プロフェッショナル・ゼミ

努力って、なんすか?《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ノリ(プロフェッショナル・ゼミ)

「ライター募集! 未経験者でも歓迎!!」

グラフィックデザイナーになる。

デザイン系の大学を卒業した私は、その夢を叶えられないままアルバイトに明け暮れる日々を送っていた。アルバイトをしながら、少しでも夢に近づく仕事を探していた。もう日課のようになっている求人情報をチェックしていると、思いがけない一文に目が止まった。

「ライターか。……これかもしれない」
希望していたデザイナーとは全然違う仕事。
けれど、高校生の頃から憧れていた仕事。自分の気持ちに従って応募すると、あっという間に採用された。

「ほんとに未経験でよかったんだ……」
まさかとは思っていたけれど、感動した。
グラフィックデザイナーの求人では、「未経験歓迎」と書かれていながら、一度も面接に呼ばれたことがなかったからだ。

「まあこれなら、ほんとに未経験でもいいのかもな……」
けれど感動は、入社してみてすぐ、こんな気持ちに変わった。

私がもぐりこんだのは、広告会社だった。
しかし、広告制作の現場で、ライターになれたわけではなかった。
会社の中に、大手求人広告会社からの下請けをしている部署があり、求人広告の専属ライターが私の仕事だった。

求人情報誌の誌面はフォーマットがきっちりと決められ、文字数も完全に決まっている。マニュアルがしっかりとあって、安心である反面、制限も多い。
さらに、求人広告を出す客先の会社へ取材に行くのは営業の仕事だった。担当営業が聞いてきたヒアリングから、細かく指示があって、それに従ってライティングをする。

それは、ライターというよりは、タイプライターに近いものがあった。
がっかりしていたのだ。

「あ、これ、違うわ」

三ヶ月を待たずに、私はそう思った。
そうなれば、ことは早い方がいい。自分のためにも、会社のためにも、いち早く辞めた方がいいだろう。

そうは思ったけれど、まだ半年も経っていない。この仕事を続けながら、自分のやりたいコピーライターの勉強をする方法はないだろうかと考えた。

私の住んでいた仙台には、コピーライターの学校がなかった。
そこで、毎週土曜日に講義がある、東京のコピーライター講座に申し込んだ。
幸い、求人広告の部署は、締切りさえ守れば、ある程度融通の利く仕事だった。そして土曜日なら、入社したばかりの私でも、休みをやりくりすることができそうだった。

新幹線なら、土曜日の昼からの講義は余裕で通える。けれど、少しでも電車代を節約したい自分は、夜行バスで通うことにした。

金曜の夜、仕事を早々に終えて家に帰り、夕飯を食べ、お風呂に入って、それから終電近くの夜行バスに乗り、朝の六時頃に東京駅に着く。
そのままファミレスに入り、講義の時間まで課題をこなした。

「私は才能があるはずだ」
「昔、国語が得意だったから」
「作文で賞をとったことがある」
「学生のとき、文章をほめられたし」
書くことへ憧れはあったものの、大学で学んだのはデザインのこと。
「ライター」という肩書きが入った名刺を持つことができたけれど、求人広告を書くようになって三ヶ月も経っていない。
私は、まったくの未経験だったものの、根拠のない自信があった。

けれど、講座に通うにつれて、自分の中のつまらないプライドが、ドーンドーンと音を立てて、片っぱしからぶっ壊れていった。
それくらい講義は衝撃的だった。

毎回先生が変わるが、どの人も第一線で活躍するクリエーターばかりだった。
私が毎日書いている、手のひらに収まるような小さな求人広告の仕事とは、予算も規模も全然違う広告制作の話はどれも興味深かった。

受講生も、学生もいれば、主婦も、仕事をしながら来ている二十代や三十代もいる。広告業界の人もいれば、営業職から勉強に来ている人もいて、とても刺激になった。

毎週課題を提出して、次の週の講義に課題の講評が行われる。
初めは面白いくらいにボロボロだった評価が、だんだんとましになっていくと、素直にもっと頑張ろうと思えた。

毎日の求人広告の仕事はつまらなかったが、そのつまらなさがどうでもよくなるくらい、勉強していた。講義や課題だけでは物足りなくなり、本屋に行っては「コピーライティング」とか、「広告」とか「企画」とかがタイトルに入っている本を片っぱしから買って読んだ。
終わりごろには、100人はいる受講生の中で、10位以内に入ることもちらほら出てきた。そうこうするうちに、半年の講座は終わった。

「だめだ、全然足りない!」

お腹がすいているときに、空腹をおさえようと少しだけそこらへんにあるせんべいなんかをつまむと、胃が活動モードに入ってしまい、少しではすまなくなって、本格的に食事をしなければならなくなることがある。
そのときの私もまさに、そんな感じだった。
ほんの少し勉強しただけでは、全然足りない。
もっともっと、専門的に学びたいと、さらに三ヶ月、専門コースに申し込んでいた。

今度の先生は大手広告代理店のベテランコピーライターだった。
課題はもっと高度に、さらに実践的になった。
毎週、胃がキリキリした。課題を考えるのに、頭をガリガリとかく癖ができた。授業のギリギリまで、電車の中で課題を書いていた。
それでも、ほめられるとうれしかった。そして少しずつ、自分が「書ける」という感覚がわかってきた。

