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海の底まで落ちてしまいたいと思った日《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:べるる(プロフェッショナル・ゼミ)
* この話はフィクションです。

「セックスってどう思う?」
講義の間に雑談していたら、田中が急にそんなことを言い出した。
は? 急に何言ってんの? と思ってたら
「なぁ、牧野はどう思う?」
とあろうことか、私が指名された。人は質問されると考えるというのは本当で、私は10秒ぐらい田中を見ながら考え「……なくてもいいもの?」と答えた。
すると、そこにいた全員が「えーーーー、マジで?」と言ったのだ。

いやいや、それはこっちのセリフだけど。そこにいた20歳ぐらいの男4名女3名は、誰も私の意見に賛成してくれなかった。マジか。誰も「わかるー」って言ってくれないの?  みんなそんなにいいセックスしてるの? と言おうとしたら、田中が「俺の彼女が~」と自分のことを話し出した。
おい、田中。自分の話をしたいのなら、私に話を振るな!! 田中にムカムカしながら、田中の話を聞いていた。

「お前駅まで行く? 一緒行こうぜ」
講義が終わってから駅まで歩いていると、トオルが声をかけてきた。
トオルは、大学に入ってから出来た友達だ。チャそうで絶対に仲良くなれないと思っていたけれど、しゃべってみたら気があってよくしゃべっている。トオルには絶えず5人ぐらいの彼女みたいな子がいて、実際チャラかったのだけれど。

「お前、あの地味すぎる男とうまく行ってないの?」
……あぁ、あれか。さっきの発言を気にして心配してくれてるのか。トオルはこういう奴だ。マメで変化によく気が付く。今だって当たり前みたいに車道側をトオルが歩く。
「いや、特に。普通?」

私は今、その地味すぎる男と付き合っている。たぶん。
1年半ぐらい前に、急に同じサークルだったあいつに「好きなんですけど」って言われた。「マジないわ。絶対無理」と言って、私は同じサークルの先輩とかバイト仲間とか合コンで出会った人と、付き合ったり別れたりを繰り返していた。あんなにはっきり断ったのに、別れる度に「僕にしましょう」と言ってきた。けれど、全然相手にしてなかった。特に惹かれるものが一つもなかったし。

「なんだ、普通って? セックスなんてなくてもいいって言うから、また下らない男だったのかと思ってさー」と、トオルは言う。トオルは背が高くてやせてて、派手な髪型をしていて、おしゃれな服を着ている。
「私がいつも下らない男とばかり付き合ってるみたいじゃん」
「くだらねぇじゃん。お前、気付いてないの? 濡れすぎて入ってるか分かんないとか、女の子は動くなっていう男なんて、くだらねぇに決まってるじゃん」
「……そっちの話か。それじゃあ私がすげぇエロいみたいですけど」
「女の子のエロさも受け入れられないような男が、いい男な訳ないだろ」
……なるほど。そうだったのか。気付いてなかった。
「しかもお前のエロさなんて……」と、トオルは鼻で笑う。
くそぅ。お前に何がわかるって言いたいところだけれど、まぁ、そうなんだろう。トオルと私の経験値なんて、月とスッポンぐらい違うわけで。

「公園の中通って行こうぜ!」とトオルが言うので、大きな公園の中に入っていく。11月の5時過ぎ。辺りは薄暗くなっていて、公園にはほとんど人がいなかった。

くだらない男かぁ。確かに、何となく好きなんだろうという恋愛を、繰り返していた。好きなんてどんなのかよく分からなかった。今回だって、何人かと別れた後「もうそろそろ僕にしましょう」と言われて、なんとなく、もういいのかもと思ったので、少しだけ自分のスペースにあいつを入れてみた。それだけだ。

「あの時誰も私に同意してくれなかったけど、そんなにみんないいセックスしてるのかな? そんなにセックス好きなのかな?」
「そりゃ、そうじゃねぇの? 大体は好きでしょ。そんでそれなりにいいセックスしてるんじゃね?」
「ふーん。みんなそうなんだねぇ。羨ましいー」公園には落ち葉が沢山落ちていて、踏むとカサカサと音がした。

何でセックスするんだろう? って考えると、普通は愛とか欲望とか思うものなのかな。でも私には「興味」って言葉がぴったりくる。相手をもっと知りたいとか、セックスってどんなんだろう? っていう興味。そんなのに慣れてくると、どこかで聞いたことある「すんごい快楽」ってやつを知りたくて、何度も繰り返してきたんじゃないかと思う。
だけどねぇ。この先に「すんごい快楽」なんてある気が、少しもしないんだよね。それなのに、何で繰り返すんだろう?

