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プロフェッショナル・ゼミ

橋の上から探すもの《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)

「何か見えますか?」
橋から下をのぞき込んでいる人に思わず声をかけた。ひとまとめにくくった髪、紺色のスーツ、A4サイズが入りそうな黒の肩掛けカバン。一目で就活中とわかるその女子大学生が橋の上から川面を覗き込んでいる。

「あれって、魚ですよね? なんだか大きくて」
彼女が指をさした。その先を目でたどって、思わず一緒に橋の上に並んだ。川をのぞき込むと、大きな魚の影。いや、魚ではない。ぬらりとした流線型の形は魚に見えるけれど、魚でない。見覚えのある形。長いひげがチラリと見えた。
「ヤツだ」心の中でそうつぶやいた。
「あ、あれはナマズですよ」私はそう答えた。
「へぇ!ナマズなんて居るんですか、はじめて見ました」
女子大生はちょっと驚いてみせた。
「ナマズって」と言いかけて私は口をつぐんだ。女子大生は不思議そうにこちらの顔を見たが、私はなにか適当な挨拶をして、そこそこにその場を離れた。

子どもたちが小さい頃。毎年、田んぼに子どもたちと一緒にオタマジャクシを取りに行った。田んぼに水がはられると蛙が卵を生みに来る。卵からかえったオタマジャクシを子どもたちと取りに行くのが毎年の楽しみだ。100円ショップで買ったタモを持って、プラスチックのケースをもって田んぼの畦にいく。覗き込むと、稲の根本にオタマジャクシがうじゃうじゃと泳いでいる。タモを入れれば一網打尽だ。ある年のこと。「今年も大漁だね」と子どもと言いあいながら、帰ってきて、オタマジャクシをいれたプラスチックのケースを、ベランダに置いた。

そのオタマジャクシが足が出て、手が出て蛙になるのをみて楽しむところなのだが、その年に限って、あれほど沢山とったはずのオタマジャクシがどんどん減っていく。おかしい。勢い余って水の外に飛び出たかとベランダをみてもその痕跡がない。あらためて、プラスチックのケースを上からのぞいてみると、おたまじゃくしに混じっておたまじゃくしでないものが泳いでいる。姿はオタマジャクシにそっくりで、大きさもおたまじゃくしと変わらない。でもよく見るとヒゲが生えている。ナマズの子どもだ。

田んぼに水をいれる時期。橋の上から川をのぞくと、ナマズを見かけるようになる。コイによく似ているが、形を覚えるとすぐ見分けられるようになる。ナマズは田んぼに卵を産むため、この時期川から用水路をつたって田んぼまで上がってくる。あの大きな身体で、どうやって用水路をつたって田んぼまで上がってくるのかはわからない。田んぼは水が浅い。そこまでやってきて卵を産んで、また川に帰っていくという。私は実際にナマズが田んぼにまで上がってきたのをみたことがない。

一網打尽にしてきたオタマジャクシの中に、田んぼに産み付けられた卵からかえったナマズの子どもが混じっていたのだ。しかし、数が減っていくのはどうしてだろう? ナマズは確かに肉食だ。だからといって自分とほとんど同じ大きさのオタマジャクシを食べたりするだろうか。
ある日の朝、ベランダで洗濯物を干し終わってから、プラスチックのケースのの前で観察することにした。覗き込んでみると、あれだけいたオタマジャクシはもう居なくなっていて、ナマズの子どもが7匹ほど残っているだけ。
ジッとみていると、中の2匹がケンカでもするかのように相対してにらみ合いはじめた。ケンカかな? どうするのかな? そう思った瞬間、やや大きい方が、小さい方のナマズをバクリと頭から呑み込んだ。頭から丸呑みだ。口からは呑み込んだしっぽがまだ見えて動いている。しばらくするとしっぽは動かなくなった。ナマズがナマズのお腹に収まってしまった。この場面を目の当たりにして謎がとけた。ナマズの子どもはオタマジャクシをパクリパクリと飲み込んで、結果オタマジャクシの数が減っていたのだ。

その年。もうひとつナマズの事件が起こった。ベランダでナマズの子どもの旺盛な食欲をみたあとのことだ。子どもたちが父親と一緒に用水路からナマズを捕まえてきた。全長70cm。タモにも身体の半分も入らない大ナマズ。用水路を泳いでいたところを前と後ろからタモで捕まえたらしい。

急いで近所のスーパーから大きなトロ箱をもらってきてベランダに置いた。大ナマズはゆるりぬらりと身体を動かしてときおり「バシャリ!」と大きな音を立ててしっぽを跳ね上げる。

