メディアグランプリ

ダイバーシティの居心地の悪さをかき回せ!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:齊藤 直子(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「移民の若者たちと街中に出て、ルービックキューブをつくります」
……私の頭の中には「はてな」しか、浮かばない。
 
最近私は、とある美術館で開催されたアートフェスティバルに出向いた。
私は昔から、恐らくアートと呼ばれるものが好きだ。学生時代は一貫して、何か楽器を習っていたし、ジャズもよく聴く。美術館に行くのも結構好きだ。ただしジャズを聴く時は、「アレクサ、ジャズ流して」とスマートスピーカーに話しかけるだけ。まぁ「にわか」と言われても仕方がない、申し訳程度の好意である。
そんな私がアートについて語れることは豆粒もないのだけれど、好きな理由はちゃんとある。それはアートに触れているときは「自分に戻れる」感覚があるからだ。説明するのが難しいが、多くの人が実は感じたことがある感覚だと思うので、ここでは言葉を重ねずに、続きを書きたいと思う。
 
冒頭の言葉は、出向いたアートフェスティバルのトークイベントで、登壇者の女性が発した言葉だった。その方は、日本に来た移民の若者にアートプロジェクトを通じた支援をしている。移民の若者とは多くの場合、親の仕事や何かしらの都合で日本にきた子供のことを指す。彼らはまず、日本語という言語の壁にぶつかるため、言語習得支援ももちろん必要なのだが、その壁を越えられたとしても「孤立」の壁があるという。自分の居場所と感じられる場がない、また言語の壁といった「弱み」にフォーカスされ続けることで自己肯定感を保てなくなり、さらに社会とのつながりを拒みたくなってしまう。
そんな状態の回復の手段の一つが「移民の若者たちと街中に出て、ルービックキューブをつくる」である。時には、移民ではないいわゆる「日本人」も参加者となる。グループになって街中で「自分が文化的だ」と思うものを、自由に写真に撮る。その写真を一面に一枚ずつ貼り、ルービックキューブをみんなでつくるという活動だそうだ。
……正直、活動の詳細を聞いてもピンと来なかった。ただトークイベントの終盤に彼女が言った「アートは多様なものを、多様なまま受け入れる」という言葉にはピンときた。私がアートを好きな理由である「自分に戻れる」という感覚。自分に戻った時の個性を、アートはそのまま受け入れてくれる。
このルービックキューブツアー、普段は街中でやっているが、このアートフェスティバル内でもやるとのこと。その日は参加できそうになかったが、居ても立っても居られなくなり、日を改めて参加することにした。
 
私は「多様性」とか「ダイバーシティ」に一家言どころではない、並々ならぬ思いがある。国籍、性別、障がいの有無、信じる宗教、年齢……様々な属性で差別されることがない社会をつくりたい。差別がない状態とはどんな状態を指すのか、それに至るアプローチとして何をとるのか、悩むことはあるけれど、この思いだけは嘘がないと思っている。そして誤解を恐れずに言えば、自分が日本で生きてきた中で「自分には選択できない属性で抑圧されてきた」という怒りもある。自分を救うためにも、そして自分と同様に抑圧されてきた人を解き放つためにも、ダイバーシティの担い手でありたい、と強く思っている。
だから、このルービックキューブツアーは素敵な体験だった。ルービックキューブをつくる過程で、外国にルーツを持つ子たちと様々な話ができた。お弁当箱の展示を見ている時に、フィリピンにルーツを持つ子は、私の知らないフィリピンの食文化について教えてくれた。私は驚くべき手先の不器用さの持ち主なので、ルービックキューブをつくる時に、みんなに手伝ってもらった。できたルービックキューブは、6面の写真に彩られ、造形物としてとてもきれいだった。ダイバーシティって、なんて美しいのだろう!
 
出来上がったルービックキューブは、外部からの参加者である私が持って帰ってよいとのこと。嬉しくて、手に取って少しだけ、キューブを回してみた。そしてどこに飾ろうかな、と考えて、反対にキューブを回して、元に戻す。
アートフェスティバルの期間中、数回このツアーは行われていて、机の中心にはこれまで作成されたルービックキューブが置かれていた。その中の一つを、手に取った。隣に座っていた子が言った。
「それ、元に戻せなくなっちゃったんですよ」
原形の写真が分らなくなった、ぐちゃぐちゃにキューブが回された、ルービックキューブ。何だろう。すごく心がざわざわする。……でも時間だから、帰らなくちゃ。
 
帰ってからも、私の心はざわついている。持ち帰ってきたルービックキューブを少し回しては、また戻す。
「あ、私が感じているのは恐れだ」
と、気づいてしまった。
完成された美しさをもつ立方体を崩したら、もう戻せなくなってしまうのではないか、という恐れだ。
 
私はずっと疑問に思っていた。ダイバーシティを推進しよう、という考えに、真っ向から反対する人はあまり見たことがない。現代では、恐らくかなり純度の高い「正論」だ。日本でも、確実に状況は変わりつつあると思う。でも変化の速度が遅すぎる。今の今まで、ある医大では女性や既卒受験生の点数操作をしていたくらいには、遅い。
でも、その理由がちょっとわかってしまった。ダイバーシティを阻む人の気持ちもちょっと共感してしまった。これまでの秩序を乱すことへの、その責任を自分がもつことへの恐れ。私が手にしているルービックキューブは、社会だ。
ダイバーシティの担い手としての自信が、揺らぐ。
 
正直、ここまでこの文章を書くまで、私の自信は揺らいだままで、宙ぶらりんの状態だ。だからどうやってこの文章を締めるか、悩みながら書いた。悩みすぎて、トークイベントの時のメモを見直して、ようやくヒントがあった。あの女性はこうも言っていた。
「ルービックキューブの6面はそれぞれ、個性を表している。でもルービックキューブだから、ある意味その個性は、混ざり合っていい」
 
……ルービックキューブはもともと秩序だった6色の面を崩すことこそが、スタートじゃないか。それがなければ、ただの立方体だ。崩れているのが自然な状態、ともいえる。
私の力だけで元通りに戻せるか、わからない。でも、色々な人を巻き込んで戻そうと試行錯誤してみればいい。崩れている過程も楽しめばいい。
 
持ち帰ったルービックキューブは、今は私の会社に6面がしっかりそろった状態で置かれている。明日出社したら、原形がわからないくらいに、キューブを回そうと決意して、この文章を締めたいと思う。

 
 
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2018-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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