プロフェッショナル・ゼミ

全然わからないところからはじめてもいいんだ《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
「なにこれ、全然わからない」
 
リビングの座卓の前。途方にくれて、ごろりと寝っ転がると天井がみえた。4歳の上の子と0歳の下の子は保育園に行っていて、家の中は自分だけ。ベランダからまだ強い9月の陽の光が差し込んでいて、天井はなんとなく薄暗い。
 
国語力は割とあるほうだと自負していたのに、全く知らない単語がいくつも並んでいる。試しに目をつぶって開けたページには、数えてみたら7つも知らない単語があった。座卓に広げてあるのは民法のテキスト。テキストをペラペラめくってみるとどのページにも馴染みのない言葉、見たことのない図。
 
下の子が生まれて9ヶ月。思い切って始めた司法書士受験生生活はいきなりつまずいた。法学部出身でもなく、大学でも法律の授業はひとつも受けたこともない私だった。予備知識ゼロ。そんな私なのになぜ司法書士をめざしてしまったのか。受験勉強は人並みにやってきた。それなりの成果もだしたと思う。ところが今度は勝手がちがう。人生ここに来てゼロ地点からのスタート、いやマイナスからのスタートをするとは思わなかった。
 
それにしてもこのわからなさ具合はどうだろう。途方にくれると、人は笑ってしまうことを知った。寝っ転がって天井を眺めながら。いやいやいや、ちょっとこれはどうなの、無理でしょう、とひとりごとで自分にツッコミをいれるながらへらへらと力なく笑ってしまう。一大決心をして始めたはずなのに。通信教育で独学するために親からお金をかりたのに。基礎の民法だけでもこれだけわからないのにそれが11科目もあるなんて無理。そんな心の奥にあるつぶやきと自分のへらへら笑いがないまぜになって天井を眺める。
 
高校受験、大学受験のころと比べたら、記憶力も落ちているだろう。理解力だってそうだ。32歳になってゼロから全く知らない分野の勉強をはじめるなんて。そもそも無謀だったんだ。でもそういっていてもはじまらない。まずはとにかくやるしかないと毎朝子どもたちを保育園に送り届けた後に勉強のために座卓の前に座ってみる。ところが集中力がつづかない。わからないことというのは取り組む気がおきないのだ。座卓の前に座ってテキストを広げるのだが、テキストに向かい合っても、ものの15分後には、「あ~わからない~」と寝っ転がって天井を眺めることになる。
 
1週間たった。長くてもテキストに向かい合えるのは15分。勉強が続かないのは同じだった。
 
自分に2つルールを決めた。1つ目のルールは毎日必ず座卓の前に座ってテキストを開くこと。たとえそれ15分しか続かなくても。まずそれが出来たら自分を褒めることにしようと決めた。2つ目のルールは毎日の勉強時間となにを勉強したかを記録すること。その日の勉強時間がたとえ15分であっても、勉強をしたという事実にはちがいない。15分でもそれはゼロではないんだから。エクセルで縦に月曜日から日曜日。横に11科目の表を作った。それを印刷して紙ばさみに挟んで、いつも見えるリビングの隅にぶら下げることにした。
 
2週間たち3週間たった。1ヶ月が過ぎた頃に毎日の勉強時間が少しづつ伸びていることに気がついた。15分だったのが30分になり、30分が1時間になった。午前だけで諦めていた勉強が午前に1時間半、午後に1時間半と勉強できるようになってきた。
 
勉強ができるようになってくると、勉強時間が取れないことにイライラすることが出てきた。最初は子どもを早く寝かしつけてもうちょっと勉強しよう、そんなことを考えても子どもが寝ないとイライラしてしまう。子どもが風邪で1日休んだことがあった。いつもの勉強ができないことに焦りを感じる自分がいた。これでは本末転倒だ。私が司法書士を目指したのは子どもたちをまもる力を手に入れるために選んだ道なのに。
私は3つ目のルールを自分に決めた。それは「子どもと同じ空間にいるときは一切勉強しない、勉強のことも考えない」というルールだった。子どもたちを勉強ができない理由にはしない。子どもたちとの時間をゆったりと楽しむ。そのためのルールだった。
3つ目のルールを決めてから、勉強時間は減った。子どもと同じ空間にいる時間。朝子どもたちがおきてきて朝食を食べながらおしゃべりして保育園に送り出すまでの間。保育園に子どもたちを迎えにいってから子どもが寝るまでの時間。子どもたちが風邪で保育園を休んだ時。土曜日日曜日GWや年末年始。どんなに時間が長くても子どもが同じ空間にいるときは勉強のことを一切考えないことにした。このルールはずっと固く守っていた。振りかえってみると、このルールを私が守った、のではなく、このルールが私を守ってくれたのだということに気がついた。子どもたちの時間はその時期にしか手に出来ないもの。3つ目のルールはそんな大切な時間を勉強と引き換えにすることから私を守ってくれたのだった。
 
