 
「え? あ、あ……」
 
「本当によく頑張ったね、あんたが一番よく頑張った!」
 
私を抱きしめたまま、母は私の頭をワシワシっとなでた。少し、声が震えていた。
私は、突然のことで何が何だかわからず、目をパチクリさせていた。
事態が飲み込めて来て、喉の奥が熱くなるのを感じた。涙がこみ上げて来そうだったけれど、ぐっと我慢した。顔にこそ出さなかったけれど、本当はめちゃくちゃ嬉しくてたまらなかった。子育てに正解はない。だから、いつも不安で仕方がなかった。どういう言い方をしたらいいんだろうか? どういう食事がいいんだろうか? どうしたら、どうしたら……! 元々子供が好きじゃなかったから、子供にどう接したらわからなかった。周りの友達みたいにインスタ映えするご飯は作りきれない。仕事をする道を選んだせいで、寂しい思いをさせている。フェイスブックや、インスタでレベルの高い子育てをしているママ友を見ながら、いつも後ろめたさを感じていた。それでも「自分なり」に考えて娘と接して来たつもりだった。ただ、いつも「これで本当にいいのかな?」という不安は拭いきれないでいた。だから、母の「頑張ったね」という言葉は私にとって、とても重みのある言葉だった。
「大丈夫、間違ってないよ。これからも、自分を信じて頑張りんしゃい」と、母から背中を押されたような気がした。娘が2歳になり、私も母親になって2年が経った。娘と同じ、私も母親2年目だ。まだまだわからないことがあって当たり前だ。娘と私、まだまだ分からないもの同士、ゆっくりやって行こうと思う。
娘が20歳になった時、一緒に飲みに行くのが私の夢だ。その日を楽しく迎えることができるように、子供の行く先を明るく照らしてあげられるような優しい月のような人に、私はなりたい。
 
 
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2018-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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