捕まえた大ナマズは観察したら放すはずだった。
ところがふと思ったのだ。「これ食べたら美味しいかも?」
岐阜には「なまずや」という老舗にお店があるが、なまずといってもこれはうなぎ屋だ。ものの本によるとなまずはうなぎより蛋白でかばやきにすると上品な味らしい。
最初はただの好奇心だった。よし食べてみよう。川で捕まえたナマズやうなぎは最初の何日か泥を吐かせるために綺麗な水の中で泳がせておくという。そこから3日間ナマズはベランダのトロ箱の中にいた。洗濯ものを干す手をやすめて眺めると、なまずの形は美くしかった。

「食べたら美味しいかも」と口にはだしてしまったが、逃してもよかったかなと心のどこかで思いはじめていた。このエネルギーの塊のようなナマズをさばく。そのことにはこちらにもそれだけのエネルギーがいるということを身体が感じ始めいたからだった。そのまま日にちが過ぎた。

3日目の夜。よし、ナマズを食べようと心に決めた。ベランダにまな板を運んだ。そして研いだばかりの出刃包丁を握った。マンションのベランダへの窓を開けると、21時過ぎ外は暗く、空気はひんやりとしている。身体がすこし震えたのはそのひんやりした空気のせいなのか、そこから起こることを想像したからなのか。私の背中に向かって子どもがいった。「お母さんさ~、知らない人がみたら、ただの危ない人だよね」「どうして?」「だって、夜中に包丁持ってベランダに出ていくなんて怪しいじゃん」

ナマズの身体を素手で触ろうとするとぬるりとした感触がつたわってきた。ナマズは身体をくねらせる。大きめのタオルを持ってきて水の中のナマズを巻き取るようにして捕まえた。水から持ち上げようとすると、グッと重さが両手に伝わってきた。水から出されることを気づいたかのように、タオルの中でナマズが暴れた。胸に抱きかかえるようにしたが押さえきれなかった。放り出すようにまな板に乗せたがその身体がまな板から大きくはみ出た。

魚をさばくことは嫌いではない。でもこんな大きなナマズは勝手が違う。ナマズを押さえつけて、首元に包丁を突き立てようとするが、またもナマズは力強く身体をくねらせる。包丁が跳ね返されて危ない。ナマズの命をいただく、とか、まずは両手を合わせて成仏を祈ってからさばく、といった気持ちは吹き飛んだ。こちらも必死だ。膝をナマズにのせて体全体の体重をかけてナマズを押さえた。首元に包丁がなかなか通らない。柔らかいところを探して包丁をグッと差し込む。その間もナマズは思い出したように突然身体を強い力でくねらせる。

首に深く包丁を差し込んだナマズはようやく動かなくなった。あたりの音が急にシンとした。そこから先は作業だった。ナマズの首を落として3枚におろした。動かなくなったナマズは魚屋の店頭にあるような切り身に見えた。

ナマズはフライパンで焼いて蒲焼にした。醤油と酒と味醂を煮詰めて作ったタレを絡めた。見た目はウナギそのものだ。食べてみるとさっぱりとした味だった。子どもたちは「お母さん、美味しいじゃん」といいながら喜んでたべていた。私の目の前にある皿に乗せられたナマズの蒲焼は、当たり前だが、もう動かなかった。ナマズの蒲焼を口に入れた。私は味を味わうというよりも、あのナマズとの格闘を口の中で感じながらその蒲焼を噛み、そして呑み込んだ。

ナマズは食べられて私の一部になった。古代の信仰の中で、ある動物をたべるとそのものの力を身体に宿せるという信仰があったという。ナマズのあの力は私に宿っているだろうか。あのナマズの生きるエネルギーを私はもらえたのだろうか。

今もナマズを見つけるとドキドキする。それは私の身体があの格闘の記憶を蘇らせるからだろうか。それともそのドキドキは、私の身体の一部になったナマズがしっぽを跳ね上げているからだろうか。

ナマズと格闘したのはもう12年前の話だ。橋の上の女子大生に私はきっとこの時の話がしたかったのだ。でも言いかけて、ナマズをたべた話が上手く伝わらない、受け取ってもらえないとおもって口をつぐんだのだった。私の中でナマズとの格闘は、大切な物語のひとつだったからなのだ。

田んぼに水が入る季節になると、今も橋の上に立つ。橋の上からナマズの姿を探す。ナマズをみつけるとドキドキする。そしてドキドキしながらも「ヤツ」がいることになにか嬉しくなるのだ。

***

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