わかって欲しい、と思う相手の気持ちをわたしはわかろうとして来ただろうか。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:櫻井由美子(ライティング・ゼミ平日コース)
ダダダダダダダダーーーッ。
小走りで階段を降りていたはずが、気づいたら床の上にうつぶせで倒れていた。どこが痛いのかよくわからないけれどとにかく身体の左側が痛くて立ち上がれない。階段から落ちたということによる精神的なショックも大きく、たとえ立ち上がれたとしてもしばらくは立ち上がりたくない気分だった。
ピンポーンという玄関のチャイムを2階の寝室で聞いたわたしは、起きたての、寝ぼけたままの状態であわてて階段をかけおりようとした。
前日に不在で受け取れなかった宅配便の再配達を、翌日の午前中に依頼してあった。時間からしてもこのピンポーンはそれに違いないと思った。
自分から「この時間にお願いします」と再配達を依頼しておきながらまた受け取れないなんて配達してくれるお兄さんに申し訳ない! なんとしても受け取らなければ! という焦りから、気持ちだけが前に進み、肝心の身体は足がもつれ階段を転げ落ちていった。
ポトン、と音がした。郵便受けに不在通知が落ちた音だった。
2階で一緒に横になっていた2歳の娘も、わたしが転げ落ちた物音をききつけたのかトントントンとゆっくりと階段を降りてきた。うつぶせで倒れこむわたしの顔をのぞきこむ。
階段から落ちてしまったこと。おしりがいたいこと。ちょっと起き上がれそうにないということ。
どこまで理解出来るのかはわからないけれど、とにかく娘に伝えるしかなかった。
「おかーしゃん、いたいの?」
「かいだん、おっちゃったの?」
わたしの言葉を繰り返しながら、わたしのおしりをいいこいいこしてくれた。
娘の優しさに涙が出そうだった。
なんとか身体を起こし、立ち上がり、朝のルーティンにとりかかろうとして、ふと思った。
「わたしはどうだっただろう?」と。
わたしは母に対して、優しく出来ていただろうか?
わたしが幼かった頃をふり返ると、母はとにかく元気だった。もちろん今も元気なのだけれど、当時は今よりももっと元気で、風邪もひかず、ケガもなく、「結婚してから一度も風邪で寝込んだことがない」と豪語していた。そんな母だったから、わたしが母に対して優しさを発揮出来る場面は来なかった。
逆にわたしが風邪をひいて高熱を出しても「大丈夫大丈夫。それくらいで学校休んでどうするの! はやく行きなさい!」となかなか学校を休ませてもらえなかった。
「しんどいねー」
「熱がこんなにあったらつらいよね」
そんな風に、ただ共感して欲しかった。わかって欲しかった。そうしてもらえないことが悲しかった。
「大丈夫大丈夫」って、大丈夫かどうかなんてどうしてお母さんにわかるの! 大丈夫かどうかを決めるのはわたしなんだから! 風邪をひくたびに心の中で母に反発していた。
今自分が母になってみてわかることがいくつかある。
子どもが体調をくずすと自分の予定はことごとくキャンセルしなければならなくなる、ということ。
子どもだったわたしは母親としての母のことしか見えていなかったけれど、きっと母にも自分のやりたいことや自分の予定していたことがあっただろうということ。
母親はそう簡単に風邪で寝込めないということ。
結婚してから何十年も寝込むほどの風邪をひかなかった母は、それだけ体調管理に気を配っていたのだろうということ。
共感してもらいたかった。わかって欲しかった。わかってくれなかった。共感してくれなかった。
大人になってからもわたしは母に対してそんな自分の思いばかりを握りしめ、母の気持ちをわかろうとはしてこなかった。私が体調を崩すことで母がどんな気持ちでいるかなんて考えてもみなかった。
お母さんにもやりたいことがあったんだよね。
わたしが熱を出したから出来なくなって悲しいよね。
当時は子どもだったから自分のことしか考えられなかったけれど、今のわたしなら、当時の母にそんな風に声をかけてあげられるかもしれない。階段から転げ落ちたわたしにただ寄り添ってくれた娘のように、わたしも母に優しく出来るかもしれない。
そんなことを考えた。
夜になった。
お風呂に入ろうとして、ますますいたくなってくるおしりを見ておどろいた。直径15センチほどの、紫色のような、青黒いような大きなアザが出来ていた。
それを見た娘は、数秒黙り込んだ後、真剣な顔でこうつぶやいた。
「おかーしゃん……おしり……バイキンマンなの?」
わたしのおしりのアザは、まさにバイキンマンを彷彿とさせる色合いで、娘の言葉のチョイスに思わず笑ってしまった。
ユーモアを忘れないこと。娘からまたひとつ大切なことを教えてもらった。
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