「快楽を求めるのは、どっちかっていうと、女の方だって俺は思うんだよね。男はあんまり変わんないんだよ、最初から。でも、女は開発されてく感じがするんだよな」
ふーん、なるほど。トオルは修羅場ばっかりくぐってるので、色々分析する癖がある。常に何か頭を働かせて色々考えて計算している。
「だから、俺はあんまり本気出さない。もっとってなるから。で、たまに本気出す」
「ふーん。本気と手抜きか」「違う。バランス」とトオルは言う。求められすぎないように、調整するのか。そうやって楽しんでるのか、なるほどね。

「まぁ、特に何もないならいいわ。俺だってたまには、もうセックスしなくていいって思う時あるし」と言うので、思わず「えぇ、そんなことあるの?」と驚いた。「そりゃね。そういや俺さ、最近レミとは別れて、新しくあそこの女子大の子と知り合ったわけよ」トオルは速攻話を変えて、最近の恋愛事情についてしゃべりだした。深刻な話もどうでもいい話も、全部同じ温度でトオルは話す。
ふんふんと相槌を打ちながら、ぼんやりとその子についての話を聞きている時、私はふと、違和感を覚えた。

あれ……?

トオルの恋愛話を聞くのはいつものことだ。大体がしょうもないことなのだけれど、おもしろかったし、バカみたいだったし、一緒に笑ってた。
なのに、今、私とトオルの間には明らかに距離があった。トオルが遠い。

……私とトオルはもう同じ場所にいないんだ。

その時私は初めてそのことに気が付いた。

トオルと私は気が合う友達。お互い絶望的にタイプじゃないけど、気が合う。でも、私とトオルがしょっちゅう一緒にいたのは、気が合うだけじゃなかった。ろくでもない恋愛をしているという共通項があったからだったのだ。
トオルは、高校生の頃、好きだった彼女に二股掛けられて捨てられて以来、女の子とは遊びでしか付き合ってない。本気で誰かを好きでいる奴が本当は一番カッコいいと思いながらも、遊ぶ楽しさと気楽さから抜けられないのだ。そして私は、安っぽい恋愛を繰り返していた。私達は同じところにいたから、お互いがお互いに同情しながら、一緒にいたんだってことに、今更気が付く。

なのに、いつの間に、こんなに遠くに来てしまったのだろう。
もう私はトオルと同じところにはいなかった。

私の中にあいつがいるからだ。

そういえば、トオルと二人で喋るのは久しぶりだった。私の中で、あいつの占める割合が大きくなっていることに気が付いた。

あれ?
私の中であいつは、ただちょっと居場所をあげただけの存在ではなかったのだろうか? まぁいてもいいという気持ちしかなかったのではないだろうか?
それに、あいつは快楽を求めるセックスはしない。だから、「すんごい快楽」にはもうたどり着けないのだと、私は思ったのだ。快楽を求めないセックスに何の意味があるのだろう。だから、私はセックスなんてしなくていいと思った。

なのに、何で、こんなに、私の中にあいつがいるのだろう。

「あ、ブランコ」
トオルはそう言って、ブランコの方に歩いていく。いつの間にか話は終わっていた。
「あ、そういえばさ、思い出した。藤村さんて、いるじゃん」
「あぁ、うん?」
藤村さんは、38歳の主婦であり学生の人だ。18歳でこどもを生み、その子が高校生になったのをきっかけに大学受験を目指して勉強してきたという。でも、全然子どもいるように見えないんだよね。娘さんと服をシェアしてるって言ってたからか、ファッションセンスもあるし、全然太ってないし。
「藤村さんにセックスってどんなですか? って聞いたんだけどさ」
「は? 藤村さんにそんなこと聞いてるの?」
トオルの軽薄さに改めて驚く。普通そんなこと聞ける?
「藤村さんとはグループワーク一緒で、仲いいからさ。だって興味あるじゃん? 人妻のそういう話」
いや、まぁ、気にはなる。20年近く一緒にいる人ってどんな感じとは思うけど……なんか家族感がありすぎて全然想像つかないな。もう、そんなのないんじゃないの?

