メディアグランプリ

わたし、8歳までいないことになってたんですよね


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記事:青木文子(ライティング・ゼミ特講)
※仮名です
 
 
「わたし、8歳までいないことになってたんですよね」
思わず身体を起こしかけたが、とどまった。私は、美容院のシャンプー台で頭をあずけて、椅子に横たわっていた。大抵のことには驚かないが、こんなことを突然言われたら思わず起き上がろうとしてしまう。
 
そんなセリフをなにげなく口にしたのは行きつけの美容室でいつも私のシャンプーをしてくれるアシスタントのAちゃんだ。
「だれよりも気持ちいいシャンプーしますから!」
「最高に気持ちいいマッサージしますからね!」
いつもにこにこして一生懸命。笑顔が素敵な女の子だ。
 
「いないってどういうこと?」
つとめて、静かな口調でそう聴いてみた。Aちゃんが児童養護施設の出身だということは、以前本人から聴いて知っていた。心の中でまだ、ドキドキと鼓動が打っている。
「親がわたしの出生届けをださなかったんですよね」
シャンプーの手を止めずにAちゃんはあっさりと言う。
 
そうか、無戸籍者だったんだ。心の中で思った。
無戸籍者という言葉をご存知だろうか。生まれた人間については必ず出生届を出して戸籍を作成することになっている。なにかの理由で親が戸籍の手続きしなかった場合、その子は無戸籍者になる。
多く私達は普通に戸籍を持っている。だから無戸籍者といってもピンと来ないかもしれない。私自身、正直に言えば司法書士の仕事をし始めるまで「無戸籍者」という言葉にピンと来ていなかった。
想像してみよう。無戸籍者になるとなにが起こるのか? いや、何が起こるのかではなく、無戸籍者には何も起こらないのだ。戸籍がつくられて初めて行政の中では人として存在する。それが存在しないために、赤ちゃんの予防接種のお知らせも届かない、小学校入学の案内も届かない、なにもかもの手続きの中でその人は居ない人として扱われてしまうのだ。
そして今の日本ではこの無戸籍者が1万人以上いると言われている。しかもこの1万人というのは、最低限、確実にそのぐらいはいる人数だと言われていて。実際にはもっと沢山の無戸籍者がいると考えられている。
 
「だから私、小学校にも最初行っていなくて。ずっと家でこき使われて手伝いをさせられていたんです」
「でも3年生の時に、そのことを別れたお父さん側のおばあちゃんが気づいてくれて」
「戸籍もできて学校に行けるようになったんです」
「それからようやく児童養護施設に入れたんです」
 
シャンプーが終わり、カットが終わり、今度はAちゃんが私の髪のブローをはじめた。あっけらかんと語るAちゃんの幼少時代をあなたは想像できるだろうか。私には想像できない中で生き抜いてきたということだけは間違いなくいうことができる。
 
彼女がなぜ突然そんなことを私に言ったのだろうか。
Aちゃんとは何度かお店に通う内におしゃべりをする間柄になっていた。私の職業や、個人的に取り組んでいることをAちゃんに話すようになった。私の仕事は司法書士だ。司法書士のプロボノ活動として毎年児童養護施設に法律教室に通うことの話をした時に、Aちゃんは自分も児童養護施設の出身だということを話してくれたのだった。
 
ちょうどこの日は、夏休みに児童養護施設で読書感想文教室をさせてもらった話をしていた。司法書士として通っていた児童養護施設で、司法書士の仕事とは別に子どもたちに夏休みの読書感想文教室をさせてもらったという話だ。
 
「私、文章書くことだけは好きだったんですよね」
 
手を動かして髪の毛をブローしながらAちゃんがいった。
鏡にうつるAちゃんをみた。Aちゃんはちょっと誇らしげにでもはにかんでいた。高校卒業の時に全国の作文コンクールで入選をもらったという。
 
「小学校にいってない時におばあちゃんが家まで来て。ひらがなを教えてくれたんです」
「本を買ってきてくれて。全部に手書きでひらがなで読み仮名をつけてくれて」
「だから本を読むことは好きになれたんですよ」
 
私はじっと聴いていた。Aちゃんにとって文章を書くこと、そしてそれを褒められたことは自分に丸をつけられる、大切な思い出なのだろうと思った。
 
突然、Aちゃんは手をとめた。そして鏡越しに私の目を真っ直ぐ見て言った。
「青木さんのその読書感想文教室、子どもたちにまたやってあげてくださいね」
 
しばらくして、また美容院にいくとAちゃんはもういなかった。お店の店長さんによれば、ある日とつぜんお店をやめてしまったという。Aちゃんがいまはどこで何をしているかわからない。
時折、Aちゃんのことを思い出す。
無戸籍ということも、過酷な子供時代をおくったということもそうだけれど、あの時私の目を真っ直ぐにみてAちゃんが言った言葉。
 
人は常になにかを表現している。それは言葉であったり、絵であったり、態度であったり、音楽であったりする。人は表現をすることで生きている。生きているということそのものが表現なのかもしれない。そして表現は、その表現をみてくれる人がいることでなりたつんだろう。
文章を書くことはAちゃんにとってはその表現だったのかもしれないと思った。Aちゃんはどこかでまた文章を書いているだろうか。文章でなくても良い。なにかを表現しているだろうか。そして願わくば、Aちゃんのまわりに、そのAちゃんが生きているという表現をみてくれる人がいて欲しいと切に思う。
 
 
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2018-05-03 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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