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言葉のチカラ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ワシオ アヤコ(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「言葉は、どうでもいいんだよ。その時の感情や感覚が大切なんだ」
そう言われて、私は素直にそうですね、とは返せなかった。
 
このところ、やたらとこういう表現を、しかも違う人の口から聞くことが続いている。
もちろん、そう言う人達が、感情さえ、思いさえこもっていればどんな言葉を使っても良いと考えているなどとは私も思っていない。そして逆に私も、感情や直観を軽んじているわけではない。
私はとても感情的だし、あれは直観でした、としか説明できないような行動をとることもしょっちゅうの、すこぶる動物的な人間だ。人間が感情の生き物であることは、身をもって実感している。
 
けれど。それでも。私は子供の頃からずっと、言葉の力を信じて生きてきた。
 
小学校6年の秋だった。
 
とある日の帰りの会。その年の音楽会の最後に、卒業生からPTA、先生方、後輩達への感謝と、これからの決意をスピーチとして読み上げる、と担任の先生から説明があった。毎年恒例の事だったのか、私の学年の教諭陣の思い付きだったのかは知らない。が、先生が続けた次の言葉に、私は耳を疑った。「今年は、ワシオさんにやってもらおうと思います。皆さんどう思いますか?」と、多数決を取るでもなく、突然発表したのだ。
 
私は何も聞いていなかった。
前もっての通達も、もちろん打診もなかった。すべては突然に発表され、本人の気持ちなど置いてきぼりに勝手に決定されてしまった。そして、当時12歳の私には、クラスメイトの前で「やりません」と言える勇気も、度胸もまだなかった。
 
子供の頃から、目立つことが嫌いだった。
目立つことが嫌いなのに、目立つことをさせられた。学級委員、生徒会、修学旅行の班長に、部活の部長……覚えているだけでも結構な数の役をやった。成績優秀だったわけでも、リーダーシップに長けていたわけでもない。単に、先生にとって扱いやすい、口ごたえをしない生徒だった。やらされた理由はそれだけだ。
 
そんな、とにかく目立つことが嫌いな私に、人前で学年代表のスピーチをしろとは……絶望。
毎年楽しみにしていた音楽会は、その年、私にとっては苦行の会と化した。
 
かくして私の、スピーチ練習が始まった。
放課後、屋上へ続く階段の最上階で、毎日毎日練習した。内容はすべて暗記し、講堂の後ろまで届く大きな声で語る。何度も、何度も、何度も練習した。担任の先生には時に怒鳴られ、甘えるなと叱られた。自分が選んだわけでもない役に、どうしてここまで追い詰められなくてはいけないのか。あの時の私を支えていたのは、突きつけられた理不尽さに対する怒りだけだった。怒りの気持ちだけで、私は毎日練習した。こんな目に遭わされて、しっぽを巻いて逃げるなんて、それこそ最大の屈辱だ。子供ながらにそう思った。今思えば、それも担任の先生の策略だったと判るが、当時の私には、ただただ怒りしかなかった。
 
そんな憂鬱な日々の、とある昼休みだったと思う。
私は校庭に出て、クラスメイトと遊んでいた。が、外に出ても、走り回っても、私の気持ちはまったく晴れなかった。今日もまた、あの誰もいない階段で声を張り上げて練習だ。また叱られるだろう。甘えていると怒鳴られるだろう……そう考えるたびに、ため息が出た。
 
「ワシオさん、今度の音楽会で最後のスピーチやるんだって?」
 
その時、そう声をかけてくれたのはホンダ先生だった。
背の高い、いつも優しくて柔らかい笑顔が印象的な先生だった。
直接教わった事は一度もない。担当の学年も違う先生が、私の名前を憶えていることがまず驚きだった。
そして、私が音楽会のスピーチ担当になったことをなぜ先生が知っているのか。それに更に驚いた。
 
先生の問いに、私は笑顔で答えることができなかった。
潰されそうなプレッシャーを、先生に気づかれたくなかった。先生にも、その他の誰にも気づいてほしくなかった。
 
下を向いて、小さく「はい」と言ってうなずく私に、先生は、いつもの優しい笑顔でこう言った。
 
「だいじょーぶー。あなたならできるよ。大丈夫」
 
私は、先生の顔が見られなかった。一度目が合えば、泣いてしまうのは確実だった。
だから、少し外れた方角を見て、精一杯の空元気で「がんばります」と言った。
空元気は、文字通りのからっぽさだったけれど。泣かないだけで精一杯だったけれど。
 
もう頑張れないと、その数秒前まで本気で思っていた。頑張る意味なんかないと、思っていた。
 
でも私は、先生の言葉に救われた。
 
音楽会の当日、私はスピーチの内容を一言も間違えず、語り終える事ができた。意図したわけではないが、BGMの切り替え部分と私のスピーチの終わりがうまく重なり、全体のまとまりも非常によく仕上がった。おそらく、私の実力で、あれ以上の仕上がりは望めない、と言えるくらいの本番だった。
 
あれから、当時の私の年齢の、倍以上の時間を生きてきた。
だけど、ホンダ先生の「大丈夫」以上に、私に勇気をくれた言葉はなかった。
 
誰かが、私を信じて「大丈夫だ。あなたなら大丈夫だ」と言ってくれた。その事実が、あの時の私に勇気をくれた。
そしてそれは、練習が良い結果につながったという事実より、数段大きな自信と勇気を、その後の私に与えてくれた。
 
今、ホンダ先生がどこでどうお過ごしかはわからない。
担任でも、学年担当でもなかった先生が異動された後の情報は、小学生の私に追い続けることはできなかった。
単純に計算して、おそらくすでに定年退職されているのではないかと思う。
 
多分、もうお会いする事は叶わないと思う。
 
だけど、私は今も、言葉の持つ力を信じて生きている。
先生のおかげで、今日も言葉の力を信じて生きている。

 
 
***

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2018-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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