2ヶ月たち、3ヶ月たった。全くわからなかった民法も理解ができるようになってきた。わかるようになるとつながりが見えてくる。つながりが見えてくると楽しくなってくる。あの条文はこの条文とつながっているんだな。この概念はあの概念の応用なんだ。
 
楽しくなってきたとはいえ、もう一つの問題があった。司法書士試験は民法だけではない。民法をいれて受験科目が11科目ある試験なのだ。つまり私にとってゼロからはじめて、わからないと途方にくれる、全然わからないところからはじめてる科目が11科目あるということだ。自分でもおめでたいと思うが、この大変さに気がついたのは半年経った頃だった。今思えば司法試験に受かった友人などが道理で止めようとしたはずだ。
「司法試験ほどじゃないけれど、司法書士試験もかなりたいへんだよ」
「法学部出身じゃないんでしょ?どこまでできるかなぁ」
 
司法書士試験の試験日は7月の第1日曜日だ。1年目の受験は勉強し始めて1年たっていなかったので、11科目中3科目しか終わっていなかった。記念受験のつもりで受験したが意外にも民法の点数が良くて気を良くした。しかし、それはただのビギナーズラックだということを後で知ることになる。
 
私の定番の日課はこんな感じだ。朝3時に起きる。そこから3時間勉強する。子どもたちがおきてくる。朝食を食べさせて、自転車の前と後ろに子どもを乗せて20分ほどベダルを漕ぐと保育園だ。そこからまた自転車をベダルを漕いで帰ってくると8時半。そこから午前3時間、午後4時間。子どもを17時に迎えていって帰ってくると子どもたちが今日一日にあったことをワイワイと話すのを聞きながら夕食タイム。お風呂タイムが終わると絵本を読み聞かせながら私も一緒に沈没して寝入ってしまう。
もちろんこんなに順調に勉強できるときばかりではなかった。突発的なことも起こった。忘れもしない3年目の11月。上の子が水疱瘡になり2週間保育園を休んだ。そして保育園に登園許可が出たと思ったら間髪いれずに下の子が水疱瘡になった。そこから2週間の合わせて合計1ヶ月。この1ヶ月間は勉強時間ゼロだった。このときほど3つ目のルールを作っておいてよかったとおもったことはなかった。
 
勉強時間は増えたけれども、点数が取れることはまた別問題だった。毎年正月明けから模擬試験がはじまる。受験当日とおなじ形式同じ時間。ところが模擬試験を受けても受けても、合格判定は「D」かどんなに良くても「C」。つまり合格射程範囲内に入っていないという評定だ。2年目の受験、3年目の受験。どちらも筆記試験の足切り点数に引っかかっての不合格。
 
司法書士試験の勉強をはじめて4年目。子どもたちの夏休みが終わり、その年の不合格をみとどけて10月に勉強を再開した。このあたりから私の中で異変がおきていた。受験勉強で一番使うのは過去問題集。11科目ある過去問題集には赤ペンで線を引き、なぜこの問題が間違ったのかが細かい字で書き込み、一番小さいサイズの付箋が無数に貼っていた。自分の勉強の成果がひと目でわかる過去問題集だった。ところが4年目になると、この問題集を開くと吐き気がするようになった。なぜだかはわからない。今振り返ってみると、知らないうちに自分の中で気持ちを追い込んでいたからだった。
 
4年目の勉強はまず過去問題集をすべて買い換えることから始まった。もったいないと言えばもったいない、無駄と言えば無駄だった。しかし自分の気持ちを新しくしてトライするためには必要な作業だった。真っ白な過去問題集を見ると背筋が伸びた。過去問題集に書き込みをすることが目的ではなく、目的は司法書士試験に合格することだというが無意識にセットされたのかもしれない。
 