「コピーの学校通ってるんでしょ? 偉いよね」
そんなある日、会社の先輩から声をかけられた。
「エライ? ですか?」
「すごいよ! 努力してるんだねえ」
「え? ドリョク? ですか?」
思ってもみなかった。
先輩は、私が努力しているのをみんなに見せたいだとか、若いのに珍しいだとか、涙ぐましいだとか、褒めたたえてくれた。
そう言ってもらえるのはうれしかったが、正直、ピンとこなかった。別に会社の人に褒められたくてやっていたわけでもなかった。

こういうのが、「努力」っていうんだ。
とても不思議な感覚だった。

「東京通ってがんばってんだって? 大丈夫か?」
今度は乗り合わせたエレベーターで、専務から声をかけられる。
「え? なにが大丈夫ですか?」
「まあ、交通費とか、体とか、大変だろ?」
「……ええ、まあ大変っていうか、まあ、大丈夫ですが……」
またまたびっくりした。

私は大変を押して押して、学校へ通っているような話になっているらしい。
大丈夫? なんて、心配されるような状況らしい。

もちろん、節約のためとはいえ、夜行バスでの東京行きは、安さを差し引いても、けっして楽ではない。課題の辛さはもう、仕事以上だ。専門コースに入ってからは、さらに緊張が高まって、寿命が数年縮んでいると思う。ある程度融通が利くとはいっても、仕事をしながらの勉強で、寝不足が普通になっている。

けれど、そんな大変さも含めて、私は、楽しんでいただけだった。

やってみたいんだもん。
ちょっとやり出したら、もっとやってみたくなったんだもん。
やってやっているうちに、どんどん勉強したいことがでてくるんだもん。
純粋にそんな気持ちだった。

仕事に生かせるかもしれない。
今のつまらない仕事を、面白くできるかもしれない。
給料が上がるかもしれない。
コピーライターとして活躍できるかもしれない。
もちろん学校に通うことで、何かしら道は開けるだろうとは思った。
けれど、私には、そんな計算をしてる余裕はなかった。
目の前にある課題が辛いながらも、楽しくてしょうがなかった。

「自分では努力してるとは思ってないんですけどね」
「またまたー! 努力家だよー! 偉いと思うよ」
そんな風に言うと、先輩はまた、私を持ち上げてしまう。
けれど正直に、私には「努力」をしている、という意識はなかった。
人よりもスタートが遅れているから頑張ろうとは思ったかもしれない。

けれど、そこから先は、「もっとやりたい!」そんな気持ちだけだった。

もしかすると「努力」って、自分からしようとして、するものではないのかもしれない。
人から見て、「ああ、努力しているなあ」と思われることが、「努力」なのかもしれない。
「努力」、なんて言葉がどこかへ消えてしまうほど、努力している状態になったときに、はたから見て、「努力」しているように見えるのかもしれない。

「ねえねえ、どこに行くの?」
「私は毎年、東口の公園」
「いろんな種類があっていいよね。うちはお城が多いかな」
「もう今週行かないと、来週はないよね?」
「来週末は散ってるだろうね」
「無理してでも今週だね」
「でも雨降るって言ってなかったっけ?」
「天気予報で言ってた! それに寒いらしい」
「ダウン着て行った方がいいかなあ」

私が住む宮城県では、今、桜が満開だ。
ここ数日職場では、お花見のことばかり話している。

満開になった桜は、散るのも早い。
月曜から金曜で働くなら、お花見に適した週末は「ここ!」という一回きりだ。天気もあるし、2週連続で花見ができたら、今年はついてる! てな感覚だろう。

「お花見、どこか、行かれるんですか?」
普段は天気の話くらしか話題がない人にも、この季節ならお花見の話ができる。それくらい、桜の話題は誰にでも通用するし、近所の桜の名所は、レジャースポットなんかよりもずっと、地域の人になじみのある場所になっている。

それほど愛されながらも、桜は全然、人に媚びることはない。
これまで何回も桜の咲くのを見たけれど、1度たりとて、こちらの都合に合わせてくれたことなんかない。
手前勝手に咲いて、勝手に散っていく。

桜には、2月1日からの最高気温を足して、600度に達したら開花する、という開花の予測方法があるそうだ。
その説にのっかるならば、今年も1日1日気温を積み重ねて、ある地点を超えたから咲いた、それだけのことなのだろう。
桜は桜の時間を生きている、それだけだ。

毎日桜の話をしながら、私は、昔、感じた不思議な感覚を、思い出していた。
ただただ、自分の「やりたい」に従って突き進む。
積み重ねてきたのは確かだけれど、「努力」した意識なんてなかった。
そうして私は、給料が少し上がって、仕事が面白くなって、コピーライターになったのだった。

また「やりたい」気持ちに動かされて、私が天狼院でライティングを勉強しはじめて、何度目かの春が来た。

今年一番の満開の桜の下に立つと、ちょうど一年前の自分が、今年の自分に問いかけてくる。

私の中にはまだ、純粋な「やりたい」気持ちはあるだろうか。
私は誰かに媚びていないだろうか。
努力していることを忘れるくらい、意識から消えてしまうくらい、ちゃんと日々を重ねているだろうか。書き続けているだろうか。

たくさんの花びらが、私の顔に舞い降りてくる。

努力、なんて、微塵も感じさせない桜は、今年も美しい。

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