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メディアグランプリ

超絶ブラック企業でまなんだ自分の人生の生きかた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:北村 有(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
5年間、葬儀屋に勤めていた。
新卒入社から27歳のころまで、しにかけながら仕事をした。いわゆるブラック企業というやつだった。
業種柄しかたないのだが、休日は月に3~4日あれば良いほうだ。それも、とつぜん変更になってしまうことが多いので予定がなかなか入れられない。
ひとは、いつ亡くなるかわからない。そのときはいつも唐突にやってくるのだ。
「14日間連続勤務がおわった! 明日やっと休みだぞ!」
そう勢いこんだ翌日の朝8時に着信を鳴らすスマホ。
「早朝に“下がった”、出られるか」
「はい」
起き上がって10分で着替えと最低限の化粧を済ませて出社する。こんなことは日常茶飯事だった。
ちなみに、“下がった”というのは業界用語で、「葬儀の依頼がはいった」という意。もっとつっこんだ言いかたをするならば、「亡くなられた故人を病院へ引き下げにうかがう」という意になる。
友人と食事の約束をしていても半分以上はドタキャンだ。入社前後で確実に8割前後は友人関係が破たんした。もともと少なかったのにも関わらず。
 
20代のいちばん良いときを水にじゃぶじゃぶと流しながら、わたしは、いつこの仕事を辞めてやろうかタイミングを図る日々を送っていた。
とてもじゃないが身体が保たない。遅かれ早かれ、わたしのほうがいつ柩に突っ込まれてもおかしくない。
とくに、夜中の電話当番がシンプルにこたえた。いつ電話が鳴っても良いように気を張っていなければならない。何度か、寝入っていて着信に気づくことができず、朝目覚めてから文字通り顔面蒼白になった。会社に行かないですむ方法がないものかと、あのときほど頭を巡らせたことはない。
そんなある日、事務所で待機していると、ひとりの男性が来訪した。
よたよた歩きの、白髪が見事なおじいちゃんだった。背中は少々まがっていたが、それでもスッと背は高い。往年はさぞハンサムだったんだろうと想像に難くなかった。
応対にでたわたしに、彼はいった。
「葬儀の依頼をしたいんです」
息も絶え絶えに、たしかにそう口にした。わたしはてっきり、このおじいちゃんの身内の誰かが病院で息絶えて、直接しらせにここまで来たのだと勘違いをしてしまった。
「ご依頼ですね、場所はどこですか」
「いえいえ、あのね、ぼくの」
「はい?」
「ぼくの葬儀の依頼を、相談したいんですよ」
そう言って、おじいちゃんは半ばつらそうに、よいしょ、とちかくにあったソファに腰をかけた。杖こそつかっていないものの、足つきは覚束なく、はなす息も途切れがちだ。呼吸をととのえながら、彼は一言ずつ、じぶんは末期のガンを患っており、もう先が長くないこと、お坊さんなどは呼ばずに、じぶんの思う理想の葬儀をしてほしいこと、その打ち合わせのために今日はここへ来たのだと、そんなことを語ってくれた。
正直いって、わたしは尻込みした。
ある程度の経験を積んできてはいたが、未来の故人となる本人から依頼を受けるケースははじめてである。わたしが最初に対応したからには最後まで責任をもってやり遂げなければならない、その責任のおもさを感じて、はやくも押しつぶされそうだった。
「わかりました」
だが、わたしの得意技は、はったりだ。
「任せてください」
わたしの虚勢をきいて、にっこりと笑ってくれたおじいちゃんの顔が、いまだに忘れられない。
 
それから、何日間にもわたって打ち合わせは繰りかえされた。
彼が望んだのは『音楽葬』。
ピアノやバイオリンの生演奏とともに、家族との思い出の写真をスクリーンに映して故人を尊ぶもの。
じぶんの葬儀についての理想がここまで細やかに描けるひとを、わたしは後にも先にも、このおじいちゃんしか知らない。
「出棺のときは、この音楽をながしてください。家族と、生前お世話になった数人ほどを呼んで、手のひらサイズのメッセージカードにじぶんへの言葉を書き込んでもらい、それを、一輪のバラとともに手向けてほしい。じぶんはあの世でゆっくりとそれを読むから」
従来の葬儀イメージとはかけ離れた、立食パーティ形式にしたい、という要望も、わたしたちはなるべく叶えられるよう、まさに東奔西走した。
 
打ち合わせや準備がととのう前に逝ってしまうのでは、と冗談でなくわたしは肝を冷やしたものだが、彼はきちんとすべてが揃うのを待ってから息をひきとった。
穏やかな、寝顔のような表情をみながら、ひとはいつか必ずしぬのだとおもった。
わたしも人間だから例外ではないはずなのに、流れるような日々の忙しさにかまけて、いまのこの時間が永遠に続いていくのだと錯覚してしまう。これだけひとの死を扱ってきたのに、じぶんだけは違うと棚上げしてしまうのだ。
じぶんの人生の幕引きまできちんとプロデュースしていったあのおじいちゃんの生き様を回想し、わたしはいまでも、背筋が伸びる思いがする。
 
 
***

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2018-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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