「”快楽なんてない”って言ってた。快楽なんてない。あるのは、海の底にいるような深い安心感だけ」

……あ。

「藤村さんは、そう言ってたんだよね。俺は全然意味わかんなかったけどさー」
トオルはそう言いながら、ブランコに足を掛けた。
「なんだこれ、すっげぇ小さい!」って言いながら、立ち漕ぎをし始める。

トオルの言葉は、私の心の底の方に大きく広がっている気持ちに、水滴みたいにポタリと落ちて、鮮やかに色をつけた。
今まで全然気が付かなかった。見えてはいたのかもしれない。でも、全然大したことない気持ちだと思って、きちんと見ることすらしなかった気持ちが、鮮明に浮かび上がった。

私はいつの間にか、あいつに落ちていた。

背景みたいに目立たないくせに、いつだって私に全力でぶつかってくる、めちゃくちゃ地味な男に、私はいつのまにか、すっかり落ちてしまっていたのだった。「べつにいてもいいよ」とだけ思っていたのに、全力で笑って怒ってくるあいつに落ちていたのだ。

快楽を求めないセックスは、ただ誠実で私を大事にしてくれるセックスだった。私は戸惑った。だって、快楽を求めないセックスに何の価値があるのだろう。快楽に対する興味以外でどんな風にセックスしたらいいのかわからなかった。
でもそれと同時に、一緒に二人で眠ることに、涙が出るほどの安心感があるということを、私は知ってしまった。それは、どんな快楽ももう要らないんじゃないかと思うほどだった。

セックスはなくてもいいもの、じゃなかった。安心感を求めてセックスしてもいいって、誰かに教えて欲しかった。快楽を求める刺激的なものじゃなくて、会話するみたいな何の刺激もないセックスでもいいのだと、自分の価値観を改めたかった。
ただ誠実に当たり前に繰り返してもいいんだと、誰かに教えて欲しかった。

落ちてしまったのならば、海の底まで落ちてしまいたい。快楽になんか辿り着かなくていい。でも、繰り返す度に安心感が深まるものならば、何度も繰り返したい。

私は自分の気持ちを肯定出来る言葉を、探していたんだ……。

「うわ、やっべぇ。ブランコ漕ぐのって、小学生以来?」
トオルはそう言いながら、ブランコを漕いでいる。

「お前には、響いたみたいだなー」と、ニヤニヤしながらそう言ってきた。
自分の気持ちを見透かされたようで、ちょっと恥ずかしいんですけどと思っていると
「あーあぁ。やっぱり愛だよなー。俺も真剣な恋愛がしたいわ」と言うので、噴出した。

「うわっ! どの口がそれ言う?」
「いやいや、マジで。愛があれば、快楽なんてちょっとでいいしさー。いらないとまでは言えないけども」
「はは。ちょっとはいるんだ」
「そりゃな。駆け引きとか打算とかも楽しいけどさ。全力で真剣ていうのが、やっぱりいいよな」
私は恋愛について真剣に話すトオルは知ってるけど、真剣な恋愛をしているトオルは見たことがない。
「でも、やっぱり怖ぇなー。真剣に誰かを好きになるって、めちゃめちゃ怖いわ」
なんとなくそれは、本心な気がした。あぁ、でもトオルはいつだって本音しか言わないな。
「トオルなら出来るわ」と言うと「すっげぇ薄っぺらい言葉だな」とトオルは笑った。

「さて、帰るか」
トオルは、ブランコから飛び降りる。

ふと気が付くと、真っ暗だった。澄んだ空に星が輝いていて、私たちの周りには真っ暗闇と冷たい風だけが流れていた。

海の底って、こんなに暗いのかな。海の底ってどんななのだろう。

空を見ても周りを見ても地面を見ても真っ暗で、月明かりと街灯の明かりだけが漏れていた。11月の冷たい風が、私達の間をすり抜ける。

……私はあいつに会いたくなった。
真っ暗な夜空を見上げながら、どうしようもなく、会いたくなった。
頼んでもないのに、いつだって近くにいたあいつに、会いたいと思うなんて。

でも。
そんな自分も悪くないのかもしれない、と私は思った。

***

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2018-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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