私の中におきていた異変はこれで終わらなかった。もうひとつは4年目の春におきたことだった。自宅の近くに川がある。その両岸には何百メートルにも渡って桜並木が続いている。市川百十郎が寄付したというソメイヨシノの桜並木はその名前をとって百十郎桜と呼ばれていた。桜の時期になると桜まつりと称して露天が並ぶ。草が芽吹いた土手の緑に、大ぶりの桜の樹が川に向かって枝を伸ばして続いていく。夜には川面に提灯の明かりと、大きな綿菓子のような桜のシルエットが映し出される。毎晩、夜桜を見る人が散歩がてら川沿いをそぞろ歩きをする。百十郎の桜並木をみると心が華やいで沸き立つのだ。春になってこの桜並木を見るのが私は好きだった。4年目の春、車の後部座席に乗って桜並木の下を通った時のこと。その桜並木をみてなにも感じなかった。なにも感じない自分を自分の斜め上の空中から冷静に観察しているような気持ちになった。桜をみて心が沸き立つ感覚も、ウキウキとした華やぐ気持ちも感じなかったのだ。今年受からなければ心が壊れるかも、とぼんやりと思っていた。
4年目の7月がやってきた。4年目もやはり模擬試験の判定は「C」か「D」ばかりだった。当日電車にのって名古屋の大学まで受験しに行った。試験の手応えなどわからなかった。
 
司法書士試験の筆記試験の合格発表は9月の終わりだ。合格発表日の夕方16時。法務省のサイトに合格者の受験番号が掲載される。合格発表を見るのはもう4回目だ。夕方、誰も家にはいなかった。ベランダから9月の西日が差し込んでいた。16時の5分前ほどにネットをつないで法務省のサイトを見に行った。受験生が沢山見に来ているのだろう。画面表示が遅かった。16時になったので何回か画面をリロードすると合格者番号の一覧が出てきた。まあ、受験番号が出てなくて当然だし、期待してもダメだし、と平静を装いながら自分に言い聞かせて画面の中の番号を目で追っていく。司法書士試験は合格率が3%を切る試験だ。番号はまばらでほとんど連続していない。順番に見ていった時、突然に私の受験番号が目に飛び込んできた。何度も手元にある受験票と見比べた。身体中の力が抜けた。嬉しいとか達成感ではなかった。もうあの問題集を開かなくていいんだという安堵感だった。
 
天狼院のライティングゼミ・プロフェッショナルも3期目に入った。前回、前々回と、規定の掲載率には足りずに反省文を2回書いた。前期は途中2回ほど未提出だった。毎週土曜日23時59分の〆切1時間ほど前に諦めてしまった。「今回は書けないよ」「仕事も忙しかったし仕方ないかな」
思い通りに書けない自分。書けないことに言い訳をする自分。
同じプロゼミの中にいるメンバーの文章を読みながら思った。
「すごいなぁ」「どうしたらこんな風にかけるんだろうか」
 
ここまで書いてきて気がついた。あの司法書士受験生のころの私は出来ないことが前提だった。全くできないゼロ、もしくはマイナスからの出発だった。眼の前のクライミングの壁にひとつずつハーケンを打ち込み、そこに足がかりをつくり、じわじわとその壁を登ろうとしていた。時に手が滑って何メートルが落ちることがあっても、いつも目は登る先を見ていた。楽な道のりではなかったけれど、どうしたらできるようになるか? そのための時間をつくり、ルールをつくり、記録をしつづけていた。
 
ライティングゼミが終わってプロフェッショナルゼミに入り、書くことがすこし習慣になった。書くことが少し楽しくなっていた。そんな私は、クライミングの登る先を見ることよりも、周りや足元や、一緒に登っている人たちに目がいっていたのだと思う。
 
全然わからないところからはじめてもいいんだ。逆に全然わからないところからはじめればいいんだ。プロフェッショナルゼミ3期目、もう一度仕切り直そう。出来ないところからはじめるのだ。そして自分の足元の高さを云々するのでなく、自分の目指す高さに目を向けよう。やることは簡単だ。ただひたすら書けばいい。そしてそれを記録する。それだけがその目指す高さにじわじわと登っていく方法だと思うから。
 
人は時にできないことに足がすくむ。できないからと言ってチャレンジすることもやめてしまう。でも私たちはもともと出来ないことだらけなのだ。そこからできるようになっていくのだ。生まれてきた赤ちゃんが、ただただ嬉しそうに、何度も尻もちをつきながら歩くことへ挑戦するように。全然わからないところからはじめればいい。全然わからないからはじめればいい。そのことこそが人がどんなことにも挑戦できる魔法の鍵なのかもしれないと思う。
 
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